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城南事件帳 2

 大崎署に戻ってデスクに着いても心ここにあらずの羽生だった。一か月間、片思いの女性が、こともあろうに、自分の管轄内の、しかも、ホテルともいえないレンタルルームで絞殺死体となって発見されたのだから、上司先輩同輩たちから、元気を取り戻せ、と背中を叩かれたって、栄養ドリンクの差し入れをされたって、新しい無料エロ動画サイト情報をこっそり教えてもらたって、管内に新規無店舗型派遣風俗店がオープンしたぞ!などとお忍びで監視に行ってみようかなどと誘いを受けても、いっこうに調子が出るはずもない。

 あああ・・おれは、これからいったい、なにを目標に生きていけばいいんだろう。毎日毎日、あの子のことばかり、あの子にいつ声を掛けようか、いつ、「よかったら今度お茶でも」と仕掛けようか、それとも、小さなメモに携帯番号とメールの書いたのをそっと渡そうか、とああでもない、こうでもない、といろいろやり方を思いめぐらしたってのに。

 そんな時、ぼんやりと、パソコンの画面に目をやった。すると、さっそく、ヤフーのサイトにもう関連記事が出ていた。

『大手ゼネコンOL死体発見 連れの男は外国人か?』

 なんだ、この見出し? ガイジンなのか? どこの情報だ。

「いやあ、疲れた疲れた」ドアを勢いよく開けて、梅宮が帰ってきた。

「あっ、梅さん、お疲れ様です。犯人ってガイジンなんですか?」

「なにっ、どこから、その情報?」

「ネットからです。ネットの、これは・・『越中島スポーツ』です」

「越中島かあ、じゃ、インチキくさいな。あれって、テレビ中継見て、記事書いてんだよね。それと、エロネタと、宇宙人ネタと」

「はっきりは知りませんけど、そのへんが世間の通り相場ですね」

「だけど、ちゃんと掴んでるのかもな」と、妙に深刻な顔をする梅宮に、

「ってことは、ほんとなんですね」念押しをする羽生。

 中央区京橋のゼネコンの経緯を話して聞かせると、「ガイジンって枠なら、私もちょっと動いてみたいところがありまして」


 ここから先は、梅宮はじめとして警察組織には内緒の話だった。かつて数回インタビュー記事を寄稿したことのある英字新聞のヨコハマ・トリビューンに連絡を入れてみようか。羽生はひとり、だれもいない取り調べ室に籠ってケータイを打ち込んだ。とはいえ、数回寄稿した程度だから、内部に知り合いがいるわけでもなく、数年前の記者募集の際に、あまりに返信が遅くてしびれを切らして電話を入れた時、たまたま対応してくれた田崎さん(女性)に再びコンタクトしてみた。

 すると、前回担当していたライフ・カルチャー欄の編集者が交代になり、現在、ジョン・マッコイというカナダ人の編集者が受け持っているという。今日はすでに退社したとのこと。ただ、急ぎなら、案外、飲んでいるかもしれないので、と教えてもらったのは、六本木のホブゴブリンというアイリッシュパブだった。

 ははあ、あそこか。一度、行ったことがあった。年末の忘年会という名目で。あくまで名目だ。ガイジンどもは、日本人のように、きっちりと座敷や部屋を取って飲み会などしないんだ、と学んだのはその時だった。いや、主宰者側がいい加減で、お金もないし、また、案外、参加者に金銭的な負担をかけるのがいやだ、という殊勝な心掛けの持ち主だったから、かも、しれない。まあ、そんな良心的な、繊細な心遣いを日本に腰かけのつもりでやってきた白人・不良がかったガイジンができるはずもないし、するはずもない。だとするなら、ただたんに、三々五々、来たいやつが年末の忙しいなか、集まって、立ち飲みでも、瓶ビールのラッパ飲みでも、行儀の悪いことをして、年末に一年の垢落としでもしようよ、という集まりなのだろう。羽生は、その程度に、軽く捉えた。そうじゃないと、白人ども、ガイジンどもとはばかばかしくて付き合えない。あの連中、隙あらば、日本人のことを軽蔑にかかるからね。自分たちは平等だ、人権意識の塊だ、崇高な人間だ、と勝手に思い込んでるが、ところがどっこい、なんにも他の人種に対して配慮がない。思いやりの心がない。尊敬の念がない。白人たちでフリーで日本に入ってきているのは、ほぼ100%、日本の女とあわよくばただで、いや、お給金をいただいて、キンタマを悦ばせることが可能だと真剣に信じている、そういう不届きな奴らばっかりである。どうか、大和なでしこのお嬢さん、お姉さんがた、ご注意あれ。下手をすれば、捨てられた挙句に、性病、もらっちゃうことになりますよ。


 店は、空いていた。がらがらだった。平日の夜でまだ早い時間だからだろうか。が、おそらくお目当ての男らしきのが、すでにカウンターの止まり木に座って、同じような、自国の白人女に相手にされないような男とつるんでアルコールを一杯ひっかけていた。





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