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城南事件帳 2

「遅うございます」梅宮が息せき切って刑事課に姿を現した。

「君ねえ・・」恵係長は額に青筋を立てて怒り露わに怒鳴りつけんばかりだったのだが、梅宮が「遅うございます」などとまるでこちらがわの機先を制するような挨拶をしてきたものだから、ちょっと調子がずっこけた。

「・・ほんとに遅いよ」

「ええ、ですから、遅うございますと、申し上げたつもりだったー」結構、涼しい顔して口答えする梅宮に対し、

「ちがうだろ、ちがうだろ、ち・が・う・だ・ろぉぉぉぉォォォー! 朝っぱらから私を怒らせるな。みんななんでいないと思う。この刑事課のフロアーに誰一人として刑事はいないだろ。どうしてだと思う」

「コロナに罹ったとか」

「もう終わっただろ、それは。いや、終わったは言い過ぎだけど、もう峠は過ぎたよ」

「峠の茶屋ですな」

「なんで、そこでくつろぐんだ? くつろいでる暇なんか、ないだろ。しかも、『ですな』って。そんなに歳でもないのに。まだ、42歳だろ、私と同級生じゃないか。なにが『ですな』だ。マウントとりやがって」

「いやいや、恵係長、マウントなんてとってませんよ。ただ私は、管内のレンタルルームで若い女性の変死体が見つかったからって、そう色めきだつ必要はない、一服するくらいの余裕をもって捜査にあたるのが肝要じゃないか、とこう申し上げているんです」

 なんだ、こいつ、遅れてきたくせに、もう捜査情報を入手していやがる。どこまで、人喰ったやつなんだ。それとも、自分は昨晩イイことしたもんだから、賢者の余裕を余韻を楽しんでるってか? 恵係長は急にむかっ腹が立ってきた。

「とにかく、こんなところで油を売っている暇なんかないんだから、早いとこ臨場してください。あなたの相棒の新米さんが首を長くしてお待ちなはずですから」

「わかりました。さっそく」

 それを言うなら、長くしているのはティ〇ポのほうだろうと即座にのど元まで言葉が出掛かったが、ぐいっと堪えて、梅宮は席を立った。給湯室へと、まずは朝の一杯と、日本茶を淹れに行ったのだ。どうせ、朝、大勢の分が終わって出がらしだろうから、茶葉を替えて、一番茶を頂ける。そういう、初物買い的な楽しみも、朝のゆっくりした出勤には含まれていたのだ。もちろん、このことはあくまで梅宮一人だけの秘め事であった。


 レンタルルームというのは、例えば23区を例に取るなら、保健所が管轄の旅館業法にも地域の警察署が管轄の風営法にも引っ掛からない、要は脱法商売だ。

 人を泊める場合、寝具を用意しなければならない。そういう時は旅館業法の網が掛かってくる。しかし、マットだけで一切寝具がないとなると、法の適用外となってしまう。だって、現に、デリヘル嬢なんかと一緒に入室しているじゃないか、あれはなんなんだ? となるが、警視庁が管轄の風営法上は、ラブホテルのような大人のおもちゃ、電動式ベット、鏡張りの部屋、などの条件があるなら、取り締まりの対象になるが、ただの、マットだけのがらんどうの部屋に、合法的な派遣風俗嬢を呼んで、二人でイイことするだけなら、その場所を提供した者はなんの違法行為をしたわけでもない、とこういう解釈らしい。現在の、とある区の保健所ととある警察署においては。

 すでにビルの前には規制線が張られ、近所の野次馬どもが覗き込まんばかりに、首を伸ばして中の様子を伺おうとしていたが、そんなことしたって、中の様子がわかるはずもない。そんな彼らに、「ちょっと失礼」と声を掛け、黄色いテープをちょいと左手で持ち上げては、建物内に入っていく梅宮。4,5メートル先にエレベーターがあり、それで上に上がった。

「また、お早いご臨場で」

 現場となった五反田レンタルルーム・スリープは桜田通りから20メートルほど東へ入った西五反田1丁目の焼き鳥屋隣のビルで、402号室では羽生刑事がいっぱしに嫌味を言って出迎えた。

「また、奥方にせがまれたんですか?」笑いをかみ殺して、上目遣いで反応をうかがってきた。

「・・羽生君も、結婚すればわかるよ。夫の気持ちが」

 いやいやいや、だれしもがそんな気分を体験をするとは限らないだろう。なにせ、すでに一緒になって10年以上になるというのに、いまだ毎日のように求めてくる妻なんて、往年の杉本彩くらいものだろうから。

 軽口を叩いてきた羽生ではあったが、それも一瞬だけで、どうも浮かない雰囲気だ。そりゃそうだ。たったの、畳3畳あるかないかのスペースの、マットの上で、若い20代くらいと思われる女性が全裸のまま、首を絞められたらしき絞殺跡をくっきりと残して、死んでいたのであるから。が、どうやら、陰鬱な表情の原因はそれだけではないらしかった。

「この女性ですよ。私が毎朝、出がけにすれ違っていた女性は・・」

 あっ、たしかに。髪が長く、顔のパーツが整っているのは死体からでもわかった。すでに青く変色しかかってはいたが、きっと元気なころは柔らかそうな唇だったろうと思わせる。鼻も小ぶりで、顔かたちも卵型、つまりはうりざねの、日本美人の典型といっていい。なるほど、これなら、たいがいの男たちは惚れるだろう。スケートの真央ちゃんに似ていた優しい顔立ちだった。

「名前は、結城真由子二十六歳。スーパーゼネコン朝日建設の広報部所属でした」

「ゼネコンの朝日か、それはまた大手だね。リニア建設にも関わっている4大ゼネコンの雄じゃないか」

 

 





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