城南事件帳 2
実は、羽生にはちょっとした特技があった。いや、特技とはいえないかもしれない。単に、下手の横好きのたぐいといったほうが当たっているだろう。英語だった。なぜ英語なのか。いまだもってよくわからない。きっと、子供のころにみたハリウッド映画の女の子が、プールから上がってくるやいなや、いきなりビキニのトップを外してみせたシーンにあてられてしまったからだろうか(『初体験/リッジモント・ハイ』のフィービー・ケイツ)。それとも、テレビCMで、やはり、同じく白人女性が「オ~、ヤメテ~!」と叫ぶお色気に、いつか自分も間近で見たい、と寝た子を起こされたからか。
羽生は、日本で最も古く伝統のある英字新聞ヨコハマ・トリビューンに、何回か寄稿したことがあったのだ。街中でのインタビュー記事を。たまたま、英字紙を読んでいると、「記者募集」を目にした。その時はすでに警察に所属していたが、バイト程度ならいいだろう、と職場には黙って応募した。半年くらい、なしのつぶてだった。ははあ、ダメだったのか、とも諦めかけたが、元来、英語に、上記のエッチな事情により、思春期以来の思い入れもひとしおで、どうしても諦めきれなかった。ビキニ姿が頭から焼き付いて離れなかった、というのか。ビキニがそれだけ思春期の少年のこころとチンポを掴んで離さなかったというのか。テレビでも漫画でも動画でもそうだが、見すぎるのはよくない。まさに、ビキニ観賞だ。
そこに記した名前が、Dokyo だった。いまでも、ヨコハマ・トリビューンのホームページからDokyoと検索を掛けると、羽生の書いたインタビュー記事が出てくる。別に、Yahoo,Googleなど大手の検索エンジンに入れたって、出てくる。これが、羽生の、ちょっとした自慢だった。自慢だったが、職場でおおっぴらに自慢できないのが少し不満だった。しかし、その分、職場の外で、女性たちに声をかけるのには、より一層熱心に道具として活用した。ただ「しがないライターです」と眉間にしわを寄せてアピールしたところで、ものがなければ、何この人、ライターだなんてウソ言って。人をだまそうとしてるのね、とまともにとってくれない。しかし、「あなたのお持ちのスマホでDokyoと入力して、僕の記事を読んでくれませんか?」とやれば、たちどころに記事が出てくるし、しかも、英語だから、女性たちもよくわからない。きっと、知的な人なのね、と舶来の魔法にいとも簡単にひっかかってしまう、というわけだ。
今回も、「よかったら、この名前で検索かけてもらえますか」とモデルに、表面上はさらっと言ってみた。あくまで表面上は。さわやかに。何の気なしに。
すると、モデルがどうやら読み始めたらしく、静かになった。しばらく、先方の思うに任せよう。羽生は内心、ドキドキしていた。広末涼子おんなじだった。マジで恋する5秒前、の心境だった。
しばらくすると、モデルは顔を上げ、「すごいですね、英語で書かれてるんですね」と一定の評価を示した。が、その言葉ほど、表情が上がっていないのが気がかりで、眼もどんよりと、疲れた感じだった。ふつう、「すごいですね」というときは、目が♡マークになってるはずなんだけどなあ~ ちょっと、いつもと、調子が違う。