城南事件帳 2
「すげえ美人、というか、 いい女」
「いま、同じこと言ってるよ」
「 朝 たまたますれ違ってる女性で、すごい美人がいるんですよ」
「 その話、今日何回聞かされたと思う。聞かされる身にもなってよ」
「すいません」
品川区の北部、 JR 山手線五反田駅から 歩いて5分の距離にある、山手通り沿いの立派なコンクリートの建物、警視庁 大崎署 6階刑事組織犯罪対策課 では、 朝っぱらから、こんな会話が繰り広げられていた。
「だいたい、いいオンナ、いいオンナ、って どれほどのものよ?」うんざりしながら聞き返すと、
「ああ、そうですねえ。わかりやすく例えて言うなら・・」眉間にしわをよせ、しばし思考する刑事になりたての29歳羽生大也は、「松井須磨子や淡谷のり子みたいなかんじですかね・・」
ズルッ! 思わず、椅子から転げ落ちそうになった梅宮文太刑事。
「おいおい、羽生君、ずいぶん渋いね」
「まあ、現代で言うなら、そうですねえ。朝や昼、夕方、夜や遅い時間に、ニュース番組に出てくる女性っとこですかね」
「ねえ、それさあ、いわゆる女子アナでしょ」
「ええ、そうです。平たく言えば」
どうしてもう少し手早く言えないんだろう、と先輩梅宮はもどかしく思った。
「具体的に名前言えないの? たとえば、NHKだったら、加賀美アナとか須磨アンカーとか」
「そうですねえ。強いて挙げるなら、六本木テレビの大森美佐アナとか」
すると、それまで、いやいやな感じで後輩のだべりにお付き合いしていた40代の先輩梅宮が、どうしたわけか、今度は、俄然乗り気になったらしく、急に腕まくりをしたと思ったら、「ちょっと待って」とばかりに、自分の机のデスクトップに向き直り、おもむろに蓋を開けるやいなや、ネット検索を始めた。カチャカチャ、カチャカチャ。カチャカチャ、カチャカチャ。
自分とほぼ同年代で、女盛りゆえか、毎晩毎晩求めるハードルがきつく感じるようになってきた恐妻・ツヤ子と一粒種の小学6年生の男の子を抱える梅宮は、少しでも現実から離れて夢を見たかったのだろう。さっきまで、いやいやながら後輩の話に付き合っていた態のところが、うって変わって、カチャカチャ、カチャカチャと、慣れない手つきでキーボードを叩いては、女子アナ画像を出そうと躍起になっている。すると、1分もするかしないかうちに、
「おお、いいじゃない、いいじゃない。いいね、いいね」すっかり乗り気になってしまった。「こんな感じの女性とすれ違うの? 毎日? すごいじゃない。なんだったら、明日一緒に出勤しようか。せっかくだから、チェックしてあげるよ、私が。先輩の立場から」ミイラ取りがミイラになった瞬間であった。