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第六話 日常

 クリンブル国の膝元にトランタという街がある。


 トランタの北東辺り、職工ギルドの集まるエリアにある『トリーナの看板工房』。

 ディラは、その上の階に居を構えていた。


 衛兵として、そこから毎日クリンブル城へ出勤している。


 モーニングルーティンを終えて身支度を整え、玄関の扉を開ける。

 目の前に階段。

 

 降りようとすると、


 「ディラ君、おはよう」


 と、涼やかな風のような、透き通った炭酸水のような清冽(せいれつ)な声が階下から聞こえた。


 「あっ、ああ、トリーナさん、おはようございます」


 ディラは軽くたじろいだ感じで挨拶を返す。


 髪を後ろでひとつに結び、皮エプロンを掛けて腕まくり、皮グローブをはめたお姉さんがこちらを見上げている。


 このお姉さんみ(あふ)るる女性が、一階に工房を構える看板職人のトリーナで、ディラはその美貌にいまだ慣れていない。


 階段を降りるとトリーナは、


 「毎日大変だね」


 と言って、にこ、と微笑みかけた。小さな星が散らばったようにきらめいて見えた。


 「あっ、い、いえそんな! トリーナさんも忙しそうで…トリーナさんは明日もお仕事ですか?」


 「ん? そうだよ?」


 「そうですか。明日から謝肉祭なのに」


 「あっそうそう! だから、仕事は午前だけやって、あとは休もうかなって」


 建物の入口から差す朝日に照らされて、その姿はグロー効果が掛かったように綺麗に映える。

 こんな美人が自室の下で看板職人をやっているなんて、とディラは最初会った時に思ったし、今も思っている。


 「そうなんですね」


 「ディラ君はお仕事?」


 「僕も明日は早くに終えて、それからブロンクに行くんですよ」


 「ブロンク?」


 「はい! ブロンクの王子が歌を披露する会があって。招待されてるんです」


 「へー。そんなのやるんだ」


 「ブロンクの王子たちが今凄い人気らしくて…」


 「ふーん。私そういうの(うと)いからな~。人気なんだ」


 「そういうの疎い」のは【解釈通り】なのでディラはその返答に満足した。


 「そうなんですよ~。そろそろ行かなきゃ。じゃトリーナさん、お仕事頑張って下さい!」


 「うんっ。ディラ君も頑張ってね。行ってらっしゃい」


 ありえん美人に見送られディラは、いつもより足取り軽く城へ向かった。



 一方、トランタにある冒険者ギルド。


 掲示板の前でナインスはクエストを吟味していた。

 ぼーっと選んでいると、


 「おはよーナインス」


 と、声を掛けられた。

 振り向くと、モニーだった。

 

 たまたまギルドに来ていたモニーは、このちょい垂れ目な長身の剣士を見つけて声を掛けたのであった。


 「ああ、モニーか。おはよう」


 「朝早いんだね~」


 「いや、いつもはもっと遅いよ。今月厳しいんよ。早く来ないといいクエストなくなるから」


 「そーなんだ」


 「モニーもクエスト?」


 「いや、あたしは冒険者登録の更新!」


 「あ、そう。今パーティ入ってないん?」


 「そー入ってなーい。いいとこあったら教えてー」

 

 みたいな冒険者トークをして二人、会ったら割と話す仲である。

 二人ともなんとなく掲示板を眺めながら、話を続ける。


 「そういえば、明日あれだろ?」


 「ん? どれ?」


 「ブロンクの……なんかあんだろ、王子の」


 「あーあれ。あたし行かない」


 「えっそうなん」


 「うん。ディラが一枚しか取れなかったつって、アリシアが行く事になった」


 「え、じゃアリシアとディラ、二人で行くの?」


 「うん」


 と言って見たモニーの横顔はまあ、そんなに不満を持ってそうでもなかった。


 時間というのは大抵の事を薄めていく。

 ライブに行けないモニーのむかつきも、日にちを経て薄まっていた。


 「残念だったな、アリシアと行けなくて」


 「ん? 行けるなら別にアリシアとじゃなくてもいいけど?」


 「そうなん? お前ら仲いいんじゃないの」


 「んーどうなんだろ。趣味の話しかしないけどね」


 「それを仲いいって言うんじゃねーの」


 モニーはクエスト票から目を離し、ナインスの方を向いた。


 「そういえば、今まで聞いてなかったけどさぁ」


 「ん?」


 「ディラとは、どうやって出会ったの?」


 「あー…ディラか。あいつは――」


 と、ナインスはディラとの出会いを語り始めた。

 

 どんな出会いだったかというと。

 

 ひと季節前のこと。

 危険因子めいた地下組織が存在する、と通報を受けたディラは数人の衛兵とともにその現場へ踏み込んだ。


 しかしそこは地下組織でも何でもなく、同人誌の販売場だった。

 人目に触れぬよう、地下にて取引されていたのである。


 で、まあ反政府組織ではないし、二次創作とかいうグレーな分野は衛兵の判断するところではない、としてお咎めなしって事で衛兵たちは引き返す事になったがディラは帰らず、


 「少し気になる事があります」


 とか言ってその場に残った。


 そしてそこに客としていたのが、ナインスだった。


 「――で、俺が買った冒険者の百合本を指して、「それは何ですか?」って聞いてきたんよ。んで、中身見せたらめちゃくちゃ食いついて。「詳しく知りたい」とか言い出して。そっからウチに来るようになったんよ」


 「じゃ、ナインスはディラの先生なんだね」


 「そんなつもりはねえけど」

 

 ナインスは掲示板から目を離さず、素っ気なく言う。

 しばし間を置いてから、モニーが口を開いた。

 

 「どうするの?」


 少し咎めるような声色に、ナインスも思わずモニーを見返した。


 「――【沼】にはめる気?」


 そう言われてナインスは、すぐに返答しなかった。


 が、また掲示板へ目を向けて、


 「さあ。あいつ次第じゃね」


 と言った。


 「あっそ」とモニーは掲示板を一瞥すると、くるりと背中を向けた。


 「クエスト見つかるといいね」


 「ああ、お前もパーティ見つかるといいな」


 「……うん」


 モニーはその場を離れた。


 様々な冒険者で賑わう冒険者ギルドの一階ロビー。

 ざわめきの中でナインスはため息をつくと、(あんまいいクエストねえなぁ)と、軽く舌打ちをした。


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