第四話 審査員は一般人
トランタにある、冒険者に人気のダイニング酒場『|山鹿亭』は藁焼きステーキが名物。
「これを目当てにわざわざ遠方から来るお客さんもいるんですよ」とオーナーのラゴスさん(43)は笑う。
そんな『山鹿亭』の一角、テーブルを挟んでアリシアとモニーは、険悪、不穏、暗雲、みたいなムードたっぷりに睨み合っていた。
「そもそもライブあるよって教えたのあたしだよね?」
ふくれっ面でモニーが言う。
「いやそんなん関係なくない? どっちの方が王子を好きかじゃない? それなら私でしょ絶対。そこは譲れないからまじで」
アリシアは1.2倍速ぐらいの早口で圧を掛ける。
その隣に座り、気まずさマックスのディラは成り行きを見守るしかなかった。
二人がバチってる原因は、ディラの告げた“招待券一枚しかもらえませんでした”という一言である。
アリシアとモニーはかれこれ一時間近くこの「どっちが招待券をゲトれるか?」について話し合っていた。
腐女子が酒場で揉めて、いい結果になった事はない――。
古くから伝えられる箴言である。
「ああーもーいいっ!!!」
だんっ! という台パン音にディラは、びくっ、となった。
テーブルに叩きつけた拳を震わせながらアリシアは、
「こうなったら……絵で勝負じゃー!!!!」
と叫んだ。
「は? 絵?」
モニーは「何言ってんの?」という顔をした。
「こうなったら、二次創作者らしく、正々堂々と絵で勝負しよう!」
「絵で勝負って、何、どうやってやるのそんなの?」
「レイ王子描く勝負!」
「レイ王子の絵を描くの? え、それで?」
「この酒場にいる客の多数決で決める!」
「え」
冒険者に人気の『山鹿亭』は今、夕飯時で混雑している。
屈強そうな男たちで溢れ、酒杯と肉料理が舞い、喧噪が膨れ上がっている。
「今からお互いレイ王子の絵を描いて、どっちがいいと思うか、ここにいる人たちにジャッジしてもらおうよ! それで多かった方が勝ち、ライブ行ける権利がもらえる」
と提言するアリシアを見ながらディラは、(何を言い出すねん)と、普段喋った事もない訛りを用い、頭の中でつっこんだ。
「どう?」
鋭く直視するアリシアを見返して黙るモニー。
酒場の喧噪は絶えず、わっという哄笑がどこかのテーブルで起きた。
モニーはゆっくりと口を開き、
「いいよ」
と応えた。
「……いいよ別に。やるよ、描くよ。勝負しよ。やろう……やろうよ!!!」
奮い立つモニーに「じゃあやろう、ほら紙ここあるから!」と、アリシアはベルトポーチから畳まれた紙を二枚出し、テーブルに広げた。
さらにペンを二本出して一本を渡そうとしたら、
「あるわい!」
と謎に勇ましく応えてモニーはペンを取り出す。
お互いに構えて睨み合うと、
「それじゃあ……スタート!!!」
とアリシアが宣言して二人は勢いよく描き始めた。
つけペンなので一発描きである。
ディラはその様を見て、
(こんなキレながら絵描く人、初めて見たんだけど)
と驚嘆の思いを抱いた。
髪の毛から描き始めるモニー。
対してアリシアは目から描き始めている。
というのをチラっと見届けてからディラは、酒杯を掲げてウェイトレスに「すみません、ラム酒もらえますか」と注文した。
そして一心不乱に描いている二人を後目に、
(俺だったら……)
とか考えながら、自分のポーチから紙を出して描き始めた。
暇だったのである。
ちょっと待つと、ふりふりディアンドルを着たロリポップな看板娘フォクシーがラム酒を持って来たので、ちびちびそれを呑みながらディラが落書きしていると、
「「できたー!!!」
と、偶然にもアリシアとモニー、二人ともほぼ同時に描き終わり、スパーン! と叩きつけるようにペンを置いた。そんなに強く置く必要もないのに。
アリシアの描いたレイ王子は紙いっぱいのバストアップ。
顎に手をやり、艶麗な目付きをした、一見して高貴な身分である事が伺える美青年であった。
ディラは、
(めっちゃうまいな)
と思った。
一方こちらはいかほどに――、とモニーの描いた絵を見てアリシアとディラは驚愕した。
そこに描かれていたのは、男性ではなく女性だったのである。
「ちょっと待ってこれレイ王子じゃな……」
言い掛けて、はっ、と何かに気付いてアリシアは青ざめた。
「これ、ひょっとして……」
続く言葉をディラが拾った。
「女体化――!?」
そう、モニーは実際にはあり得ない、「もしもレイ王子が女の子だったら」という幻想を描いてみせたのであった。
ディラは思わず、
「ずるっ」
と口からこぼした。
「ずるいな、これ……客が男ばっかだから、女の子の方が票もらえると思ってこれ……ずるっ」
とディラは感想を述べてモニーを見ると、ほんのり頬を赤らめていた。
どうやら、自分でもずるいと思っているらしかった。
「でっ、でもっ、別に女体化しちゃだめって言ってなかったもんっ! いいでしょ? だって、だって……」
両手をぱたぱた振って、わたわたと弁明するモニーにディラは、冷たい、いやむしろ憐れむような視線を送る。
「姑息な手使いやがって、ガキがよぉおおおお!!!!」
アリシアは憤怒そのもの、みたいになって、
「いいよ、やってやるよてめー! 汚ねえほんと……お前まじでよー!」
などと悪態をつきつつ、「ちょっとみんな!!! 聞いて!!!!」と、店内中に声を張り上げ注目させた。
「ここにブロンク王国のレイ王子の絵が二枚あるから、どっちが好きかちょっと選んで欲しいんだけど!!!」
それを聞いて「何、何」みたいな感じで、わらわらとアリシアたちのテーブルに集まってくる荒くれ達。
テーブルに並べられた絵を見比べ、好きな方にスプーンを置く、というルール説明を受けて全員、あーじゃないこーじゃない論評しながらジャッジを始めた。
次々にスプーンが置かれていき、最後の一人が「これ一択っしょ」と言って最後のひとさじを置いて、集計終了。
結果は、
アリシアの絵:34票
モニーの絵 :2票
となった。
「はい勝ちー」
無情な審判をアリシアが下す。
「まあ、冷静に考えたらそりゃそうでしょ。普通の人からしたら「何で女になってんの?」って話だからね。ここに二次創作好きな人しかいなかったら負けてたかも知んないけど」
と呆れたように言いながらアリシアは片付けを始める。
ディラがモニーを見ると、うつむいて真っ赤になっていた。
(この人……こずるい事やって、ボロ負けした――)
そう思いながらディラは、モニーをじっと見つめていた。
なんかスカッとする気持ちになった。
モニーはおもむろに、ばっ、と顔を上げて言い放った。
「分かったよもう! いいよじゃあアリシア行って! 行ってきなよっ!!!」
負けたくせにこの態度は何なのか。
それは誰にも分からないがとにかくモニーが負け、王子たちのコンサートへ行くのはアリシアに決まった。
アリシアは、
「いぇ~い、うぉうぉ」
と言いながら腕を上下させる意味不明な動きをかました。
嬉しいポーズなのか煽りなのか不明だが、とにかく、絶妙に人をいらつかせる動きだったのでモニーはそれを見てイラッとした。
そんな事がありつつも事態が決着したので「じゃー帰るか~」とか言いながら三人、帰り支度を始める。
ディラが一足先に席を離れ、モニーがそれに続いた。
アリシアも続こうとしたその時、テーブルの端に忘れられた絵に気付いた。
「ん?」
と、手に取ってみると、レイ王子の絵。
ディラが暇つぶしに描いたものである。
「アリシア! 帰んないの!?」
店の玄関に立つモニーに呼び掛けられるまでアリシアはその絵に見入っていた。
そして、「あ、今行く!」と言いながらその絵をたたみ、丁寧にベルトポーチにしまった。
喧噪は止む事なく、店内の賑わいはまだまだ続きそうな夜であった。