第二話 人のCPを笑うな
腰に剣を提げ、いかにも前衛職っぽい雰囲気の冒険者。
黒髪で後ろをアップにしていて前髪サイドの長さはアシンメトリー。涼し気な目元にはワンポイントの涙ぼくろ。
口元に笑みを湛えたまま、睨むような目つきをしている。
っていう女性が、
「おはよう!!!!」
と、でかい声で言い放った。
しかし今は思いっ切り夜だったので、ナインスは(いや夜だが)と思った。
「あ……え? アリシア……さん?」
ディラが少しびびりながら呟く。
魔法剣士アリシア。
火焔系魔法を剣へまとわせ戦う、腐女子の冒険者。
ハードコアなR18モノを激しい筆致で描き、その作品は「絡みが爆炎を上げているようだ」と評される。
リバは、認めない――。
そんなアリシアが、つかつかと室内へ入って来た。
横にいるのは、明るい髪色なゆるふわおさげの女子。
キャスケットをかぶっていて、ブラウスの上にジャンパースカートというコーデ。
「モニーさんまで、なな、何しに来たんですか?」
「ひさしぶりだねっ!」
とにこやかなのは、魔法使いのモニー。
お菓子作りが趣味の腐女子であり、甘々カップルの日常、みたいな絵を描く。
「モニーの絵は砂糖とクリームで出来ている」と評され、ライト層に刺さる作品を多く発表している。
という腐女子二人がこの地下室へ来るというのは、割とあり得ないっていうか、かなり珍しい事だった。
アリシアは腕を組み、きっ、とディラ達を見据えた。
「ちょっとディラ君に聞きたい事があってね!」
「え、ぼ、僕にですか?」
アリシアの圧に、ディラは軽く怯む。
「ブロンク王国の王子たちのライブに、ディラ君が行くって聞いたんだけど」
「あ……はい、まあ」
「なんか招待券もらったんでしょ?」
「あ、まあそうですね、ブロンクの近衛兵に知り合いがいるんで」
「そうなんだ! いいな~」
ブロンク王国の王子たちというのは、現在、勢いガンガンイケイケな三兄弟である。
その人気は隆盛を極め、王子たちの一挙一動が世界中のティーンを沸かしており、近々、初めて人前で歌をお披露目する会が催される事になっていた。
「で、さあ、その、招待券さあ…」
と言ってアリシアの態度が豹変した。
突如、左手を頬に当て、右手の人差し指をくるくる回しながら悩ましい目つきになり、腰をくねくねさせ始めたのである。
「私たちの分も、もらえない?」
「え、アリシアさんと、モニーさんの分ですか?」
ディラがきょとんとすると、モニーは「そーそー! もらえない!?」と言って前に乗り出してきた。
「いや、それは……」
ディラが言い淀むと、今度はアリシアが上目遣いで吐息まじりにねだる。
「ねえ、お願い♡ だめ?」
若干、胸を寄せているようにも伺える。
アリシアには、気が向いた時に“えっちなお姉さん”のロールプレイをするという、驚くべき特性が備わっていたのであった。
しかしディラはそれを見て特にどうとも思わなかった。
「うーん、でも城の関係者じゃないと……」
「ねぇー、そんな事言わないで、お・ね・が・い♡」
と言って二十代を半ば折り返し始めたアリシアはキュートにウインクをした。
ディラはそれに対しては特にどうとも思わなかったが、しばし考えてから、
「分かりました、ちょっと聞いてみます」
と応えた。
わーい、やったー、とテンションぶち上がりを見せる腐女子二人を見てディラは「いや、まだ絶対もらえるって訳じゃないですよ」とたしなめる。
「つーかまじで人気あんだな、ブロンクの王子」
軽く呆れたようにナインスが言うと、アリシアは腰に手を当てドヤった。
「そりゃね! 今覇権だからね!」
びしーって感じで決めると、モニーがそれに加勢する。
「女の子だけじゃないよ! 男の子も好きって人多いから」
「ふーん。……でもお前らは違うだろ?」
「違うって何が?」
「いや、“好きになり方”がさ。ただかっこいいとか、憧れてるとか、そうじゃないだろ?」
「「まあね」」
と、アリシアとモニー、返事がハモった。
「人気なのは第一王子レイと第三王子ジェイスのカップリングだけど、私が好きなのはレイと幼馴染の側近トニーのカプね!」
アリシアは何故か得意げになっている。
「超マイナーカプだけどね~、【レイ×トニ】」
モニーが冷めたように言うと、アリシアはいきり立った。
「いやいやいや! いや、分かるよ? ヘタレなレイとド淫乱のジェイスって。それは分かるけど、もうそれってヤる事にしか直結してないじゃん? 考えてみ? トニーのさ、幼馴染なのに、いや、幼馴染であるがゆえにレイへ向ける、あの冷たい視線! あれこそ通じ合ってるプラス性欲もあるって証だから」
「証になるかなぁ、それ。じゃレイと第二王子のピートは?」
「いやあんなんもう、何もないでしょ。何も想像つかん」
「え、でもかわいくない?」
「あーあんた好きそうだわ~。もう何も起きないでしょあの二人は」
「いや起きるとかじゃなくてさぁ」
「キスもせんわ、あんなん」
「別に恋愛ってそれだけじゃなくない?」
「いや恋愛論聞いてないから今! レイとピートは……」
白熱する二人に向かって、
「ちょっとすまん」
と言ってナインスが片手で制するようなポーズをした。
全員の視線が集まるとナインスはまた、
「すまん」
と言った。
人の部屋に来て言い争いをするな、という意味である。
アリシアとモニーはそれを察して「ああ……」とか曖昧に呟き、カップリングについての小競り合いは終わった。
アリシアは気を取り直すように笑顔になって言った。
「そんな話はまあいいとして、じゃ、ディラ君、お願いね!」
「招待券ですね、分かりました」
ディラが応えると、モニーは机の上にほったらかしになっていた絵を覗き込んで訊いた。
「ねえねえ、これって『シルキークラン』?」
「そうです。え、モニーさん知ってるんですか?」
「うん。なんとなく。ギルドのランキングとかで見たのかな。知ってるよ」
「あーそうなんですね」
「服かわいいよね~」
「いや~僕、今ちょっとハマってて…」
とか言ってふわっと盛り上がっている二人をよそに、アリシアはナインスへ視線を向ける。
「ねえナインス。……あんたさ、描かないの?」
言われてナインスは目を合わせずに応えた。
「まあな」
アリシアは少しの間、ナインスを見つめてから、
「ふーん」
とだけ言った。
そして、『シルキークラン』の魅力について語り始めたディラから離れがたくなっているモニーに、
「行くよ」
と声を掛けてアリシアは踵を返す。
「あっうん」とモニーが後に続いて二人、入口で立ち止まる。
「お邪魔してごめんね」
「おやすみー」
扉が閉まり、また、地下室は静かになった。
「いやーいきなり、びっくりしましたね」
ディラが苦笑いすると、ナインスは「……ああ」と生返事して、じっと扉を見つめたまま動かない。
「?? どうしたんですか???」
ちょっとやさぐれたような雰囲気のある長身の剣士は、若い衛兵にそう尋ねられると、
「別に」
と、少し肩をすくめてみせた。