第一話 闇に潜む
「【解釈違い】でパーティ追放されたんだってよ」
ほの明るい蝋燭の火に照らされながら、剣士のナインスは声をひそめて言った。
「まじですか? えー、やっぱ“あっち”の界隈って怖いんですね」
と、衛兵のディラは肩をすくめる。
二人のいる地下室が、より、ひっそり閑となったような気がした。
ナインスは最近起きた、【解釈違い】によって引き起こされた腐女子冒険者パーティの事件について話していたのであった。
「最近のBL界隈、増えたな、そういうトラブル」
「それに比べたら、百合は平和ですね」
「いや、俺らの推しが覇権じゃないってだけなんよ。百合界隈だって、こないだ【炎上】あったっしょ」
「え、そうなんですか」
「そうだよ。他のカップリングを執拗に貶めるような事言ってたやつの家、燃やされちゃったんだから。どこだっけな、サンジェルかどっかの街で」
「うえぇえ~、ほんとですか。百合好きな人って穏やかなのかと思ってた」
「関係ねえのよ、百合好きだろうがBL好きだろうが。どの界隈どのジャンルでも優しいやつは優しいし、危ねえやつは危ねえのよ。俺らのジャンルだって、覇権になって規模がでかくなりゃ、対立だ炎上だって話になってくんのよ」
「はあー、そっかぁ」
と言ってディラは蝋燭の火に目を落とす。
2秒ほど間があってから、
「ま、そんな事より! 今日はこれを見せたかったんよ!」
と、ナインスはB5サイズの布包みをテーブルに置いた。
「え、何ですか」
きょとんとしているディラを後目にナインスは丁寧に包みを開ける。
ディラはその中を覗き込み、
「えっ……!? え、え、えっ、これって、え? え? え???」
と狼狽えた。
「こここ、これ、クティップ先生の【セレ×アン】じゃないですか!!?」
現れたのは、絡み合って服がはだけ、腹や太ももがチラ見えしている女子二人の絵。
扇情的、ってほどではないけどチークの赤みが濃く、うっすら艶めかしさの漂う表情をしている。
ディラ視点では、キラキラなエフェクトが掛かったようにその絵は見えた。
「そうなんよ! ストーニアの街でバザーがあってさ、たまたまそこで売ってたんよ!」
「こんな……こんなの売ってるんですか……? バザーで……」
「ストーニアのバザーなんておっちゃんおばちゃんしかいねーのよ、だから逆にそういうとこで見つかんのよ」
天上から注がれる光が大量に舞う金粉を照らしてる、みたいな絵の放つ輝きのオーラにあてられてディラは目を細めた。
そして人差し指の第二関節にキスをすると両手を組んで目をつぶり神に祈りを捧げた。
「尊い。とても尊い、です」
そう呟くディラを見てナインスは微笑む。
一般的な常識を備えた人間であれば「何してんのこの人」と思うところではあるが、ナインスは違った。好きな絵師が自分の最推しカプを描いてくれた――神に感謝したくなる気持ちが痛いほど分かったのである。
ただ、一方では(このカプのどこがいいん? 全然分からんわ)と思ってはいたが。
「俺『シルキークラン』ってよう分からんけど、全員白い服なんだっけ?」
「そうです! “シルクラ”はまじで最高なんですよ! 何が最高かというと――」
ディラは早口でこの絵の元ネタ、『シルキークラン』の魅力について語った。
いわく。
『シルキークラン』は女性四名で構成された冒険者パーティである。
金髪ロングで前髪が片目に掛かっている騎士ニッキー、
ミディアムヘアで編み込みハーフアップの魔法使いターラ、
アッシュグレーなベリーショートヘアの盗賊アンジー、
前髪ぱっつんミディアムボブの神官セレーナ。
というメンバーで、全員ホワイトを基調とした服を着て世界中を旅している。
四者四様にキャラ立ちしていて、レアモンスターばかりを狙って狩るというスタイル、さらにこの服装のユニット感、とかそういうのが相俟って今、けっこういけてる、みたいな評価でそこそこの人気を集め始めているパーティである。
「頑張り屋だけどポンコツな神官セレーナちゃんと、クールでボーイッシュなのに心優しい盗賊アンジーのコントラストが最高なんですよ!」
ディラの語りはいつしか熱を帯びていた。
けど、それに反してナインスはどこか冷めた様子である。
「ああ……いかにも“王道”って感じだな、それ」
「やっぱ僕、ベタが好きなんですよ、分かりやすく彼氏・彼女に見えるカプが結局至高だと思ってて。だから……」
言い掛けて、ディラは、はっ、と言葉を止めた。
ナインスが複雑そうな表情を浮かべていたからである。
(いけない、これ以上語ると――!)
ディラは、ナインスが以前言っていた、
「百合は<女性×女性>でなければならない」
という言葉を思い出した。
(「百合は<女性×女性>でなければならない」――それはつまり、女性同士でしか生まれ得ない感情の揺らぎこそ美しい、という考え……僕とは根本的に違う……っ!)
分かりやすく男役、女役に当てはめられるようなカップリングはナインスの嫌うところであり、お互い共感し合えない嗜好の差であった。
これ以上相手の好きくない考えを押し付け過ぎると亀裂の生じる恐れがある。そう考えてディラはあわてて取り繕った。
「あっ、いや、まあだから、うん、そんなんで好きなんです、このカプ。……あっ、てか、クティップ先生の絵、まじ好きなんですよ! 画集も持ってるぐらいで」
「そう」
と言ってナインスは薄く笑う。
ディラの空気読みを瞬時に察知、理解したナインスもまた百合厨であった。
「ま、お前が好きだって知ってるからさ、この絵あげるよ」
さらっと言われてディラは目を丸くした。
「へっ!!?!? い、いいい、いっ、いいんですか!!!?」
「うん。俺いらねーもん」
「あっ……ありがとうございます!!!! いっ、いくらでした!? これ?」
「いや、いい、いい、いいんよ。安かったから。これ売ってた商人も値打ち分かんなかったんだろうね、全然大した金額じゃないからおごりでいいんよ」
実際その通りで、商人は価値が分からず二束三文でこの絵を売っていたのであった。
「うえええええ!!! ほんとですか!!?! まじでありがとうございます!!!!!」
泣き出さんばかりにぶち上がるディラを「いやもうまじで全然いいよ」とナインスは窘める。
「これまじであれします!」
「……あれ? あれって、どれ?」
「あれします、飾ります」
「ああ。飾るのね。……え、どこに?」
「机に飾ります」
「机?」
「はい。机の、目の前に。見えるとこに」
「え、机って? 家の?」
「そうです」
「ああ、家のか。今どこ住んでんの?」
「あ、僕は今……」
言おうとした瞬間、いきなり地下室の扉が、ばーん! と開いた。
二人がびくーってなって見ると、堂々、って感じの女子と、ふわふわ、って感じの女子二人が、部屋の入口に立っていた。