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魔女と最後のインフィニティ  作者: you/神崎慧
第一章 始まりの場所
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第二話【力の代償】

 インペリアル・ガーデンの実習は、通常怪我をしても擦り傷程度で済まされるモンスターを選んで実習に向かわせる。

 難易度はAからG級まであり、通常DからG級の実習に行かされることが多いため、大怪我を負って帰ってくる訓練生は年に一回あるかないかくらいである。

 難易度A級の上はS級が存在しているが、そもそもS級の実習は魔女関連とされているため今や廃級になっていると噂される程である。

 難易度AからC級は教員やコマンド生が必ず同行するため、腕や脚が吹っ飛ぶことはまずない。


「それが、訓練生ではないにせよ吹っ飛んじまったからなぁ……そりゃ怯えるのも当然だ」


 まずは腰が抜けて動けない訓練生、躍起になって退路の巣を攻撃している訓練生をどうにかしなければ。


「ブォォォッッ!!!ブォォォオオオオオ!」


「クソッ!お前ら、全員左右に散れ!!!」


 ライトが叫び、訓練生がその声に反射的に動いた直後、インダナメンタはまた尻から大量の糸を吹き出し、先程の白い塊に直撃した。

 腕一本程通せる隙間があった張り巡らされた糸の塊は、重ねられたことにより指が二、三本通るか通らないかくらいの隙間になる。


「俺たちは動いてないはずなのに……まさか」


「糸の塊の向こう側で今も逃げている二等兵たちに絡まっている糸のせいでしょうね」


「はぁ……どんだけ厄介者なんだよ」


 二等兵二人の足裏には糸が絡み付いており、それは逃げ出した今でも絡み付いたままである。切れない糸はどこまでも伸び続け、逃げた獲物の追跡を絶やさない。

 二人が動作を止めない限り、インダナメンタの糸攻撃は止まらないらしく、もう次に発射する準備を始めている。

 幸いにもその糸の塊は次に発射するために時間を有するらしい。発射しても道の真ん中を通って飛ばされているため、左右に避ければ対策は可能である。


「ローザ、エレッド、話がある」


 この状況で少しも戦意が失われていない二人に声を掛ける。


「つーかエレッドがあっち側にならなかったのが、俺としちゃ不思議なんだけど」


「え、俺?なになに何のこと?」


 ローザはともかく、ライトはウィリアムを少し侮っていた。というのも、移動車の中の緊張してお腹を壊していたウィリアムを見た後なのだから、仕方のないことであるのだが。

 ハッカラータとの戦いを見てはいたものの、それはハッカラータが弱いからであり、自分たちより強いと判断したモンスターが立ち塞がったら怖気付くだろうと予想をしていただけに、ライトは少し反省する。


「いや、ちょっと見直したって話」


「お?!まじすか?!!じゃあ親愛を込めてウィルって呼んでくれてもいいぜ!」


「話を戻そう。戦う意思があるのは、今のところ俺とローザとエレッドだけなんだが……」


「マルっとスルーされたよ!悲しいよ!!」


「まずは動けなくなっちゃった子たちをどうするか、ってことよね?」


 喚くウィリアムを無視して話を進めるライトとローザ。

 そう、問題は目の前の毛むくじゃらではなく、訓練生の方だ。

 幸いにも毛むくじゃらは、ライトたち三人が動かない限り威嚇はするが攻撃はしてこないようで、それを察してか三人はその場から動かず会話している。

 縄張りの糸を踏んでいない訓練生らは、ライトたち三人が先にやられない限りは襲われない可能性がある。あくまでも可能性の話だが。


「それに、ライトが"それ"を持っているってことは、何か考えがあるのよね?」


 "それ"と言いながらローザが指差したのは、ライトとローザが道中採取していたタイカの蜜だ。


「さすがローザだな。俺たちが集めたこれを利用したい。量は十分にあるし、洞窟の奥深くだとしてもこの蜜だけしか啜らない"あいつ"はここら辺に生息しているなら絶対ここまで来るはずだ。ただ……」


「この量を二人で撒くにも時間がかかるし、第一に私たちが動いてしまったらインダナメンタがどう出るか分からない、か」


 そうなのだ。この蜜の量であれば周りに撒き散らせば"あいつ"が来るはずであり、インダナメンタは倒されたも同然。この状況でも勝算はあるのだ。

 だが、撒き散らすためにライト達が動こうものなら、インダナメンタはそれを許さない。

 そしてライト以外の二人は回復薬を二等兵に使い切ってしまったため持っておらず、負傷したら、ましてや先程のように脚を切断されでもしたら致命傷となってしまう。


「要は、その中のやつをばら撒きゃいいってこと?」


「ええ、そういうこと。でも私たちは動けないし、あの子たちに協力してもらうしかないのよね」


「ふーん……わかった!俺それ持ってあいつらんとこ行くから二人はあの毛むくじゃらを見張っててくれ!!」


「ちょ、何を言い出すの?!私たちはもう糸に踏み込んでしまっているのよ?そんなことしたらあの子たちにまで被害が……っ!!」


「靴脱ぎゃいい話だろ?」


「……」


 そう言って靴をその場で脱ぎ、採取した蜜を両手一杯に抱えてウィリアムは訓練生の方まで歩いていく。

 その躊躇いのない行動に驚きつつ、ウィリアムの行動でインダナメンタがどう出るか警戒する……が、威嚇しつつ糸の塊の発射準備をしたまま特に何もしてこない。


「……私は、脱ぎたくはない、かな」


「あの発想は、正直俺も思い付かなかったわ」


 インダナメンタは暗闇を好む性質があり、それに伴い視神経の機能を絶ったとされている。

 その視神経の代わりに急激な成長を遂げたとされるのが、切れない糸である。インダナメンタにとっては目のような役割をしているのだ。

 その目に触れたとなれば、逃れられないのも当然なのだが、触れたのは靴であり肌ではない。よって、靴を脱いでしまえばどうってことないのだ。


「前言撤回。ちょっと以上に見直したぜ……」


「ブォォォォオオオオッッ!!!」


 そうこうしているうちに、三発目が発射される。

 戦意は失えど、捕われたらそれこそ最後とわかっているのか、訓練生は皆前回と同じように回避する。 

 ただ、回を重ねる毎に範囲が手前に手前になっていくので、段々とインダナメンタ側に押し寄せられてしまう状況になっており、早々に手を打たなければならないようである。


「おっし!ライト、みんなやってくれるみたいだぜ!!」


 そう声を発して戻ってきたウィリアムの言葉を聞いて訓練生たちを見やると、先程まで逃げるだけで精一杯という感じだった雰囲気から、少しずつ戦意を取り戻している様子が見えた。


「悪いが時間もあまりない。その蜜を洞窟の壁なり切れない糸なりに撒き散らしてくれ!!上まで撒き散らせるならそうしてほしい!」


 ライトの声で、訓練生たちは一斉に蜜を撒き散らし始めた。遠距離攻撃を得意とする者は洞窟の上や糸の上の方まで撒き散らし、近中距離攻撃を得意とする者はそれ以外の場所に撒き散らす。

 この作業に異議を唱えることはせず、協力的なことに感謝しつつ、ライトはインダナメンタに意識を向ける。


「あとは、洞窟の上に穴さえ開けられりゃ完璧かな」


「そうなると、ちょっと危ないけどインダナメンタの上に乗って壁をぶち壊すしかなさそうね?」


「俺、もう靴履いていい?地味に石が足ツボに入って痛いんだよね」


「今から俺ら三人でどうにか洞窟の天井の壁をぶっ壊す!そうなるとこの図体のでけぇ毛むくじゃらの上に乗ることになるからこの場所は危険だ!!!蜜を撒き散らしたら俺たちと毛むくじゃらの動向を見つつ、安全確保を徹底してくれ!」


 ライトが他の訓練生に指示すると、各々がそれに応える。

 洞窟の天井までは結構距離がある。インダナメンタの体長より少し上にあるので、必然的にインダナメンタの上に乗らなければ天井は壊せないのだ。


「俺とエレッドで先行するぞ。靴は履けたか?」


「おう履けたぜ!!俺はいつでも準備オッケー!!」


「天井を壊す威力で言えばローザが適任だ。ローザ、いけるか?」


「問題ないわ」


「っしゃ!なら……いくぞ!!!」


 ライトの合図で左右に駆け出すライトとエレッド。

 その動きを糸で感じとり、インダナメンタは咆哮し、尻を引っ込め足で二人を捕らえようと襲い掛かる。


「図体もでかくて動きも速いとかチートかよっ!!」


「しかも足は八本、厄介この上ねぇな!」


 次々と振われる足を避けて、いなして、受け止めて、そんな動作を繰り返しながらも二人はどんどんインダナメンタの懐に潜り込んでいく。

 インダナメンタは二人を押し戻さんと、速度を上げて追撃を絶やさない。


「エレッド!!毒に触れるなよ!死ぬぞ!」


「合点承知ぃぃい!!!って、うぉ?!!っぶねぇ!」


「言ってるそばからお前は!!」


 インダナメンタの口から出るそれは、猛毒である。

 触れたら最後、触れた先からみるみる形を失い、溶けていく。

 実際、頑丈な作りであるこの岩の洞窟でさえその被害は免れないらしく、口から垂れた毒が岩を少しずつではあるが溶かしていく。


「毒もあるって、こいつもしかして最強じゃね?!」


「長期戦になると勝てる相手じゃねぇ!!一気に行くぞ!!!」


 その言葉で同時にその場から飛び上がる二人、それを追って後ろの二本以外を地から離し仕留めんとするインダナメンタ。


「ちょっと失礼するわ……よっと!!!!」


 インダナメンタがさらに上に体を伸ばしたその瞬間、大きな図体を頭上まで一気に駆け上ったローザは、さらにそこから飛躍して天井目掛けて二本の大きな戦鎌を振り上げる。

 その華奢な身体からは想像もつかないほどの威力で天井を突き破り、勢いそのままに戦鎌を抜き取る。

 次第に天井はひび割れて行き、『ゴゴゴ』という音と共にひび割れた天井が崩れ落ちていく。


「あら、ちょっと足りなかったかしら?」


「いや十分だ!!」


「ぅぉおお?!やべぇ巻き込まれる!!!」


 天井の被害に遭わぬよう、インダナメンタと距離を取る三人。その三人を追うようにインダナメンタは足を振りかざそうとし、しかしその足は届かず天井の下敷きになり短く悲鳴をあげた。

 尚も音を立てて崩れ落ちる天井に、成す術もなく下敷きになるインダナメンタは、その内天井に埋もれて静かになった。

 

「あれ?もしかして倒しちゃった系?」


「そんなはずはないと思うけど、鳴き声も聞こえないし、気を失ったんじゃないかしら」


 ウィリアムとローザはそう言いながら埋もれた様子を確認するように近付いていく。


「ーーーまだだっ!!!避けろッ!!!!」


 異様な殺気を感じて咄嗟に叫び、ライトは後ろに飛びつつ剣を構えて防御の姿勢を取るが、凄まじい威力で吹き飛ばされて壁にぶち当たる。


「くぁッッ……!!」


 衝撃で一瞬、息が出来なくなり咽せ返る。

 なんとか呼吸を整え、インダナメンタに近付いていた二人が無事であるか、何が起こったのか確認するため立ち上がる。


「おいおい嘘だろ……ッ!!」


 確認しようとして、唖然とする。

 先程まで一緒に戦っていた二人は、血だらけで倒れ込んでいて、後方で戦いを見守っていた訓練生は全員、繭に姿を変えられていたのだ。


「クソッ!!ローザ!エレッド!!」


 繭は切れない糸で作られているため、今はどうにもならない。そのため、血だらけで倒れている二人の安否の確認を優先し、二人の名前を叫んだ。


「だい、じょうぶよ、ちょっと、掠っただけ、だから……ッ」


「ローザ姐さん、は、強がりだなぁ……ッ!へへ、俺ぁ死ぬほど痛い、ぜ……ッッ!」


 ライトの呼び掛けに応えるように二人は自力で立ち上がり、肩を大きく上下に揺らす。

 口では大丈夫と言っていても、相当なダメージを負っているのは見ていても一目瞭然であり、これ以上の戦闘は出来ないとライトは判断する。

 そうなると、退路はなく糸が絡まっている二人は逃げ場がない。さらには、糸が絡まっていなかった訓練生でさえ、繭にされていることからすると、恐らくインダナメンタは相当ご立腹の様子。


「ブォォォオオオオオォォォォォオオオオッッッッ!!!」


 今までで一番荒んだ声で鳴いたかと思うと、瞬間二人の身体が宙を舞った。


「ハァッ……ッッ!!!」


「ぐァアッ……!!」


「ローザ!!エレッド!!うぉあっ?!!」


 二人に駆け寄ろうとしたライトの元へ白い塊が容赦なく撃ち込まれる。間一髪で避けたライトは、身体を転がし体制を立て直す。


「だめだッ!あいつらが殺されちまうッッ!!」


 ライトはまだ軽傷であり、このまま攻撃を避け続けることもできるだろうーーーそれもインダナメンタの攻撃速度がこれ以上上がらなければの話だが。

 だが二人は深傷を負っていて、動けてもインダナメンタの攻撃速度には追いつかない。

 そうなると、ライトの取るべき行動は一つしかない。


「一か八かで勝負だクソッタレ!!!!」


 ライトはインダナメンタの懐に一直線に走り出すーーー否、インダナメンタより奥を目掛けて突っ走っている。

 天井が抜けたことで瓦礫が足元を邪魔するが、気にせず一気にインダナメンタとの距離を詰める。

それを察知したインダナメンタが標的をライトに定め、惜しみなく糸やら足やらで攻撃してくるが、なんとか凌いで走り続ける。

 二人への攻撃が止むとすればインダナメンタの意識をライトに向けさせ、且つ足の攻撃が当たらない反対側まで回り込む必要がある。


「うぉぉぉおおおっ!!!!!」


「ブオッ!!ブォオッ!!」


 攻撃対象が一人となったインダナメンタの攻撃の数は凄まじく、尻からは糸、足は八本中六本での攻撃で、ライトも回避一択。

 避けても、いなしても、受け止めても、次から次へと撃ち込まれる足や糸を、ライトはギリギリで躱し続ける。

 そしてインダナメンタの正面にたどり着き、そのまま一気に後方へと躍り出て、インダナメンタを迎え撃とうと身体を反転させる。


「よっしゃ!!!……ッあ?」


 次の瞬間、ライトは強い衝撃と共に奥へと吹き飛ばされる。

 ここまで順調に走っていたライトだったが、吹き飛ばされた衝撃で内臓が掻き回され、口から大量に血を吐き捨てていた。


「ごぇッッ……ッぶは、はぁ、なん、だ……ッ?!」


 状況を確認しようと前を向いて、絶句する。

 吹き飛ばされてインダナメンタと距離が空いたと思っていたのに、どうしてか目の前にそいつは立っていた。


「そりゃねーぜ、毛むくじゃらさんよぉ」

 

「ブォォォオオオオオ……」


 トドメだとでも言わんばかりに低く唸り、六本の足が容赦なくライトに振りかざされる。

 愛剣を前に盾を作り、ライトは身構えた。










ーーー来るはずの衝撃は来ず、変わりに洞窟内には『ブゥゥン』という羽音が響き渡る。


「……やっと来やがったかクソッタレ」


 人間を不快にさせるその音の主は、足を器用に使いながら"咀嚼していた"。


「バァアゥォォオオオオァァアッッッッ!!!!」


 今までにない悲痛な雄叫びを上げたのはインダナメンタである。

 ライトを仕留めんとしていたインダナメンタは、突如現れた不快な羽音の主に、食されていたのだ。


「にしても、気持ち悪い絵面だな……」


 インダナメンタを食しているのは『スパイドワスプ』だ。タイカの蜜を撒き散らして誘き寄せたのは、インダナメンタの天敵だったのだ。

 天井の穴から入ってきたスパイドワスプは、インダナメンタとタイカの蜜以外は口にしない。人間にとっては、人喰いモンスターを倒してくれるとっても有難いモンスターである……が、見た目と人を不快にさせる音が原因で、嫌われている。

 また、インダナメンタとタイカの蜜以外口にはしないが、攻撃してくる対象には容赦はせず、尻に付いている毒針で刺してくるのだ。

 そうなれば人間なんて以ての外、刺された対象は毒に侵され死んでしまう。


「触らぬ神に祟りなしってか?しっかし、間一髪ってとこだったな……そだ、あいつら助けねぇと!!」


 スパイドワスプの食事を邪魔しないように、そして刺激しないように、静かにその場を離れてローザとウィリアムに駆け寄る。

 二人を端に寄せ、ライトが持っている回復薬を使いつつ呼吸を確認する。


「息は……してるな。気を失っただけ、か?それにしてもこの傷は、俺一人分の支給品じゃ補えないし、糸は切れねぇから繭の中にいる奴らも助けられねぇし、救護隊も呼べねぇ。どうするよ」


 インダナメンタは倒したも同然だが、問題は山積みである。一刻も早く二人の傷をどうにかしないと、血が流れ続けているため致命傷になってしまう。

 さらに、インダナメンタの繭は徐々に毒が回るという厄介な代物だ。下手したらライト以外全滅してしまう。


「何か方法があるはずだ……何か、何かねぇのかよ!!……ん?」


 必死に思考を巡らせ、解決法を探るライトの目に、いつの間に食事を終えたのかスパイドワスプが退路にある糸の塊に近付いているのが見えた。

 その先は行けないのに、何をしているのだろうとスパイドワスプの行動に怪訝な表情をしたライトだったがーーー


「うわぁお……まじか」


 スパイドワスプはそんな糸や周りにある繭を気にも留めずに切り裂いて、撒き散らしていたタイカの蜜を存分に啜った後、ライトたちが来た道を進んで行った。

 どうやら、インダナメンタを食すだけでなく、その特殊な糸を切ることもできるようだ。これはモンスターの講義で知らされていないため、ライトは驚いた。


「っと、見てる場合じゃねぇ!お前ら、大丈夫か!」


 スパイドワスプがどんどん進んで行くのを横目に、訓練生に駆け寄る。

 幸い、まだ毒は回っていないようで二、三人意識を失っているが、その他は咳き込むだけで身体は動かせているようだった。


「とは言っても油断は禁物だ。解毒薬持ってるだろ?それ飲んで、気ぃ失ってる奴には飲ませてやってくれ。んで、悪いんだが回復薬持ってる奴であの二人に使っていいって人がいたら、俺に回復薬分けてくれねぇか?」


 ライトの一声でその場で動ける全員が、解毒薬を飲んだ後にライトに回復薬を渡しに来た。

 感謝しつつ、ライトは1人分の半分を全員に貰い、ローザとウィリアムに回復薬を施して一息つく。


「さて、と。スパイドワスプはまだ洞窟内うろうろして、恐らくタイカの蜜を探し回ってんだろーし、下手に刺激してあの針に刺されるのは避けたい」


 そこまで考えて、洞窟の最奥へ繋がる道を見る。

 最奥というくらいだから、行き止まりの可能性大であるが、調査をしていない未知なる道である。

 さすがに洞窟周辺は調査を終えているであろうことから、洞窟の出入り口は一つだとは思うのだが……


「危険な雰囲気はない……となりゃ、行ってみる価値ありか?」


 インダナメンタもいなくなり、淀んだ気配も消え去っていることもあり、ライトは奥へ向かうことにした。


「あー、そこの、眼鏡かけたイケメンさん!」

 

「え、あ、僕ですか?はい、なんでしょう?」


 唯一の眼鏡男子である訓練生に話しかける。イケメンかどうかは別として、眼鏡をかけているのは自分しかいないと分かっているからか、その男子はライトの話を聞き入れた。

 ライトはスパイドワスプを刺激しないようしばらくこの場に待機して救護隊が来るのを待つこと、奥に出口がないか調査しに一番動けるライトが行くこと、意識がない者の生存確認と安全確保を言い渡す。

 それに頷き、眼鏡男子はそれを皆に伝えるため意識ある者を集めている様子を確認し、ライトは最奥へと進んで行った。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 インダナメンタとの激闘の場所から三十分程奥へ進んでいたライトは、何もない洞窟に安心したような、退屈なような、そんな気持ちを抱いていた。

 もちろん、先程のような死闘は御免被るが、期待していた出口もなく、ただただ歩き続けていることに疲れ始めていた。


「ハッカラータさえいねぇし、もう引き返す、か?」


 道は人が一人通れるほどの狭さになってきて、出口があるとすれば風なり日光なりが差すであろうがそれもないともなると、この先は行き止まりだろうという判断に至り、引き返そうと身を翻した。


「ん?気のせいか?」


 来た道を戻ろうと振り返ったはいいが、松明が来た道を照らし出し身体も顔も来た道に向けようとした横目に、最奥から赤い光が微かに見えた……気がしてもう一度最奥に目を向ける。

 目を凝らして見ても、松明の光が邪魔してよく見えないため、その場の岩と岩の間に松明を刺して奥へと進む。

 すると、先程まで分からなかったが、奥の方が確かに赤く光っているのが分かった。


「出口にしちゃ、弱い光だよなぁ?」


 出口であれば、もう少し光が差してもいいと思うのだが、そうではないようだ。そのまま奥へ進み、赤い光は段々と強さを増していく。

 そして、


「これは、なんだ?なんかの結晶、か?」


 身体を横にしなければ通れない程の狭さだった道が一畳くらいの空間になった場所の中央の岩に、赤く光る結晶のようなものが埋め込まれていた。

 どうやらここが最奥らしく、道はここで途絶えていた。


「この結晶を取れば、この場所が出口に変わるとか?」


 ありそうな想像を浮かべ、首を振る。


「逆に取ったら洞窟が崩壊!なんてことになりそうだし、ここは大人しくガーデンに戻ってこの事を報告すべきだな」


 そう決断して、次は壁一面に刻まれている文字に注目する。


「なんて書いてあんだ……?この文字、どっかで見たような……」


 そう言って、文字を見るため赤い結晶が埋め込まれている岩を中心にぐるっと見て回るライト。


『汝力を得る者として対価を背負う覚悟は有るか』


「うおっ?!なんだ?!!」


 文字を解読しようと集中していたライトは、突然響いた声にウィリアムのような反応をし、辺りを見渡す。


『汝力を得る者として対価を背負う覚悟は有るか』


「なんでいきなり……って、あ。やべ」


 ライトは文字に集中するあまりに、腰あたりにあった岩に手をかけていたのだ。手を掛けているだけではない、赤く光る結晶に、指先が触れていた。


「え、これって、どうするべき?」


『汝力を得る者として対価を背負う覚悟は有るか』


 慌てて指を離しても終わらない問い掛けに、ライトはどうしたもんかと思い悩む。


「ちょ、触ったのは誤解で、ここ荒らす予定なかったんだけど……」


『汝力を得る者として対価を背負う覚悟は有るか』


「聞いてねぇ!!待って、まずい気がする一旦戻ろう」


 問い掛けに答えることなく、ライトはこの場所を離れるため来た道を戻ろうとするが、壁があるかのように先に進めず、ライトは困惑する。


「え、まじ?これ答えないと帰れない感じ?」


『汝力を得る者として対価を背負う覚悟は有るか』


「いやもう分かったって!まず力とか対価って何だよ!」


『汝我を随える力を得て我一入強い魂を得る』


「おお、他のことも話せるんだな。つまり?俺はあんたの力を使うことができて、その代わりの対価ってのが『一入強い魂』ってわけか」


 とは言っても『一入強い魂』が何を示すのか分からない。魂というのだから己の命かもしれないし、力を引き換えに器を差し出せって言われていてもおかしくない。


『否、命とは異なる』


「人の心を勝手に読むなよ!えーと?じゃあ、死にはしないし俺は俺のままってこと?」


『無論』


 では、魂とは何なのか。

 ライトは思考を巡らせるが、どう頑張ってもその魂の定義は分からない。この状況がすでに分からないことだらけではあるが。


「要するに力を得るには代償が必要だよってことだよな?」


『汝力を得る者として対価を背負う覚悟は有るか』


「いや、うん。それは分かったんだけどさ」


 ライトは考える。自分は力が欲しいのか?ーーーその答えは決まっている、もちろん欲しい。

 そして背中の愛剣を徐ろに掲げる。

 今では親しい友人と呼べる者はローザ以外はいないが、嘗て、ライトにも友人と呼べる者はいっぱい存在した。

 力を欲する理由なんて、あの頃から何一つ変わっていない。あの出来事がなければ、ライトは強くあろうなんて思いもしなかっただろう。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 今から十一年前、ガーデンでの生活も一年経とうとしていた頃、彼にも友人と呼べる者は一定数いた。

 その中でも友人という枠を超え、当時のライトより九つも年上であったが、他人でありながらも『兄弟』と言えるような仲になった存在がいた。

 『マオ』と呼ばれたその男は学内でも人気者で、マオと同年代だったり年上だったり、はたまたライトと同じくらいの歳の子たちが常に周りにいた。

 その中でもライトを弟のように可愛がってくれ、ライトもマオのことを『兄さん』と呼ぶ程慕っており、学内では常に一緒に過ごしていた。

 

 そんなある日、マオは帝国の任務で長い期間ガーデンを離れることになった。彼はコマンド生であり、その中でも特に才ある者と謳われていたのだ。


「いやだ!兄さんはおれと一緒にいるの!!」


「はは、弱ったなぁ。ライト、兄さんも離れるのは寂しいけど、これは帝国の任務なんだ。だから、兄さん行かないと」


「やーだー!!!兄さんはいかない!いっても明日すぐにかえってくる!!」


「ライト……まったく、困ったなぁ」


 マオと長いこと離れたことがなかったため、ライトは出発前日の夜、マオの部屋まで出向いて離れたくないと必死に訴えかけた。マオは困った顔をしながらも、どこか嬉しそうに頬を緩めた表情を見せる。


「わかったよライト、なるべく早く帰れるように兄さん頑張るから、良い子で待っててくれ、な?」


「うー……わかった!ぜったい!はやくかえってきてね!」


「分かった、約束する」


 そうして二人は指切りをして、その日は一緒に眠った。

 次の日の出発前、一度は身を引いたライトだったが、マオがガーデンに残れないのならばと、あろうことか誰にも気付かれないよう移動車の荷物に身を隠して一緒に任務先まで乗っていったのだ。

 現地に着いて荷を降ろす時にライトは見つかり、その事を知ったマオに盛大に叱られる。


「ライト!!!どうしてこんなことを……!」


「どうしてって、そんなの、兄さんといっしょに居たかっただけだよ!」


「……これは遊びじゃないんだ、命に関わることなんだよ。そんな理由で、こんなことをしたのか!!!」


「そ、んな理由って……兄さんは、兄さんはおれといっしょに居たくなかったっていうのかよ!!!」


 その悲痛な叫びにハッとした表情を浮かべたマオだったが、涙ながらに叫んだライトはその場から逃げ出してしまう。

 慌てて追いかけるマオだが、まだ小さな身体のライトは茂みに突き進んで見えなくなってしまっていた。


「ライト!!兄さんが悪かった、だからお願いだ、出て来てくれ!」


 マオは必死に呼び掛けるが、ライトは答えない。それどころかライトはその内かくれんぼをしている気分になり、泣いていたことも忘れて密かに笑いながら身を隠していた。


「ん?だれだろ、あのひと」


 身を隠しながら奥へ奥へと進んで行ったライトは、茂みの中でローブを被った人が一人佇んでいるのを見つけて歩みを止める。


「坊や、隠れてないで出ておいで」


 身を潜めて様子を伺っていたが、何故かバレてしまいライトはおずおずローブの人の前に出て行った。


「こんなところで人と会うなんて珍しい、どこから来たの?」


 独特の雰囲気を醸し出していたその人は、ローブで顔を隠していて表情は見えなかったが、穏やかで優しげな女性の声だった。


「えっと、おれ、兄さんが長いあいだいなくなるっていうから、ついてきた!!」


「兄さん?」


「そう兄さん!!ていこくの、にんむ?っていってた!」


「帝国の、任務……そう、そういうことなの。坊や、帰りなさい。ここは危険よ」


 女の人は悲しげな声色になったがそれも一瞬で、諭すようにライトに帰るよう告げた。


「いやだ!!兄さんがにんむおわるまで、いっしょにいるんだ!!」


「坊や……悪いことは言わないわ。お願いだから、逃げて」


「お姉さん??なんだかとってもかなしそう……どうしたの?」


「ここから、早くお逃げなさい。来た道を戻って……お願い」


「ここに居られましたか偉大なる女神様」


 ローブを被った女性は、その声が聞こえると瞬時にライトを抱えて後ろへ飛んだ。そしてライトを隠すように自分の後ろへと追いやる。


「女神だなんて、私はそんな存在ではありません」


「そんなことはありません。我らは貴女方の素晴らしい御力を、その神秘的な存在を、心から崇拝しております。特別なのです」


「……残念だけど、期待に応えることは出来かねます。どうぞお帰りくださいませ」


「ふふ、つれないですね。大人しく帰りますから、女神様も一緒にレナトゥスまで来てください」


「嫌だと言ったら?」


「拒否権はありません。力尽くでも連れて行きます」


 ライトには理解できない会話が繰り広げられ、どうすれば良いのかと女の人のローブを弱々しく握る。それに気付いた女の人は、後ろ手でそのライトの手を優しく包み込んだ。


「私が守るから、あなたは逃げて」


 そうライトにだけ聞こえるように囁いた女の人は、手を離して一歩前に出る。

 何故逃げなければいけないのか分からなかったが、女の人の向こう側にいる男性から伝わってくる異様な雰囲気に、ライトの中の第六感が危険信号を送っていた。


「私はここで静かに暮らしています。貴方たちには着いてはいきません」


「そうですか……手荒な真似はしたくないのですがねぇ、仕方ありません」


「……行って!!」


 女の人は振り返り、ライトに強く言い放つ。弾かれたようにライトは来た道を全力で走って戻っていく。

 その後ろから聞こえる戦闘音に身震いしつつ、ただただ懸命に走り続ける。


「逃がすとお思いですか?」


 そんな声が頭から降って来たのと同時に、ライトはその場で組み伏された。息が吸えない程の力で圧迫され、ライトはもがき苦しむ。


「なんてことを……!!やめなさい!!」


「ふふふ、我らに従えばやめますよ」


「ライト!!!!!!」


 名前を呼ばれた刹那、ライトの上から男が吹き飛んだ。息ができなかったライトは、思い切りむせ返りながら目の前に立つ人物を見上げる。


「にい、さん……!!」


「遅れてすまなかった、無事か?」


「うん……うん!!ごめんなさい、ごめんなさい兄さんっっ!!!」


「大丈夫、大丈夫だから。兄さんが来たからもう心配ないよ」


 屈んでライトを抱き締めたマオに安心しきってグリグリと頭を押し付ける。その頭を撫で、マオは女の人に鋭い視線を送った。


「私は女性に剣を向けることはあまりしたくありません。どうか、私の目が黒い内に立ち去ることをお勧め致します」


「ちが、兄さん、ちがうよ!この女のひと、おれをまもってくれてたんだ!!」


「ライトを、守って……?それは失礼致しました」


「いいえ、巻き込んでしまってごめんなさいね」


「お話中すみません、貴方、インペリアル・ガーデンの人ですよね?ということは、彼方此方で殺気立っていたのは貴方たちですか」


 いつの間にか三人の正面に立った男が、少し苛立ったようにこちらを睨み付ける。


「あー計画が台無しだ。ていうことは、あの白いガーデンも来ていると見た方がいいでしょうねぇ」


 ポリポリと頭を掻いたその男は、面倒くさそうに息を吐くと、こちらをーーー否、女の人を見て不敵に笑う。


「本当は、意識がお有りのまま連れて行く予定で、こんな手段を使うつもりはなかったんですけどね」


 そう言って懐から何かを取り出すと、男は女の人の方へ走り出す。女の人は宙を舞い、男の突進を回避しつつ手から淡く光る"何か"を男へ向け放つ。

 それを避け、男の人は尚も女の人へと駆け出す。


「これはまだ未完成品でしてね、効果は一時的なんですよ。こんなお粗末なもの、女神様に使うのはとても申し訳ないと思っているんですが、事が事なので、致し方ないでしょう」


「あら、女へのプレゼントに欠落品だなんて、男の質が落ちますよ」


「ふふふ、申し訳ありません女神様。どうかお許しを」


 二人の掛け合いだけを見るのであれば平穏な会話にも思えるが、その攻防戦は凄まじい。次々と放たれる光る"何か"は、着実に男を追い詰めていく。

 女の人に意識がいっている男に注意しつつ、マオはライトを抱えてその場から距離を取り、ライトを降ろす。


「ライト、よく聞いて。さっきはあんなことを言ってすまなかった。当然、俺はライトと一緒にいたいと思っている。だけどここはあまりに危険なんだ、わかるかい?」


「うん、ごめんなさい……」


 そう言って落ち込むライトの頭を優しく撫で、マオは続ける。


「兄さんはあの女の人を守るためにあの男と戦わなければならない。それが終わるまで移動車で待っててくれないか?」


「兄さんはあのお姉さんのことしってるの?」


「知らないよ。ライト、男っていうのはな、知らない人でも、女子供は守らなければならない」


「どうして?」


「男の力は、子供よりも女の人よりも強いからだ。力は守るために使うのであって、弱い者を傷付けるためにあるのではない」


「じゃあ、あの男のひとはわるいやつ?」


「あぁ、女の人を傷付ける悪い奴だ。だから、兄さんは女の人を助けないといけない」


 そう言って女の人を見るマオを眺めていたライトは、目を輝かせて笑った。


「じゃあ、兄さんはヒーローだね!!」


 ヒーローと言われて一瞬キョトンとしたマオだが、すぐに柔らかく微笑んでその言葉に力強く頷いた。


「そうだね、ヒーローだ」


 マオの答えに満足したのか、ライトはマオに強く抱き付き


「絶対かえってきてね!!」


ガーデンで交わした約束を、もう一度口にした。

 マオはそんなライトを力強く抱き締め返し、そして名残惜しそうにライトを離す。


「約束するよ。俺は、必ずライトの元へ帰る」


 返事を待って、ライトは笑顔で頷く。

 指切りを終え、マオは後ろに振り返り繰り広げられられている男と女の人の攻防を見据えた。


「さあライト、行きなさい」


「わかった!まってる!」


 手を挙げて応えるマオの姿を確認し、移動車に向かって走り出すライト。その足音を聞いて、マオは女の人を守るために男へ向かって愛剣ーーートランスソードを振りかざした。


「おおっと。邪魔者が入りましたね」


「女性を痛めつけるなんて、悪趣味な方だ」


「痛めつけるだなんてとんでもない!我らは女神様を、そしてその御力を崇拝しております。故にその御力への助力をしているだけのことです」


「黙りなさい、何度言えば分かるのですか。私は貴方たちの期待には応えられません」


「ふふふ、隠そうとしたって無駄ですよ?もう我らは全て、理解しておりますので」


 醸し出す雰囲気だけで、男がどれだけの実力者か分かる。ガーデンが誇るコマンド生と同等、又はそれ以上の力を持っている。

 それでもマオは一歩も引かない。ライトが待っているから。ーーー約束したから。


「貴女をお守りします……はぁぁっ!!!」


 そう言って男に向けて愛剣を一振りする。男との間には距離があるが、愛剣から放たれる波動はその距離を物ともせず男へと駆け抜ける。


「ふふ、あはは!!!貴方は、女神様の騎士にでもなるおつもりで?」


 その波動を手から放たれる黒い光で相打ちし、男は可笑しそうにお腹を抱えて笑う。そしてその光を次々とマオに向かって放つ。

 マオは女の人を守りつつ、その光を回避して隙を見て何発か愛剣を振りかざし波動を男に叩きつける。

 その内の一発が男に当たり、よろめいて出来た隙を逃さず、一気に距離を詰めて男に斬り掛かる。

 間一髪でそれを避けた男は、面倒そうに息を吐いたと思うとマオの目の前から一瞬にして姿を消した。


「なっ……?!」


「もうお遊びは終わりです、女神様」


 そしてその姿は女の人の背後に移動していて、未完成品と言っていたそれが女の人の背中を突き破る。

 その瞬間、


「ぎ、ぃぃいいいいイヤァァァァァアああああッッ!!!!」


女の人は悲鳴をあげて宙に浮き上がる。

 女の人の心臓辺りからドス黒い光が溢れ出し、やがてその黒い光は全身を覆い、女の人の姿形を変えていく。

 顔まで覆っていた白いローブはその場で焼け落ち服は漆黒に変わり、綺麗で透き通った千草色だった瞳は赤黒く変色しその目の周りには筋が浮き上がり、金色の長くて艶があった髪は灰色へと変化する。

 女性らしい手の先にある爪は指の長さと同じくらい伸びて黒く尖り、手や腕には筋が何本も巡り異様な姿に成り果てる。


「な、んだ、これは!!」


「ふふふ、女神様の御力が最大限に引き出されているのですよ」


 宙に浮いたまま変化していった女の人は、変化が止まったのと同時にその場に倒れ込む。マオは慌てて女の人に駆け寄り、その変容した身体を抱き起す。


「さて、女神様がこのお姿になられたのであれば我らの計画は中止です。効果が切れる頃にまたお会いしましょう」


「まて!!!」


 そう言ってその場から一瞬にして去っていく男に声を荒げるが、もう遅い。倒れる女の人を置いて追い掛けるようなことは出来ず、マオはどうすることもできない自分に苛立ちを覚えた。


「ん……」


「お目覚めになられましたか!!!」


 そうこうしているうちに女の人は目を覚ます。そしてマオを見るなり


「妾に触るな」


そう言ってマオを吹き飛ばす。

 何が起こっているのか分からず、マオは眼を見開いて女の人を見つめた。

 そんなマオを気にする様子もなく、女の人は宙に浮き、森全体を見渡せる距離まで浮き上がる。


「穢らわしい。妾の城に踏み込む者共へ、報復を」


 ボソッと呟いた途端に女の人から溢れ出す邪気が一気に増し、伸ばした手から数多のドス黒い光が四方に散っていく。

 何が起こっているのか分からず唖然と見るしかなかったマオだが、その行為は移動車へと向かっているライトをも標的にすると悟り、その瞬間ライトの元へ全力で走り出す。


 ーーー間に合え、間に合ってくれ!!


 尚も続く攻撃を避けつつ、そう願わずにはいられない。彼女がどうして姿を変えてしまったのかは分からないが、この場にいては全員殺されてしまう。

 そうなってしまう前にライトだけでも、そう考えつつ、先程の攻撃で腹部に穴が空いて血だらけになっているのも気にも止めずに、懸命に足を運び続けた。



-------------------------



 ライトは恐怖で身を縮ませていた。

 移動車まで走っていたが、途中いきなり降ってきた黒い何かで目の前の草木が爆ぜ、何もかも吹き飛んだ。あと一歩、踏み出していればライトの身も爆ぜていたであろう。

 そのことを理解した途端ライトの全身は凍りつき、その場にしゃがみ込んでしまう。


「やだよ、かえりたいよ……兄さんっ」


 泣きながらマオを呼ぶライトだがそんな都合良く現れるはずもなく、ただただ時間が過ぎる。その間も黒い何かは処構わず降り注ぎ、地を揺らす。

 先程強く抱き締めてくれたマオの温もりを手繰り寄せるように、自分自身の身体をギュッと強く抱き締める。

 そしてその時交わした会話を思い返し、ハッとする。


「だ、だめだ。ここにいたら、兄さんとの約束、まもれない」


 ここまで付いてきて怒られてしまったが、今度は約束を破らずに守りたい。縮こまっていた身体をなんとか動かし、震え上がる心を抑えつけてライトは移動車へと再び走り出す。


「兄さんとの約束、まもらなきゃ。かえってくるっていったもん!!」


 その約束を何度も何度も繰り返し思い浮かべ、止まりそうになる足を懸命に動かし続けた。


「あ、いでっ!!!!!いててて……え、なに、これ……ひぃッッ!!!!」


 途中、"何か"に脚を引っ掛けてその場で転倒してしまい、その"何か"を確認しようと足元を見た。


「オェ……おぇえッ……はっはぁっ……おぇッ!!」

 

 見るも無惨なその光景に耐えきれず嘔吐するライト。足元には、胴から下が失われた血だらけの"人らしきもの"が転がっていた。

 ここら一帯も爆ぜた跡が残っているため、黒い何かの餌食になってしまったであろう。


「う、ぁあ……にいさん……兄さんッ」


 その場から逃げるように立ち上がり、おぼつかない足取りでなんとか移動車まで歩みを進めているが、正気を失った瞳をして壊れたようにただただマオを呼び続けるライト。

 齢六歳のライトは、精神的に限界を迎えていた。


「に、いさん……たすけて、兄さん……」


 そう言いながら前へ前へと進んでいき、やがて視界は開けて身長を超える草木ばかりだった周りが平地へと変わる。

 遠くの方に移動車が数台あるのが確認できると、ライトは虚ろだった眼を輝かせて移動車へと走り出した。


「あ、やくそく……うぇっ……はぁっ、はぁ!!!兄さんとの約束、まもらなきゃ!!!」


 先程の悲惨な光景を思い浮かべないよう、必死にマオの顔を思い浮かべて移動車へ向かうライト。躓いて転びそうになるのを必死に耐え、ただひたするに走る。

 マオが帰ってくると信じて。---約束を守るために。


「ライトッッ!!!!!」


 後ろから待ち侘びた声が聞こえて、振り返る。

 そこにはマオがーーー腹部が血だらけになりながらこちらに駆けてくるのが分かった。


「に、兄さん、おなか、おなかが!!!!」


「それよりライト、怪我はないか?」


「おれは、ないけど、兄さんが!!」


「兄さんは大丈夫だから心配しないで。さ、いこう」


 腹部の血など気にもせず、ライトを抱えたマオは移動車へ走り出す。その横へもう一人、コマンド生が駆け出してきて、二人に声を掛ける。


「マオ!!怪我は酷いが無事だったか!!」


「あぁ、ここは危険だ、早く引き返そう」


「任務失敗か、仕方ないよな」


 そう会話しながらも、あと少しで移動車へと辿り着くまでの距離になったーーーその時だった。


「妾の城に土足で脚を踏み入れておいて、容易く逃れられるとでも思っているのか」


「ッッ!!」


 いつの間にか現れマオたち目掛けて黒い光を放つ女の人に、ライトを抱えながら宙を舞い、愛剣で波動を繰り出す。


「往生際の悪い奴よ。妾に楯突くというのか」


 黒い女の人はマオに向かって黒く鋭い光を飛ばし応戦する。ライトを守りつつそれを全て薙ぎ払い、地に着いてライトを降ろす。


「すまないライト、先に乗って待っててくれるか?」


「でも、兄さんけがしてる!!それに、さっきのお姉さんと、おなじ声……まもってくれたのに、なんで??」


「怪我は大したことない。お姉さんは……今ちょっと悪い奴に操られているんだ。だから、兄さんは助けないといけない」


 会話の途中も鋭い光を飛ばしてくる女の人に応戦しつつ、ライトに語りかけるマオ。


「すまん、ライトをお願いできるか?」


「マオ……分かった、力になれなくてすまない。無事に帰って来い」


「もちろんだ。さ、ライト、このお兄さんに連れて行ってもらいなさい」


 マオの言葉に、もう一人のコマンド生はライトを抱えて移動車まで走り出す。


「いや、いやだ!!兄さん!!!兄さん、だめだよしんじゃうよ!!!」


「大丈夫だ!兄さんはヒーロー、だろ?」


 イヤイヤと叫ぶライトに、マオは振り返って満面の笑みを浮かべる。その姿に涙目になりながら手を伸ばし、ライトは叫ぶ。


「ぜったい、約束まもって!!かえってきて!!兄さん!!」


「約束する!!」


 そうして黒い女の人へと駆け出すマオ、黒い光が次々と襲い掛かるがそれを薙ぎ払い隙を見て波動を打ち込む。

 圧倒的な力を前に物怖じせず攻撃を打ち込むマオだが、口から大量に血を吐き出し、一瞬動きが止まる。

 その隙を見て女の人は一気に黒い光をマオに突き刺す。


「兄さんッッ!!!!」


「あ、こらダメだ!!!」


 見ていられず腕の中から抜け出してマオがいる方に駆け寄るライト。

 黒い光を擦りながらもなんとか攻撃を回避して攻防を繰り広げるマオは、負傷していることもありライトに気付かない。


「ふん、穢らわしい」


「え、なっ……ライトォォオッッ!!!」


 マオの元に駆け出していたライトの元へ、黒い光が押し寄せる。そのことに気付いてライトは脚を止めるが、もう遅い。

 死ぬ、そう思ったライトは眼をギュッと閉じる。そして、その黒い光はライトの胸を突き破りーーー








「あ、れ……??」


 突き破られたはずの胸に痛みはなく、代わりにあたたかい温もりがライトを包み込む。

 何事かと閉じていた目をゆっくりと開け、そのあたたかい温もりの正体を確かめる。


「兄さん……?」


 マオに抱き締められていることに気付いて少し身を離すライト。その様子を見て微笑むマオに、ライトは不思議そうに顔を傾ける。


「よかった、間に合ったね」


「なに、いって……ぁ」


 頭を撫でるマオをよく見ると、胸辺りから血が溢れ出し、口からも止めどなく血が吐き出されている。

 状況をようやく理解したライトは、その瞬間ガクガク全身を震わせる。


「にい、さ……血が、あ、こんな、ごめッ」


「大丈夫だ。兄さんは、強い」


「でも、おれがこなければっ……ごめん、なさ、兄さん、ごめんなさいぃぃッ」


 そう言って泣き崩れるライトの頭を愛おしそうに撫で、立ち上がる。ライトも立ち上がらせ、マオはもう一人のコマンド生に目配せする。


「ライト、約束しただろ?兄さんは、必ず帰る。だから待っててくれ」


「あ、ぁ……にいさん、おれ」


「ライト、兄さんは強いんだ。だから何があっても負けない。それに、ライトは兄さんの自慢の弟だ。だからライトは兄さんのように、強くなれるはずだ。兄さん以上に、大事なものを、人を、守れるように強くなれ」


「兄さんは、つよい……の?まけない?けがも、いたくない?」


「はは、そうだよ、大丈夫だよ。さ、今度こそ、行きなさい……愛しているよ、ライト」


 そう優しく諭したマオは背中を向けて、もう振り返らない。誰が見ても満身創痍な身体だったが、物ともせず颯爽と走り出す。


「兄さん、おれ、おれも、おれもすき!!だいすきぃぃぃっ!!!」


「……行くぞ」


「いやだぁぁぁぁ!!!兄さんッ!」


 今度こそ移動車まで辿り着いたコマンド生は、ライトを押し込み扉を閉める。慌ててライトは窓際まで駆け寄り、マオの行く末を見守ろうと張り付く。


「戻るぞ!!」


「え、まって!!兄さんがまだッ!!!」


 コマンド生数名とライトを乗せた移動車は、扉を閉めたと同時に出発する。

 それに驚き、ライトは窓から目を離し、運転しているコマンド生を見て叫んだーーーその時だった。




ーーードォォォォォオオオオオオオオンッッッ!!




 今までにない爆発音が鳴り響き、ライトはハッとして窓を振り返る。そこには黒いモヤが辺り全体を覆い尽くし、吹き荒れる光景があった。


「兄さんッ!!!!」


 黒いモヤが掛かってどうなっているか分からない。マオの姿さえも確認できず、一気に不安が押し寄せる。

 そして、


 ーーーガンッ!!!!


移動車の上方から何かが当たった音がして、全員が上を見上げる。


「ぁ……ッ」


 その見上げる先には、マオが本来持っているはずの愛剣が突き刺さっていて、コマンド生は息を呑む。ライトを移動車まで連れてきたコマンド生は、見させまいとライトの目を覆ったが、それはもう遅かった。


「なんで、兄さんの剣……ないと、たたかえない。あ、そっか、兄さんそこにいるの?ねぇ、兄さん!!」


 ライトは叫ぶが上からマオの返答は聞こえない。その場の誰もが言葉を発することができず、沈黙が車内を包む。


「いない、の?じゃあこれ、兄さんに、かえさないと……兄さん、かえってくるって、いってた」


 ライトの呟きだけが車内に響き渡り、この剣が何を示すか理解していたコマンド生は、ライトの眼を覆っていた手でただただ静かにライトの頭を撫で続ける。

 ライトだけが理解できず、返さないとと譫言のように呟き、手を剣に伸ばす。小さな身体では届かず、移動車の揺れでその場に倒れ込む。


「兄さん、かえってくるよね?」


 その言葉にも誰も答えることができず、ただひたすらに沈黙が続く。その沈黙の意味を、マオの愛剣が突き刺さっている意味を、徐々に理解していったライトは、


「あ、あぁぁぁぁっ……兄さんッッ!!」


その事実に耐え切れず、泣き叫んだかと思うと突然意識を手放した。


 その後、ライトはガーデンの治療室で目を覚ます。

 その傍らにはマオが所持していたトランスソードが置かれていた。一瞬、マオが帰ってきたんだと部屋を飛び出し、ガーデン内を見て回るが、夜になってもマオの部屋にも、ライトが休んでいる治療室にも姿を見せることはなく、数日の時間が過ぎた。

 その後もマオが戻ってきたという報告は未だになく、学内での扱いは『殉職』であった。


 その事実を受け入れることができず、ライトは何日も何ヶ月も自室に引きこもり、マオが帰ってきたら返そうと思って一緒に医務室から持って来たトランスソードを見つめて、無力な自分に嫌気が差す。

 そもそも、なぜマオがあの任務に行かなければならなかったのか、コマンド生ではなく帝国軍が行けば何も問題なかったはずなのに。

 コマンド生なんて、憧れでもなんでもない。マオを奪った帝国の任務なんてクソ喰らえだ。それに従わなければならないなんて、コマンド生を駒としか思っていないのか。

 そんな思いが、引きこもって以来ずっと頭の中を反芻していて、ライトはコマンド部隊の制度を毛嫌いするようになった。そう、他に当たる物がなければ、意識を向けなければ、ライト自身押し潰されてしまいそうだったからである。


 八つ当たりとも言える考え事をしながら、ふと傍に置いてあるトランスソードを見つめる。カーテンの隙間から差し込む光でトランスソードが照らされている。

 マオが存在していた証のトランスソードはここにあるのに、その所持者はもういない。ライトと同じように悲しみ、トランスソードは主人の帰りを待っているはずである。

 ーーーそう思いたいだけであると、ライトはすでに気付いている。

 光に照らされたトランスソードはマオが扱っていた頃と同じように輝いている。主人を失っても尚、強くあり続けようとあの頃と変わらず輝き続けているのだ。

 マオを思うことで、悲しむことで、現実から目を背け、マオと共闘してきたトランスソードからも目を背けているということに、本当はこうしているべきではないということに、ライトはとっくに気付いていたのだ。

 ただ、マオが帰ってこないという事実を、受け入れたくないというだけで、長い間現実から逃げていただけ。


『ライト、兄さんは強いんだ。だから何があっても負けない。それに、ライトは兄さんの自慢の弟だ』


 あの日、マオがライトに言った言葉を思い返す。


『だからライトは兄さんのように、強くなれるはずだ。兄さん以上に、大事なものを、人を、守れるように強くなれ』


「強く……」


 そして、眺めていたトランスソードを手に取り、額に当てがう。


「兄さん……」


 そう呟くと、彼は閉じていた眼を開き、強く、強く、頷いた。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 ライトは、掲げた愛剣を優しく撫で、眼を閉じる。

 もう、あの頃の守られるしかなかった無力な自分ではない。だが、大切な物を、大切な人を、自分にとって大切な全てを、守れるようになるにはまだまだ力が足りない。

 そう、あの出来事に誓ったのだ、大切な全てを守る力を手に入れると。あの大切な人に、その人が使っていたこの愛剣に、誓ったのだ。

 あの日の出来事を忘れない、忘れてはいけない。


「そのあと、引きこもってた俺を連れ出したのはローザだったな」


 誓ったはいいがどうすればいいのか分からなかった引きこもりのライトを、ローザは部屋から引っ張り出した。

 ローザも、面倒見のいいマオと遊ぶのが好きだった子供の一人だ。そしてその中でもライトとは仲が良く、マオがいない日はよく二人で他の子を誘って一緒に遊んでいた。

 ローザもまた、マオに懐いていたが悲しんでばかりではいられないのだ、その分強くなるのだとライトを叱り、そして強くなろうと努力した一人である。


『汝力を得る者として対価を背負う覚悟は有るか』


「あー悪い。物思いにふけっちまって、答えるの忘れてたわ」


 尚も同じ問いを繰り返す結晶に詫びつつ、ライトはその結晶を力強い瞳で応える。


「対価ってのが何なのか、イマイチわからねぇが……覚悟なら、あるぜ。俺は強くなる。強くなって、俺にとって大切なすべてを守りたい。……守るためなら、強くなる手段は選ばないつもりだ」


『よかろう』


 ライトの答えを聞いた結晶は、より一層輝きを増してその空間ごと赤い光が包み込む。光で周りがよく見えなくなり、ライトはその光に身を任せる。

 赤く光る結晶が胸元まで来たかと思うと、吸い寄せられるようにライトの身体に突き刺さる。

 痛みはなく、それを自然と受け入れる。ライトの身体に呑み込まれるように結晶は消えていき、やがて光は消えて元の洞窟の様子に戻っていく。


「終わった、のか?」


 確かめるために来た道に戻る。通れなかった道が、すんなり通れるようになるのを確認して、ライトはもう一度振り返る。


「なーんも変わらない気がするんだが?」


 首を傾げてみるが、何も変わらないのであれば変わらないで強くなる方法はまだ他にある。対価といってはいたが、何も盗られている様子はないし、意識もあるし身体は元気だ。

 心配するほどでもないだろうと、ライトはみんなの元へ戻るために来た道をひたすら戻ることにした。

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