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新・桃太郎  作者: 松林 宗則
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『プロローグ・誕生』

【プロローグ・誕生】


 鬼の口癖は、「愚かな人間ども」だ。だが、誰かを「愚か」と言ってしまうとその者も「愚か」なのだ。それに気付いている鬼はどれだけいるのだろうか。  



 川で桃を拾ったおばあさんとその桃を切ったおじいさんの人生は、憎しみと悲しみに満ち満ちていた。二人には、権兵衛と雪子という子供がいた。二人とも里へ働きに出ており、権兵衛には嫁もいた。雪子は、不器用だったが愛嬌と真面目さが里の男どもに人気だと、山奥に暮らす二人の耳にまで届くほどだった。それが崩れたのが鬼ヶ島からの襲撃だった。鬼は、5体1組となって襲撃を行う。目的は、金品の強奪と人間の略取だ。鬼ヶ島から鬼を乗せた船が出ると近隣の村里には、港から警告の文が出回る。それが届くと人々は、金品を持って家族と山奥へと隠れる。ただ、鬼達は襲撃した村里から収穫がない場合には、そのまま何日も本土を歩き回り強奪や略取、時には、殺人を繰り返す。なので、里村の長は罪人を縛り付けて里に残したり、カンパのように金品を村人に出させ村に置いて行ったりするのだった。里に襲撃のあった日にも警告文は、届いた。しかし、それが権兵衛や雪子の里の人々に伝わることはなかった。原因は、単純な連絡ミスである。責任を問われた場合、取るべき人間は、里の長だ。しかし、里の長は未だ、胴体から上しか見つかっておらず責任を取れる状況ではない。雪子は、頭部のみが見つかっていない。権兵衛に至っては、頭部のみが見つかっている。権兵衛の嫁は、権兵衛の頭部を抱えて背中に鬼による大きな噛み跡を残して死んでいた。里の人々も同じような状況だった。153人の人口は、1日で20人を切った。さらに、金品は根こそぎ失われていた。

 権兵衛と雪子の遺体の確認は、おじいさんが行った。おじいさんの心は、この日を境に悲しみと憎しみ以外、全ての感情が失われた。おばあさんは、権兵衛と嫁の間に子が宿っていたことを聞いていたがおじいさんには、伝えられなかった。おじいさんの心にさらなる悲しみと憎しみを生む事実なら私の身体で全て受け止めてやろうと誓ったのだ。

 

 金品は、全て失われた里だったが唯一、残されたものがあった。おじいさんが子どもの頃に空から降ってきた巨大な鉄の塊だ。現在では、村の中央に御神体として(まつ)られている。信仰や礼拝といったことに疎い鬼にとって御神体など、ただの大きな石でしかない。その御神体は、村の中央から蹴飛ばされたように無造作に動かされていた。しかし、傷や損壊はされていない。

 おじいさんがその鉄の塊の硬度が鬼の力に勝ったと知ったのは、襲撃から少し経った日のことだった。生き残った村人が教えてくれたのだ。彼曰く、鬼達は殺戮と搾取に飽きて、力自慢のために御神体を殴り蹴り飛ばし壊そうとしていたそうだ。しかし、御神体は位置が動くだけで傷一つつかなかったそうだ。ただ、鬼達による行為は大地を揺るがし身体に響く衝撃音は、生存者達に圧倒的な力の差を味わせ生きる気力を十分に失わせたそうだ。余りの恐怖で彼の横で自刃する若者もいたと聞いた。

 

 鬼が壊せなかった御神体を使えば奴らに何か復讐ができないかと考えたおじいさんは、その話を聞いたその日のうちに御神体を見に行くことにした。普段から村人が丁寧に管理していた御神体は、泥や血がついていた。もちろん鬼の血ではなく、人間の血だ。おじいさんが御神体に触れた理由は、それに自分の子供達が何度も何度も触る姿を思い出したからだった。おじいさんを蝕む悲しみや憎しみは、決しておじいさんが晴らすことはできない。その力が自分自身残っていないことは、分かっている。しかし、自分自身で鬼を殺したい。二つの相反する感情は、さらなる悲しみを助長していった。


 涙は地面に落ち、両手は御神体についていた。口から嗚咽が漏れる。

「どうして…」


 すると、御神体が青白く光り出す。どんどん光は強くなり、世界から影がなくなっていく。光の中に大勢の人間の輪郭が見える。おじいさんは娘と息子を探す。輪郭が何十人分もあるのに輪郭だけで自分の子供達が分かる。権兵衛が振り向いたが表情は見えない。雪子は、何か大事なものを抱えた様子でこちらを振り向いて深々とお辞儀をした。二人は、光源の方へ向きを変えて歩き始めた。おじいさんは、光の世界の中で見送ることしかできない。徐々に光が弱くなっていった。


 おじいさんは、気を失っていた。地面に上向きで転がっていた。正面に月が見える。淡い光だった。どれだけ目を凝らしても月の光の中に同じようなものを見ることはできない。ふと、立ち上がろうとした時だった。右手に冷たいものが握られている。見ると刃渡りが1mほどもある黒い刀身が握られていた。おじいさんは、驚いた。かなり強い力でその刀身の刃を握っていたからだ。刀身を投げるように手離して確認したが掌は全く切れていない。

 その刀身を眺めながら立ち上がり御神体がなくなっていることに気付いた。再び、刀身に目を向けた。刀身とも目が合う気がした。

 

 


 思兼神(おもいかねのかみ)は、数多くの人々の知恵と思慮を一人で兼ね持つ神である。おじいさんがその刀身に刀装(とうそう)をこしらえ刀剣に『意剣(いけん)思兼(おもいかね)』と名をつけたのは、それから10日後のことだった。

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