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鬼の首 龍の首  作者: 柚緒駆
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日美子

 天照日美子は二十二歳、四年制大学を出た後、防衛省の非常勤職員として採用された。ハッキリ言ってしまえば、コネである。防衛省関係の国会議員が親戚に居るので、正職員は無理だが非常勤ならと採用してもらえたのだ。仕事は秘書課の手伝い、雑用全般などと聞いていたのだが、それがどこでどう間違ったのか学校の廊下を走る羽目になっていた。腕の時計を見る。約束の八時はもう五分前に過ぎている。ヤバイヤバイ、初日から遅刻だなんて。とにかく急ごう、この廊下の突き当りを左に曲がればすぐに学園長室があるはずだ。そう、ここを曲がれば。


「廊下は走るな!」


 角を曲がった瞬間に一喝され、日美子は壁に激突しそうになった。


「す、すみませんでした、あの、遅刻しましたっ」


 学園長室の前に仁王立ちしている女性に、日美子はペコペコと頭を下げた。


「そんなに何度も謝らなくていいわよ。私は特務審議官の雨野有銘です。天照日美子さんね」

「は、はいそうです」


「中に入りなさい。みんなを紹介するわ」


 扉の内側には九人の少年少女が日美子を待っていた。何の集団だろう。生徒会の様な物だろうか。それにしては年齢がバラエティーに富み過ぎている感があるが。

 有銘は皆を見回すと、軽く日美子の背中を押した。

「彼女がさっき話した天照日美子さん。今日から特務審議官付秘書、つまり私の補佐をしてもらいます。各自、自己紹介して」

 面倒くさい、口には出さなくても顔にそう書いてある少女が一歩前に出た。

「ハヤヒノ、高等部一年、十六歳」

 木で鼻を括ったような言い様である。日美子は作り笑顔でよろしく、と言うしかなかった。

「俺はミカヅチ、十四歳、中二!」

「同じく中二、十四歳フツヌシ!」

 次はえらく元気のいい二人組であった。同じ顔の。

「二人は、えっと双子なの」

「そりゃそうだよ」

「どう見ても双子じゃん」

「そ、そうだね」

 その隣に立っていたのはひょろりと背の高い、繊細な感じの男子であった。

「ノコヤネです。十八歳、高等部三年です。よろしくお願いします」

「あ、こちらこそよろしくお願いします」

 日美子は思わず頭を下げてしまった。

「私はトリフネです。十五歳、中等部三年です」

 笑顔の可愛い、ちょっと地味だけどスタイルの良い、それでいて芯の強そうな女の子は、やや恥ずかしげにそう言った。

 その隣、一人だけ椅子に座っていた少女は、自分の番が来てしまったことに戸惑いを浮かべ、顔の大半を覆い隠す大きなサングラスを片手で押さえながら、消え入るような声を出した。

「……ツクヨミ」

「……あ、はい」

「歳と学年も言いな」

 ハヤヒノにそう言われて、ツクヨミは口を尖がらせながら「中等部一年、十三歳」と付け足した。

 そして、いよいよ次だ。この部屋に入った時から気になっていた。ツクヨミの横でニコニコと笑う、少年とも少女ともつかぬ輝く存在は、今その輝きを一層増したように日美子には思えた。

「ボクは花月。どうして花月なのか聞きたい?」

 うん、聞きたい。思わずそう言ってしまいそうになるのを日美子は抑えた。流石にその程度の空気は読める。

「ナビコナ」

 ハヤヒノが睨む。そして有銘は溜息をついた。

「ナビコナ、いい加減にしなさい」

「仕方ないなあ」

 花月は、いやナビコナは、詰まらなそうにそう返事をした。

「僕はナビコナ。十二歳、初等部六年生だよ」

 その様子を楽し気に見ていた一番小さな女の子は、自分の番になると深々とお辞儀をして見せた。

「初めまして、私はコトシロと申します。九歳になります。初等部四年生です。よろしくお願いします」

 もしかしたらこの子が一番しっかりしてるんじゃないだろうか、日美子はちょっとそう思いながら、「よろしく」と笑顔を返し、その隣に目を向けた。

 大きい。身長も一番高いが、胸板の厚さや腕の太さが一人だけ別次元である。少女漫画の中に劇画キャラが放り込まれたかのような違和感だ。特にコトシロの隣に立つと、大人と子供という表現がぴったり来る。制服も着ずにローブを羽織り、頭にターバンを巻いている。何でここに居るんだろうという気さえする。コトシロが振り仰ぎ、微笑みかけた。

「自己紹介ですよ」

「俺もか」

「はい」

「だが俺はここの生徒ではない」

「でも神童のメンバーですから」

 少し考え、そして日美子を見た。

「スサノオ、だ」

「歳も」

 ハヤヒノが突っ込む。

「ていうかあんたの歳、あたし達も聞いてないよね」

 その問いに対する答に、日美子は、そして神童の一同は唖然とした。

「歳は……わからない」

「わからない? 何それ。自分の歳がわからないなんてある訳?」

 ハヤヒノには到底受け入れられない解答だった。生きる事全てに無頓着になった老人ならば己の歳を忘れてしまうなどという事もあるのかもしれない。だがいかに良いガタイをしていたところで、スサノオが十代の若者である事は顔を見ればわかる。この年代の者が自分の歳を知らないなどあり得ない話だ。だが。

「あるんでしょうね」

 有銘がつぶやく。

「ずっと時計もカレンダーもない場所で生きて来たのだから、年齢という概念がなくても仕方ないのかも知れない」

「それって、砂漠の真ん中ででも暮らしてたって事ですか」

 思わず日美子は口にしてしまった。

「砂漠? 面白い事考えるわね、あなた」

 有銘にそう言われ、日美子は血の気が引いた。

「ああっ、す、すみません、つい」

 失敗した。出過ぎた事を言ってしまった。嫌われたらどうしよう。しかし動揺する日美子を余所に、ハヤヒノは有銘に食って掛かっていた。

「有銘ちゃん、それどういう事。こいつ、一体何なの」

「言える訳ないでしょう。国家機密の漏洩よ」

 え? 国家機密? 聞き間違いだろうか。日美子の眼は点になった。

「もう途中まで言ってんじゃん、それに、あたしらだって秘密部隊なんでしょ」

「それとこれとは話が別です」

 え? 秘密部隊? って何? 日美子の頭にはハテナマークが幾つも浮かんでいる。ただ漠然と思った。もしかして、自分は居てはいけない場所に居るのではなかろうか。

「じゃあ、あたしらもう一緒には戦えない。無理だから、どこの誰とも説明できないような奴に命預けるなんてできないから。それでいいよね」

 ハヤヒノは刺々しい言葉を有銘にぶつけた。うわあ、何だこのヘビーな雰囲気。日美子は困惑している。お役所なのに、しかも非常勤なのに、この空気は何。もっと気楽な仕事だと思っていた。こりゃ長くは勤まらんだろうなあ。そんな事を考えていると、有銘が一つ溜息をついた。

「仕様がないわね」

 しかし口調とは裏腹に、それほど困ってはいないような顔に見える。

「いいわ、説明してあげる。ただし、これから話すことは一切口外不可です。絶対に誰にも言わないように。了解ね」

 有銘は少年達を見回した。一同は緊張した面持で頷く。ニコニコと微笑むナビコナ以外は。有銘は一呼吸置いて話し始めた

「スサノオは、とある国内の施設で生まれ育ちました。その施設の名前が何というのか、どこにあるのかは私も知りません。私が知っているのは、二つだけ。一つは、スサノオがその施設で何と呼ばれていたかという事。彼はこう呼ばれていました。『実験体M8号』と」

「実験……体」

 ハヤヒノは眉を寄せる。ノコヤネが息を呑む。

「人体実験」

「つまりはそういう事ね」

「ちょっと、それって違法なんじゃ」

 ハヤヒノの言葉に、有銘は首を振った。

「個別の人体実験について人権侵害で訴えられたケースは多々あるけど、人体実験そのものを違法とする判断はありません。それにね」

 有銘は口元に小さな笑みを浮かべた。

「彼の能力は我々に必要です。みんなも見たでしょう。スサノオの力なしでこれから戦って行くなんて、無茶な話よ」

 ハヤヒノは何かを言いたげだった。だが何も言えずにいた。他のメンバーも顔を見合わせている。当のスサノオと、そしてナビコナを除いて。

「もう一つは」

 ナビコナは笑顔で有銘に尋ねた。

「え?」

「審議官はスサノオについて、二つ知っているんでしょ、もう一つは」

「そうね、もう一つは」

 有銘はうなずいた。

「スサノオは一日の約三分の一、つまり八時間ほどを食事に割かないといけないという事」

「八時間? そんなに何をするの」

「勿論、食べ続けるのよ」

「食べ続けないと、どうなるの」

「半日で餓死します」

 さしものナビコナも、これには驚いたらしい。目を丸くして絶句してしまった。

「もうそろそろ辛いんじゃないの。いいのよ、食べなさい」

 その有銘の言葉を受け、スサノオは躊躇せずにチョコバーをローブの内から取り出すと、一瞬で袋を剥き、他の者たちが凝視する中、音を立てて貪った。

「という訳だから」

 そう言うと有銘は日美子を見つめた。

「あなたはしばらく家には戻れません」

「……へ?」

「心配しないで、ご家族にはこちらから連絡しておきますので」

「いや、えっと」

「では順序が逆になりましたが、これから神童についてのレクチャーを始めます」

「あの、その」

「これは国家の重要機密ですから、心して当たってください。『できません』は許しません」

「えーっ」

 マジか。マジなのか。日美子は激しく後悔した。




 聖天寺学園は小中高一貫教育の私立学校であるが、その内実は、上級キャリアや政治家の子女が通うエリート養成校であった。だがごく稀に、その出自とは関係なく入学してくる者が居る。彼らは『マレビト』と呼ばれ、好奇の対象となった。

 日も暮れなずむ時刻、空は不安を掻き立てるほどに赤く焼けている。ハヤヒノはそれを校舎の屋上で見上げていた。と、不意に階段に通じるドアが開き、中から天照日美子が歩き出てきた。雰囲気的には、這い出してきた、と言った方がいいのかもしれない。

「そとの……くうき」

 日美子は膝に両手をつくと、何度も溜息をついた。

「日美子ちゃん」

 その声に、日美子はのろのろと顔を上げた。

「ああ、確か、えっと、ハヤヒノさん」

「何、レクチャー終わったの」

「まだ。一旦休憩って言われたけど、校舎から出ちゃ駄目って言われたから、外の空気吸いたいって、コンビニに行きたいって言ったのに駄目だって言われたから、ここに来るしかなくってえ」

「そんな涙目で見られたって知らないよ。外に出られないのは、うちらだって同じだし」

「私、こんな大変な仕事だなんて聞いてないいっ」

「駄々捏ねても無駄。配属されちゃったんだから、諦めなよ。仕事覚えたら外にも出れるようになるんじゃない」

「雨野審議官にもそう言われたけど」

 日美子はその場にへたり込んだ。その顔をハヤヒノが覗き込む。

「で、仕事は覚えられそうなの」

「覚えるって言うか何て言うか。まだ受け入れられなくて」

「何が受け入れられないのさ」

「だからその」

「超能力?」

「そう。だって今朝までそんなのないのが当たり前の世界で生きて来たのに、ハイ今から価値観百八十度変えてね、って言われても無理だよお」

「でも実際にあるんだよ、仕方ないじゃん」

「うん、あるのはいいの。あるのはわかってる。ただ、それがある事を前提として行動する、っていうのが難しくて」

「そんなに難しいかなあ。変に考え過ぎてんじゃないの」

 ハヤヒノが首を傾げた時、階段のドアがまた開いた。

「何をしているの」

 顔をのぞかせたのは、眼鏡をかけた、ちょっと気の強そうな女子生徒。

「もうすぐ下校時間です。屋上は閉鎖しますよ」

「だってさ、日美子ちゃん。下へ行こうか」

「うぇー」

 嘆きながらも、取り敢えず日美子は立ち上がる。ふらふらと覚束ない足取りの日美子の手を引っ張って、ハヤヒノは階段へと向かった。女子生徒は不審げな目で見つめた。それはそうだろう、教師でも事務員でもない、勿論生徒でもない大人がこんな所で何をしているのかと普通なら思う。それをハヤヒノは無視した。説明しろと言われても困るし、かと言って誤魔化すのも性に合わない。それをどう思われるかを心配しても意味がない。所詮、自分はマレビトである。そこに。

「やっぱりここに居た」

 階段を上がってきた者がいる。ノコヤネだ。女子生徒が小さく息を呑んだ事に、ハヤヒノは気付いた。

「何よ。何か用?」

「何か用じゃないよ。寮母さん怒ってるよ、晩御飯の用意ができないって。学校が終わったら一旦寮に帰らないと」

 怒っているのなら、怒らせておけばいい。それも含めて給料のうちだろう。そう思ったが、それをノコヤネに言っても仕方ない。だからハヤヒノは、「あ、そ」とだけ言って、日美子の手を引いてノコヤネの横を通り過ぎようとした。その足を、甲高い声が止めた。

「ちょっと待ちなさい」

 ハヤヒノは女子生徒を振り返った。

「何」

「言葉遣いを正しなさい。鋸屋根先輩に失礼でしょう」

「はあ?」

「ああっ、あの、小桜さん」

 ノコヤネはどうやら女子生徒と知り合いだったらしい。慌ててハヤヒノとの間に割って入る様に立った。

「僕はいいんだ、ホント、気にしてないから」

 しかし小桜と呼ばれた女子生徒は、毅然として引かない。

「いいえ鋸屋根先輩、これは風紀委員としての職務です」

「いや、だけど」

「校内では、上級生に対しては敬語を使う事。これは我が聖天寺学園の生徒ならば最低限の常識のはずです。誰であっても例外はありません」

「ほんで? 何をしろって言いたい訳」

 ハヤヒノの嘲る様な口調に、小桜の声は一層高くなる。

「鋸屋根先輩に謝りなさい!」

「はいはい、ごめんなさいね、ってこれでいいんでしょ。行くよノコヤネ」

 ハヤヒノはそう言い捨てると、日美子の手を引いて階段を下りて行った。

「ちょっと、あなた」

「ごめん、小桜さん。本当にごめん。でもハヤヒノは僕の家族みたいなものなんだ、だからお願い、許してあげて、この通り」

 ノコヤネに頭を下げられては、小桜も引き下がるしかなかった。




「お母さん、ごめんなさい。こんな時間になってしまって」

 雨野有銘はハヤヒノ、ノコヤネ、そして日美子の前に立つと、両手を合わせた。お母さんとは言ったが別に有銘の母親という訳ではない。聖天寺学園の敷地内にある学園寮の寮母が相手であった。学園の寮ではあったが、今ここを使っているのは神童のメンバーだけである。事実上、神童の為の寮として機能していた。

「審議官に謝られたんじゃ、しょうがないねえ」

 歳は五十代前半くらいだろうか、なんとかギリギリ有銘にお母さん呼ばわりされても不自然ではない世代のエプロン姿の女性は、有銘の背後の三人に目をやると、持っていたお玉でテーブルを差した。

「とにかく座って飯食いな」

「あの、私もですか」

 日美子がおずおずと声を上げた。

「なんだい、あたしの飯は食いたくないってか」

「いえいえ、そういう事ではなくて」

 慌てて否定する日美子に、有銘は笑顔を向けた。

「あなたにはしばらく、ここで暮らしてもらいます。大丈夫、一人部屋よ。あ、着替えは部屋の方に届けてあるから自由に使って」

「え、あの、着替えってサイズとかは」

「個人情報は照会済み」

「あは、あはははは」

 もう笑うしかない。日美子はおとなしく席に着いた。

 夕餉は既に始まっていた。テーブルの上には、各自の前に茶碗と小魚の天ぷらと野菜サラダ、大根の味噌汁と小さな取り皿が置かれ、テーブルの真ん中付近には大皿が二つ、鶏の唐揚げとトンカツが山盛りになっている。

「また揚げ物」

 ハヤヒノがややげんなりした顔でつぶやく。

「文句言わずに食いな。あんたらはただでさえエネルギー使う仕事してんだ、食える時にちゃんと食っとかなきゃ、ぶっ倒れるよ。その兄ちゃん見てみな、いい食いっぷりだろ」

 寮母がお玉で差したのは、スサノオ。一人だけ茶碗ではなく丼に白飯を積み、物凄い勢いでかき込んでいる。

「彼、どんな感じですか」

 そう訊く有銘に、寮母は苦笑をして見せた。

「どうもこうもね。米は三升炊いたけど、足りるかどうか」

「大変だとは思いますけど、よろしくお願いします」

「あいよ。頑丈なだけが取り柄だからね」

 そう言うと、テーブルの向こう側、大きな電子ジャーのある方へ歩いて行った。

「飯食う奴は茶碗出しな。お代わりはまだあるからね。こらミカヅチ、フツヌシ、野菜食え野菜」

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