第1話 覚醒
知らない天井だ。
起き上がって辺りを見回すと、そこは昔ながらの日本家屋の一室だった。しかし何だろうここは、現実のものではない雰囲気がある。
「目を覚ましたかい?」
襖を開け、お茶のようなものを持って俺の居る部屋に入ってきたのは白い狐耳と尾を九本持つ、人間離れした魅力を放つ女性だった。
「………」
一瞬見とれてしまったがすぐに冷静さを取り戻した、ここで冷静にならなければ命が危ないと本能的に感じたからだった。
「ここは一体どこで、貴女はだれですか?」
恐怖を押し殺しながら質問した。身体中の震えが止まらない。下手なことをすれば自分は死ぬ――そんな確信にも似た直感があった。
「へぇ…いきなり連れてこられて混乱してると思ったけど意外と冷静なんだねぇ。あとそんな怯えなくても大丈夫。別に殺したりなんかしないから。」
女性が「これを飲んだら楽になるから」とお茶のようなものを渡してきた。色が緑でお茶というより抹茶のような感じだ。正直怪しいが飲まないわけにもいかない。
俺は勇気を振り絞り一気に飲み干した。
するとさっきまでの身体の震えが嘘のようになくなり、むしろ段々気分が良くなってきた。
「あの…一体これは…?」
「これはこの山で採れる薬草を擂り潰して蜜を混ぜた薬でね。気分を落ち着かせることが出来るのよ」
どうやらこの女性は本当に俺を殺す気はないようだ。
しばらくの間を挟んだ後、女性は自己紹介もかねて俺に様々なことを説明した。
「私はキュウビの妲己。この山奥の屋敷に住んでる巫女よ。まずはいきなり貴方をこの世界に連れてきてしまってごめんなさい。どうしても急がなきゃいけないことがあったの、どうか許してね?そしてこの世界は貴方たちのいる『現世』とは違う『異界』と呼ばれる妖怪や神様たちの世界」
この女性―妲己はそんなことをいってきた。キュウビの妲己?俺がいた世界とは違う世界?いきなりそんなことを言われても普通なら鼻で笑う所だが、実際目の前に現実のものではない雰囲気を持つ存在がいて、この家もまたそれと同じ雰囲気を感じることから嘘は言っていないと判断できる。
「ここがどこなのかは分かりましたが、どうして俺を連れてきたんですか?どうしても急がなきゃいけないことって…」
「……それはこの世界そして貴方たちの世界に大きな危機が訪れるということなの。そしてその危機を回避するために貴方が必要だったのよ。」
俺は世界の危機と言われてもあまりピンと来なかった。それよりその危機を回避するためになぜ俺が必要なのかが分からなかった。俺はただテストで少し良い点を取れるだけで、特に運動が出来るわけでもなく積極的に行動する方でもない。
そんな特別でも何でもない俺が世界の危機だから必要だ、なんて言われても分かる訳がないのだ。
「それは貴方が異界を認識できる人間だったからよ。」
「――ッ!?」
俺がそんなことを思っているとまるで心を読んだ様に妲己が話してきた。
「そんなに驚く事じゃないわ。言ったでしょ私は巫女だって。巫女は色んな術を使うことが出来るの。私の場合は少し特殊だけど、それにこの力を悪用したりはしないから安心して?それに、あなたはまだそういう風に自分の事を思っているのね…」
マジかよ……俺は心底からそう思った。まさか自分の心を読まれるなんて事があるとは思わなかった。最後に妲己が何か言っていたが声が小さくよく聞こえなかった。
俺がそんなことに驚いていると、突然身体の奥が急激に熱くなった。
「かはッ……!」
口から大量の血を吐き出した。苦しい。身体中が焼かれているような痛みに襲われた。
「まさか…!『覚醒』!?そんな!早すぎる!いや、今はそんなこといってる場合じゃないッ![加具土命]!」
妲己が焦った様子で何かを叫んでいたが、意識が朦朧としてよく聞こえなかった。そして炎のようなものに包まれて何故か安心した気分になった俺はそのまま意識を失った――