海岸通りのイロハ
掌編小説です。一話完結です。
ぼくには、いまいちわからない。
彼女がぼくに手を振って消えたことも、その後ぼくに助けを求めたのも。
彼女は、崖の上から勢いよく飛んで死んだ。
恨みつらみの言葉はなく、ただぼくを愛してるとさけんだ。
遠くからその光景を傍観するしかなかったのに、彼女はそれでよかったらしい、
「愛があるなら、どこへいけばいい」
彼女の自殺現場を後にして、ぼくは帰り道をいく。
吐き捨てる言葉は、戸惑うぼくの声だった。
眦に街灯の橙が伏す。
もはや生きた屍となったぼくに、生きる道はあるのかと疑問視した。
時間に追われ、なすべきことも捨て、世間の一般解釈に淘汰される。
情けないと思うことすら、情けないと思った。
「あなたの一番好きなところ?」
生前の彼女に訊いたときの話。
「そうね…。なにも変わらず、わたしを愛してくれることかしら」
頤に指をやる彼女に、ぼくは恍惚を禁じえなかった。
彼方とおくの記憶に、あるいはぼくの透明性を張り付けてしまいたい。
むしばむ歯は、ぼくが何かしらの共鳴を抱いていると知ってほしかった。
海岸通りを歩いてみる。
この崖の上から飛んだのは、きっと僕の妄想にすぎない。