「馬」
昼下がり、今日も私は電車に乗り、どこかへ出向こうとしていた。
空いている席に腰を下ろし、窓越しに車内に落ちる太陽の穏やかな光をぽかんと眺めながら、電車が目的地に着くのを待つ。ガタンガタンと一定のリズムを刻む振動が心地良かった。今日はきちんと正しい駅に辿りつけるといいなあと思った。
私の乗る電車はよく知らない世界に迷い込む。ある時は花の咲いた背の高い生垣の間を通り、ある時は赤く塗られた木造の駅を通過する。暗闇の中の真っ白な駅に到達することもあれば、現代人が忙しく歩き回る新宿駅に辿りつくこともある。電光掲示板に表示される駅名が知らない漢字だったり、乗客が人の姿をした何かだったりすることも少なくない。
不安な気持ちを抱けばそれが電車の行く先に影響してしまいそうで、私は心を無にしようと頑張った。
ほどなくして、電車は無事に目的地に着いた。
今回は大丈夫だったようだと、ホッとして私はホームに降り立った。少し歩き、埃っぽい教室のような空間に入った。そこが私の目的地だ。金属がむき出しの壁と高い天井、天窓、それなりに広い部屋だった。
ぽつんと部屋に立っていると、母親に似た人間がこちらに歩んできた。彼女は私に銃を手渡し、励ますようにうなずいて離れていった。彼女は何も言わなかったが、私にとって教官のような存在であるようだった。
銃は、丸みを帯びた臓器のような銃身に、とってつけたような細い引き金がついていた。少なくとも手になじむようなデザインではない。なんだか頼りないなあと思いながら私は銃を構えた。
地響きが鳴り、乾いた部屋に大量の埃が舞った。足元に地震のような震えが伝わってきたかと思うと、大きな獣が次々と部屋になだれ込んできた。
ドカドカと地面を蹴って猛進してくるその生物は、大きな黒い馬だ。何十キロも走ってきたかのような筋肉が盛りあがっていた。彼らには影のような黒い人間がまたがっており、剣のようなものを掲げている。つまり、闘争の意志があるのだ。振動で巻き起こる灰色の塵に見え隠れしながら、5体もの巨大な馬がこちらに向かってくるのがわかった。
私は躊躇せず銃の引き金を引いた。大砲のような轟音と共に銃弾が馬の胸部に当たる。前足を支える強靭な筋肉に弾がめりこみ、黒い馬は勢いよく前のめりに転んだ。ズシン、という音が足裏に伝わる。重い肉とコンクリートがぶつかる音だ。撃たれた馬は、そのまま動かなくなった。
私は順調に全ての馬を撃った。射撃の腕に覚えはないが、なぜだか全ての弾が命中した。
短い黒毛におおわれた肉の塊が5つ、私の周りにころがっている。ひとつひとつが山のように大きいので、教官からは私が見えないのではないかと思った。
そういえば、この銃は腸を切り取ったような形をしている。巨大な馬を一撃で殺してしまえるなんて、やっぱり変な銃だな、と思った。
あたりは嘘のように静かだ。
埃はおさまり、乾いた室内が天窓からさす陽光に照らされていた。
私はやるべきことを終えたようだ。電車に乗って、帰ろうと思った。
(完)