#94 模索する守る方法
マリアと凪は、ジェシカの部屋で、ジェシカと過ごすことを許してもらった。
トールは、マリアと凪の為に用意されていた客間のベッドを、ジェシカの部屋へ移動する手伝いをしてから、家に戻った。
バーナードは、夕食を一緒に食べることを勧めたが、トールは、明日も仕事がありますので———と言って、断った。
「マリアと凪の事、よろしくお願いします。」
「いえいえ、こちらがお願いする方です。本当にありがとうございました。」
「ありがとうございました。お気をつけて。」
トールが、バーナードとクレアに頭を下げると、2人は恐縮した。
「マリアを頼む。」
「はい。」
凪の肩を叩き、
「必ず毎日連絡すること。いいね。」
マリアには、毎日の連絡を義務付け、トールは帰って行った。
バーナードとの約束が、マリアを残して行くトールの心配を、少しだけ和らげていた。
マリアと凪は、ジェシカの部屋を使うことが許されたので、トールが帰った後、ジェシカの部屋へ戻り、荷物の整理を始めた。
クレアもジェシカの部屋へ戻って来たが、クレアはジェシカを離そうとしなかった。
「クレアさん、ジェシカちゃんをベッドに寝かせて、少し休んでください。クレアさんにも1人になる時間が必要だと思います。わたしには年の離れた弟が居ますので、大丈夫です。任せてください。」
マリアはそう言って、クレアを促したが、クレアは頑なにジェシカを抱いたままだった。
「クレア……。」
見兼ねたバーナードが、クレアを宥め始めた。
「ジェシカにも1人で居る時間が必要だ。1人では何も出来ない子になってしまうよ。心配なのは分かる。でも、マリアさんが居る間だけでも、命を狙われている子としてではなく、普通の、他の子と変わらない子として接してあげよう?君も休まないといけないよ。ゆっくりと出来る時間を、わたしと一緒に過ごそう。ね?さぁ。」
バーナードの言葉に、クレアはぽつりと涙を流し、躊躇いながらも、ジェシカをゆっくりとベッドに寝かせた。
「よろしくお願いします。」
「ありがとう。ジェシカを頼みます。」
クレアはマリアに頭を下げ、同じく頭を下げたバーナードに連れられ、ジェシカの部屋を出で行った。
ジェシカの部屋には、マリアと凪、そして、ベッドに居るジェシカだけになった。
マリアと凪は、ジェシカの部屋を隅々まで見て回り、B・Bや使い魔達が来た痕跡を探した。
「何も無さそう。」
「あぁ、無いな。」
見た限りでは、B・Bも使い魔達も、ジェシカの部屋には来たことがないと思われた。
ただし、ジェシカの夢までは確認出来ない。
「夢にも現れていないと、信じるしかない。」
マリアの不安を察し、凪が言った。
「そうだね。」
マリアはジェシカの手に触れた。
アルフよりも、ずっとずっと小さな手にマリアの人差し指が触れると、ジェシカはマリアの人差し指をぎゅっと握った。
握られた指を、マリアは左右に動かしてみた。
ジェシカはマリアの顔をじっと見つめ、時折、何かを語り掛けているみたいに、「あー。あー。」と、言う。
「かわいい。でも、痩せているね。」
マリアが知っている赤ちゃんは、皆、丸々としていた。
頬だって腕だって足だって、皆、丸々としていたのに、ジェシカは全体的に細く、華奢だ。
「いっぱいミルク飲んで、いっぱい遊んで、いっぱい寝て、元気で丈夫な女の子に成長して、ママとパパを安心させてあげてね。」
マリアはジェシカに語り掛けた。
こんなにも小さくて頼りない、可愛らしい存在。
直接の身内ではないマリアでさえ、可愛いと思うのだから、親であるバーナードとクレアにとっては、自分よりも大切で、他には代えられない何よりも愛しい存在だろう。
守りたいと思うのは当たり前の事。
マリアだって守りたいと思っている。
でも、使い魔が来ても、ついて行ってはいけないと、教えたところで、まだ理解など出来るはずもない。
「直接現れても、わたし達が居るのを知ったら、連れて行くのを諦めると思うの。わたし達が黙って連れて行くのを見ているとは思わないだろうし、ここで言い争ったりはしないんじゃないかなぁ。そうしたら、ジェシカちゃんの夢の中に現れて、連れて行こうとするよね?やっぱり……。」
マリアは自分で言いながら落ち込んだ。
ジェシカの夢の中に現れたとしたなら、マリアにはどうすることも出来ないのだ。
「凪、おばあちゃんから何か連絡来てない?」
「来ていない。兎に角、今は、蚊取り線香を付けて、神楽を流すしかない。」
凪は、ジェシカの部屋の隅に、豚の形をした陶器を置いた。
中には、火をつけた蚊取り線香が、ぶら下がっている。
テーブルの上に置いたプレーヤーからは、黒石神社の巫女神楽の音楽が流れている。
マリアのベッド脇には、マリアの弓が置いてあり、使わないに越したことはないと思いながらも、矢の用意もしてある。
今現在、マリアがやらなければいけないことは、マリア自身がB・Bに連れ去られないでいること。
マリアも凪も、マリアの夢の中にもB・Bと使い魔達は現れるかもしれないと、考えていた。
クレアは、ミルクを上げる時と、おむつを替える時、ジェシカの所へやって来た。
四六時中一緒に居た時よりも、顔色が少し良くなったように思えた。
夕食も頑張って食べていた。
バーナードが、クレアと一緒に作ったものだと、嬉しそうに言っていた。
「にぎやかな食事は久しぶりだ。さぁ、たくさん食べてくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
マリアは、今までのバーナードの家の食卓を考えて、胸が痛くなった。
きっと暗く沈んだ食卓だったに違いない。
もしかしたら一人きりだった可能性もある。
そう考えると、バーナードの嬉しそうな顔にも合点がいった。
夜は、ジェシカを寝かしつけにクレアは来た。
その時はバーナードも一緒だった。
2人はジェシカが眠るまで、ジェシカの顔を眺めていた。
その間、マリアと凪は黙って、親子三人の様子を眺めていた。
この親子が幸せに暮らしていくことを、願わずにはいられない。
おばあちゃん、御弥之様、お願いです。
ジェシカちゃんの夢に、B・Bと使い魔達が現れたなら、わたしと凪も、その夢に入らせてください。
ジェシカちゃんを守りたいんです。
お願いします、おばあちゃん。
お願いします、御弥之様。
マリアは、黒翡翠を握りしめながら、眠った。




