#90 トールの心境
トールの、生まれて来る女の子探しは、難航した。
ラフパラ―に住む父親に聞いてみたものの、子供が生まれる前に、生まれることを知らせるグレースは居ないだろうと、言われてしまった。
親戚に聞くのも嫌だと、遠回しに言われてしまった。
仕方のない事だと、トールにも分かっていた。
女の子が生まれるかもしれないのに、もうすぐ子供が生まれる人は居ないか、聞くのは嫌やだろうし、答える方も嫌だろう。
もしも、子供が生まれる人が居たとしても、言ってもいいか分からないだろうし、居ると聞かされた方も、返事に困ってしまうだろう。
「おめでとう。」と言ってもいいのか分からない。
「ありがとう。」と言って、それで終わりにしてもいいのか分からない。
しかし、マリアと約束をしたからには諦めることも出来ず、もうずっと会っていなかった従兄弟達にも聞いてみることを決心した。
本当に、もうずっと会っていなかったので、勇気が要った。
冷たくあしらわれてしまうかもしれないし、マリアのことを引き合いに出して嫌味を言われるかもしれない。
そう思うと、怖かった。
「やぁ、ビリー。トールだよ。久しぶりだね。元気だったかい?あぁ、それは良かった。もちろん、わたしも朔乃も元気だよ。子供達もね。」
久しぶりの会話は少しぎこちなく、それでも、疎遠になってしまっていた割には、普通に会話は出来た———と、トールは思う。
冷たくあしらわれることも無かった。
だが、もうすぐ子供が生まれる家ではなかった。
もうすぐ子供が生まれる兄弟も居なかった。
「やぁ、ジェフ、元気だったかい?トールだよ。あぁ、久しぶりだね。元気だよ———」
「やぁ、チャールズ、久しぶりだね。元気だったかい?トールだよ。あぁ、元気だよ。もちろんだよ———」
勇気を出して、従兄弟達に連絡をしたが、もうすぐ子供が生まれるという従兄弟は居なかった。
トールには、もう探す手立てがなくなった。
「難しいわね。」
「あぁ。」
健闘するトールを、見守り続けていた朔乃も、肩を落とした。
女の子が生まれることは知っているのに、どこのグレースの家なのかが分からないのでは、マリアは心配をするだけで何も出来ない。
そのことでマリアはきっと苦しむ。
それが、トールも朔乃も心配だった。
ある日、マリアの家に、トール宛ての手紙が届いた。
マリアの家に届いたトール宛ての手紙は、何通もあったが、その中の一通に、朔乃は動揺した。
差出人は、バーナード・グレース。
今までに一度も聞いたことのない名前だった。
マリアには知らせなかった。
他の手紙と一緒にはせず、その手紙だけこっそりとトールの書斎の机に置いた。
帰宅したトールも、書斎の机の上に置かれた手紙を見て、驚いた。
トールも、バーナードという名の親戚には、会ったことがなかったからだ。
この時期に、会ったことのない、グレースと名乗る人物からの手紙。
朔乃が、こっそりと手紙の存在を耳打ちして来た時には、不思議に思ったが、確かに、これは内緒にするべき手紙だと、トールは思った。
「………。」
手紙を広げる手が震えた。
嫌な汗が流れた。
親愛なるグレースさんへ
わたしは、バーナード・グレースです。
わたしもグレース家の血を受け継いでいます。
突然ですが、お嬢さんは今もご存命でしょうか?
ご存命でしたら、その理由と方法を教えてもらえせんでしょうか?
先日、娘が生まれました。
わたしはずっと、グレース家には娘は生まれて来ないものと理解していたので、妻に『契約』の話はしていませんでした。
ですが、娘が生まれ、話さないわけにもいかず、話しました。
妻は初め、信じませんでした。
そんな作り物のような話、実際にある訳が無いと言っていたのですが、娘が生まれたと、報告した時のわたしの両親の様子を見て、妻は真実なのだと悟ったようです。
それからというもの、妻は娘の傍から離れず、毎日泣き続けています。
夜もよく眠れていないようですし、食も細くなり、母乳は止まってしまいました。
赤ん坊ながらも母親の不安定さを感じ取っているのでしょうか、娘はミルクをあまり飲みません。
このままでは、二人とも身体を壊してしまいます。
わたしの周りに居る親戚達は、皆、諦めています。
グレース家に生まれた女の子は3年と持たないと言われていますが、3年どころか15年も生きている女の子がいると、聞いた時のわたしの興奮が、あなたにわかりますか?
諦めなくてもいい。
諦めなくてもいいのかもしれない。
そんな期待に、わたしは震えました。
なかなかあなたのことは教えてもらえませんでした。
それでも、親戚中を訪ねて回り、祖父の従弟のお孫さんのお嬢さんだということが分かりました。
祖父も、祖父の従弟であるあなたのおじいさまも、もう他界しておりますが、あなたのお父様に連絡を取ることが出来ました。
失礼とは思いましたが、あなたのお父様にあなたの住所を教えてもらいました。
何度も何度もしつこく頼んで、ようやくやっと、いきなり会いに行くようなことは絶対にしない——という条件付きで教えてもらうことが出来ました。
それで、手紙を書くことにしました。
わたしは感謝しています。
ですが、住所を教えた事、あなたのお父様は後悔しているかもしれません。
なので、責めないでください。
何度も何度もしつこく聞かれ、仕方なかったのだと思います。
わたしの必死さを、哀れに思ったのかもしれません。
最初は、教えることを拒んでいたのですから。
娘は“ジェシカ”と名付けました。
近しい親戚達は、誰も祝ってくれませんでしたが、わたし達夫婦は、ジェシカの誕生を嬉しく思っていますし、ずっと一緒に生きていきたいと思っています。
成長していくジェシカの姿を、ずっとずっと見守っていきたいと思っています。
どうか、お願いです。
方法があるなら教えてください。
わたし達を助けてください。
お会いすることが出来るなら、ぜひともお会いしたいです。
お嬢さんと、直接会うことが出来るなら、こんな素晴らしいことはありません。
そちらへお伺いしてもいいとおっしゃっていただけるなら、すぐにでも出発しますし、こちらへ出向いていただけるのなら、すぐに旅費を送らせていただきます。
交通チケットも用意させてください。
本当に、わたし達には、もう助けを求める場所が無いのです。
縋る所が無いのです。
どうかお願いです。
力を貸してください。
諦めろとは、言わないでください。
お願いします。
お願いします。
あなたは、あなたのお嬢さんは、わたし達の最後の望みなのです。
お会いしたいです。
是非ともお会いしたい。
どうか、どうか良いお返事をお願いします。
お待ちしております。
バーナード・グレース
「すぅー…ふぅー…。」
トールは、深呼吸をした。
手紙を読んでいる途中、何度か息を止めてしまった。
いずれはこんな日が来るかもしれないと、思ったことがなかったわけではないが、いざ来てしまったら、どうするべきか、即座に判断するのは難しかった。
トールが独断で決めるわけにもいかないことだ。
朔乃にも、琴音にも話さなければならない。
勿論、マリアにも、凪にも。
クリスとアルフにも話さなければ。
生きている。
まだ、生まれたグレース家の女の子は生きている。
そのことを嬉しく思いながらも、とうとうこんな日が来てしまった———と、項垂れてしまう。
生き残っているグレース家の女の子として、マリアがとうとう動き出す。
「すぅー……はぁー……」
トールは大きく深呼吸をした。




