#89 難航する人探し
グレース家に女の子が生まれる———と、ヴィゼが知らせに来た。
グレース家に生まれた女の子は、大昔に交わした契約により、3歳まで生きることが出来ない。
実際に、3歳まで生きた女の子はいなかった。
ただ1人、マリアを除いては。
ヴィゼがわざわざマリアに知らせた理由は、『教えた方が色々と愉しいんじゃないかなって、思ったからさ。』だった。
仕掛けられた挑発に、みすみす乗るのは嫌だと思いながらも、このまま何もせずに居ることは、マリアには出来ないだろうと、凪は考えていた。
そして、その考えは当たった。
「あの使い魔は、いつ生まれるのか、言わなかったわ。でも、生まれることは知っていた。今はまだお腹の中に居るってことよね。」
マリアは独り言のように言った。
ヴィゼから話を聞いた、その直後から、マリアは、ぼーっとしている時間が増えて、朔乃もトールも不思議そうにしている。
2人はまだマリアに聞いていないし、マリアも2人に相談していないが、それも時間の問題だろうと、凪は思っていた。
マリアは考えていた。
まだ生まれても居ないのに、お腹の中の子供は女の子だと、お医者様には分かるのだろうか?
それを教えてもらうことは出来るのだろうか?
契約のことを知っていたなら、教えて欲しいと思うだろうか?
女の子だと分かったら、どうするのだろうか?
不安になるだけなのではないだろうか?
ならば、知らないままの方がいいのでは?
もしも、女の子が生まれることを知らずに居るのなら、わざわざ女の子が生まれると、知らせることは、果たして本当に良いことなのだろうか?
まだ子供であるマリアには、難しい問題だった。
それでも、今はまだ生まれていない女の子も、やがては生まれて来るのだ。
何も知らずに、何も出来ないまま、この世に生まれて来るのだ。
B・Bは、使い魔達は、連れて行くつもりだろう。
契約だから———と、当然のように、当たり前のように……。
どうすればいい?
どうすれば、連れて行かせないようにすることが出来る?
ずっと傍に居る?
ずっとその子の傍に居れば、守ることが出来るのだろうか?
「………?あれ?」
ずっと傍に居るって何処に?
今はまだ生まれていないが、女の子は何処に生まれて来るのだろう?
どこに住んでいるグレース家の女の子なのだろう?
「……‼」
マリアは、生まれて来る女の子のことばかりを考えていて、肝心なことを失念していたことに気が付いた。
女の子が生まれると、知らせる方がいいのか、知らせない方がいいのかで悩む前に、どこのグレース家に生まれて来るのかを知らなければならなかった。
グレースの一族は少なくない。
ラフパラ―に住んでいるマリアの祖父にも兄弟は居るし、曽祖父にも兄弟はきっと居る。
会ったことも無い遠い遠い親戚に、「もうすぐ子供が生まれる人は居ますか?」と、聞いて回るなんてこと、出来るはずがない。
マリアは、早々に難問と向き合うこととなった。
「パパ、ママ、相談があるの。」
マリアは、その日の夜には相談していた。
悩むことに費やす時間を、もったいないと、思った結果だった。
食事が終わり、子供達が寝付いた後の夫婦水入らずの時間に、マリアは2人の部屋を訪ねた。
トールと朔乃は、マリアの珍しい訪問を不思議に思いながらも、マリアの様子が、この日、ずっと可笑しかったことには気付いていたので、快く部屋の中に招き入れた。
「B・Bの使い魔が来て教えてくれたの。」
マリアは早速要件を口にしたが、最初に口にした単語が良くなかった。
「使い魔だって⁈」
「使い魔って、使い魔⁈いつ来たの⁈ママ知らないわよ!」
使い魔と聞いた途端にトールと朔乃は驚き、話を先に進めることが出来そうもない。
しかし、使い魔の話を長々とするつもりのないマリアは、とにかく話を先に進める為に、トールと朔乃を落ち着かせた。
「わかったから。わかった。落ち着いて。いつ来たとかはいいの。使い魔は、目的は兎も角、ただ知らせに来ただけだから。ね?落ち着いて。お願いだから落ち着いて聞いて。相談したいことがあるの。知らせに来た使い魔は、グレース家に女の子が生まれるって言っていたわ。女の子が生まれるってことだけで、どこのグレース家に生まれるのかは教えてくれなかったの。だから、ラフパラ―のおじいちゃんに聞いてもらえないかな?もうすぐ子供が生まれる親戚の人は居ませんか?って。」
「………え?」
「もう一回、言ってくれる?」
トールと朔乃は、一気に話をしたマリアの言葉の内容を、瞬時には理解することができなかった。
マリアは、もう一度言った。
「B・Bの使い魔が、グレース家に女の子が生まれるって教えてくれたの。でも、どこの家に生まれるのかは教えてくれなかったの。だから、ラフパラ―のおじいちゃんに、もうすぐ子供が生まれる親戚はいないか聞いて欲しいの。」
「聞いてどうするの?」
朔乃が恐る恐る聞いた。
「助けに行く。」
「……!」
「……‼」
その時のトールと朔乃の驚いた顔は、夏に黒石神社で見せた怒りにも似た驚いた顔とは違っていた。
夏に琴音と話したことや、ミリアのことがあったり、クリスとアルフにも話したことで、ある程度の覚悟と免疫がついたのかもしれない。
止めたところで無駄であることも、もう分かってしまったのかもしれない。
「時間はかかると思うぞ。」
トールが言った。
「教えてくれない可能性だってあるわ。」
朔乃も言った。
それでも、マリアは諦めなかった。
「でも、分かるかもしれない。教えてくれるかもしれない。」
「わかった。やってみよう。」
「わたしも協力するわ。だから、マリアも約束してね。勝手に一人ではやらないって。話してくれてありがとう。今日はもう休みなさい。」
快くではなく、仕方がないという風ではあったが、トールも朔乃も、マリアへの協力を約束した。
マリアへのけん制も忘れていなかった。
そして、トールは実行した。
ラフパラ―に住む父親の所へ連絡をして、もうすぐ子供が生まれるという親戚は居ないか尋ねてみた。
尋ねてみたが、ラフパラ―の祖父は、あまり協力的ではなかった。
「もうすぐ子供が生まれる人?知り合いにか?え?親戚で?なんだってそんな人を探しているんだ?いや、聞かないね。最近は全く聞かない。親戚で子供が生まれるって話だろう?グレースの?グレースの方なら尚更だ。生まれる前に生まれるなんてこと、話さないだろうさ。まぁ、男の子が生まれたなら、生まれたって話はするだろうが……。ほら、おめでとうって、言ってもいいモノかどうか、悩むだろう?だから、生まれる前に家族以外の人に話すってことは、たぶん、しないと思うぞ。」
その後も何度か連絡をして、親戚達に聞いてみて欲しいと頼んでみたが、快い返事はもらえなかった。
仕方が無かった。
グレース家では、子供が生まれることは、必ずしも喜ばしい事ではないのだから……。
そうなると、トールは直接、従兄弟達に連絡を取るしかなかった。
しかし、トールは、マリアが生まれてから、ずっと親戚達との交流を断っている。
女の子を亡くした経験のある親戚は、一人や二人ではないはず。
ずっと交流を断っていた兄弟と、しばらくぶりの再会を決心したのは、マリアの後押しがあったからだ。
本当に久しぶりの再会だったが、会ってしまえば思ったほどの壁は感じなかった。
だからと言って、従兄弟達とはどうだろうか?
「………。」
これは、トールにとっても難しい問題だった。




