#88 ミリアの退院と女の子誕生の知らせ
3月になり、ようやくミリアの退院が決まった。
学園に戻って来るのは、まだまだ先のことらしいが、とりあえずは退院をして様子を見ることになったのだという。
通院するだけでも体調を崩さず、安定して生活することが出来るようになれば、通学しても大丈夫——という許可がもらえるとのことだった。
ただ、それでも完治したわけではないというのだから、ミリアの病気は難病だと、マリアは思った。
「自分の家に帰ることが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかったわ。」
私服姿のミリアが、本当に嬉しそうに言った。
ミリアが退院をする日、マリア達はミリアに会いに行った。
ミリアは、退院したからと言っても、いつでもマリア達と会えるわけではなく、生活のリズムに慣れるまでは、入院していた時よりも、むしろ会えなくなるだろうと、思ったからだ。
「最初の内は週3で通院しなくちゃならないから、ママは大変だと思うけど、やっぱり、退院できるのは嬉しい。」
「これからは、体力もつけなくちゃいけないし、学校の勉強も頑張らなくちゃね。」
嬉しそうにしているミリアを微笑ましく見つめながら、ジュリアンは言った。
これから先、徐々に元のように戻っていくだろう、ミリアの姿を思い浮かべているようだった。
「うん。ヨガも出来るようになりたいしね。」
ミリアは笑った。
マリア達は、今、病院のエントランスに居る。
退院の手続きを終えて、荷物を車へ持って行ったミリアの父・フレディが車をエントランス前まで移動させるのを待っていた。
「おまたせ。さ、そろそろ行こうか。」
フレディが戻って来た。
「じゃ、みんな、今日はありがとう。お母さん方もありがとうございました。」
「本当に皆さんありがとう。落ち着いたら必ず連絡します。その時は、家の方にも会いに来てくださいね。」
フレディとジュリアンは、マリア達と、その母親達にお礼を言った。
「じゃあね。今日はありがとう。早く、学園にも戻れるように頑張るからね。」
ミリアは、マリア達が用意した花束を抱え、少しだけ寂しそうに笑った。
「無理はしないでね。」
モーリンが声を掛けた。
「うん。」
「でも、諦めないでね。」
レベッカも言った。
「うん。」
「また会いに来るからね。」と、ステファニー。
「うん。」
「何でも話してね。」
マリアも声を掛ける。
「うん。」
最後にアネッサが言った。
「わたし達みんな、ミリアの事、大好きだからね。」
「うん。」
マリアは、自分が最近、泣き虫になってしまったように思えた。
マリアだけではなく、ミリアの周りの人達みんなが、泣き虫になってしまったようだった。
ミリアが乗った車が見えなくなるまで見送って、マリア達はその場で解散した。
嬉しいはずなのに、なぜかしんみりとした気持ちだった。
ミリアは退院して戻って来たはずなのに、なぜかまた遠くへ行ってしまったような気分だった。
また一緒の学園生活が送れるようになるまでは、本当の意味で戻って来たと喜ぶことは出来ないのかもしれない。
「ミリア、すぐには元通りの生活に戻ることは出来ないだろうけど、きっと、また元と同じように学園で会えるようになるわ。待っていましょう。ゆっくりと元通りになるのを。」
車を運転しながら、朔乃は言った。
マリアがしんみりとしている理由が、分かっているみたいだった。
「………?」
家に着くと、マリアの家の向かいの家の車の陰に、見覚えのある少年の姿が見えたような気がした。
車から降りて、注意深く窺いみると、やはり向かいの家の車の陰には、ヴィゼが居た。
ヴィゼもマリアを見ている。
だが、朔乃が一緒に居るので、出て来ないのだと、マリアは思った。
「……?どうしたの?マリア。」
マリアの様子に気付いた朔乃が立ち止まった。
マリアの傍まで来て、マリアが見ていた方向に目を遣り、何を見ていたのかを探すように見回した。
マリアは慌てて言った。
「なんでもない。行こう。」
朔乃を急かすように背中を押して、家に入った。
「あら、凪、お出迎え?」
マリアに急かされて家に入った朔乃が最初に言った言葉で、マリアは玄関口でマリアを待っていた凪の存在に気が付いた。
「ええ。まぁ。おかえりなさい。」
「ただいま。みんなはリビング?」
「はい。みんなリビングにいます。」
短い会話をしながら、バタバタと、朔乃が凪の前を通り過ぎるのを待ってから、マリアは凪に小声で伝えた。
「今、外に使い魔が来ている。」
「あぁ、気付いていた。何か、お前に話があるのかもしれない。どうする?」
「もちろん。行くわ。一緒に来て。」
マリアは、そのまま凪と一緒に外へ出た。
ヴィゼは、マリアの家の向かいの家の車の陰に、隠れたままだった。
マリアが凪と再び外に出て来たのを見ても、車の陰から出て来なかった。
車の陰からひょっこり顔を出して、こっちへ来てと手招きをする。
凪は疑い、眉をひそめ、マリアを決して前へ出さないよう、後ろに付かせた。
「なんで?なんでここ?なんで出て来ないの?」
マリアは、凪の背中にくっついて歩きながら聞いた。
「マリアの家に近づくと、気分が悪くなるんだ。ここが限界なんだよ。」
肩を竦め、残念そうにヴィゼは言った。
祠の所為だろうか?
マリアは思った。
祠も砂利も何もかも、裏庭の日本庭園で使われている物は、全て黒石神社でお祓いをしている。
その所為でヴィゼが近づけないのなら、自分達が近づいてあげることは、仕方がないことなのかもしれないと、マリアは思った。
結局、凪もマリアも、向かいの家の車の陰にすっぽりと入ることになり、そんなところに2人が居るのを誰かに見られたら大変なので、周りから見えないようにするため、マリアが凪を促し、2人はしゃがむことにした。
「で、何の用だ。」
不機嫌この上ない声で、凪は聞く。
ヴィゼは、自分と同じ目線にまでしゃがんだ凪を見て、くくっと笑った後、その後ろで同じくしゃがむマリアを見て言った。
「いい知らせだよ。別に教えてあげる必要は無いんだけど、教えた方が色々と愉しいんじゃないかなって、思ったからさ。」
「いいから、さっさと言え。」
イライラしながら、凪は急かした。
ヴィゼは、凪をちらりと見て、更に笑みを深くすると、再びマリアを見て、言った。
「グレース家に、ようやく待望の女の子が生まれるよ。」
凪は、マリアの呼吸が一瞬止まったのを、背中に感じた。




