#85 違和感
「………。」
セント・フォリラム病院の中庭にある、一際大きなハシバミの木に横たわりながら、B・Bは、ぼんやりと思いにふけていた。
今日は、クリスマス。
世界中とは言わないが、此処イギリスでは、大半の人間が浮かれている。
B・Bが今いるセント・フォリラム病院でも、見える窓のほとんどから、病室に飾られたクリスマスツリーを垣間見ることが出来た。
自宅へ帰ることが許されなかった患者の元に、家族達が訪れている。
笑い声が聞こえる部屋もあれば、クリスマスメロディを流しているだけの部屋もある。
それぞれが、それぞれのクリスマスを迎えている。
今年一年の幸せに感謝し、来年の幸せを祈る日。
全く気分の悪い日だと、B・Bは思った。
自分が天使だった時のことは、もう忘れた。
自分の本当の名前も忘れてしまった———と、思っていた。
だが、思い出さないようにしていただけだったようだ。
最近、ふと、思い出す時がある。
『——あなたはどうして堕天使になってしまったの?——』
マリアに聞かれたのが、きっかけだった。
わたしは、間違っていたのだろうか?
今は、もう望むことは無いが、当時は、本気で望んだ。
願った。
叶うものと思っていた。
愚かだったのだろうか?
「………?」
ふと思い返せば、今も愚かなことしているのではないかと、思う。
なぜ、あの娘を無理やりにでも連れ去らなかったのか。
連れ去る機会は幾らでもあったのに……。
もたもたしていたから狐が現れ、簡単に連れ去ることは難しくなってしまった。
不思議な娘だと思う。
他人の為に苦しみ、悲しみ、涙を流す。
生まれた時、不思議な光に守られていた。
光が消えてから、しばらく経ったる日、不思議な力に守られていた。
やがて狐が現れ、その身を挺して守っている。
狐は、神の使いだという。
神の使いが人間の娘を守っているという。
神の使いに守られているマリアは、一体、何者なのだろうか?
なぜ、こんなにもマリアが気になってしまうのだろうか?
ミリアの病気に気付いたのは、本当に偶然だった。
マリアに話しかけているミリアの身体に、陰があった。
そこに闇が潜んでいるのだと、B・Bは、すぐに理解した。
しかし、ミリアは自分の身体の異変に、全然気付いていないし、気付く様子もなかった。
陰は少しずつ広がっていった。
少しずつ、少しずつ広がっていくも、誰一人として気付く者はいないし、ミリア自身、不調を感じる様子はない。
そのまま放っておいても良かった。
放っておけば、確実にミリアは死んだ。
直接に手を下さなくても、ミリアの死に際に立ち会い、命のエネルギーだけをいただくことは出来た。
ミリアの死によって悲しむ人達の負のエネルギーも得ることが出来た。
早期発見の手助けなど、する必要は無かったのだ。
なのに、なぜ?
「なぜだろうな……。」
ミリアの病気を知ったマリアが、どういう行動を取るのか、見たかった。
ルイーザよりも身近な存在の危機に、どんな顔をして、どんな行動を取るのか、見たかった。
案の定、マリアは行動した。
必死な顔をして、自分の危険よりも、ミリアの身を案じていた。
マリアは、B・Bのことにも興味を持っていた。
B・Bのことを知ろうとしていた。
色々な本を読んで、調べている様子だった。
知ったところで、何も変わらないというのに……
「不思議な娘だ………。」
本当に不思議な娘だと思う。
悪魔に命を狙われているというのに、悪魔と二人きりになる事さえ厭わない。
B・Bは、マリアのことを考えているうちに、クリスマスであることにイラついていた気持ちが、いつの間にか落ち着いていることに気が付いた。
「………?」
ふと、見上げた視線の先に、意外なモノを発見した。
おそらくは人の目には映らないだろう、大きな白い狐。
大きな白い狐の背には、毛に埋もれながら祈りを捧げるマリアが居る。
マリアが祈りを捧げている先にあるのは、セント・フォリラム病院の一室だった。
そこは、ミリアが入院している部屋だった。
B・Bがマリアを見詰めていると、大きな狐の目がこちらを向いた。
B・Bと目が合った。
狐は睨むでもなく、ただ見ていた。
まるで試すように…
やがて、マリアが何かを狐に言い、すると、狐はくるりと体の向きを変え、走り去って行った。
B・Bは、その後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
お前は、何をしているんだ?
お前は、何がしたいんだ?
狐の目が、そう聞いていたような気がした。
落ち着いて居たはずのB・Bの気持ちは、次第にイラついていった。
なぜ、狐に上からの物言いをされなければならない。
わたしがしたいことなど決まっている!
今夜、ミリアに会いに行こう。
辛い治療から逃げることを勧めよう。
どうせ治らないのだから。
辛い治療は、ずっと続くのだから。
ミリアは泣くだろう。
ミリアの両親は悲しむだろう。
マリアは悲しむだろうか?
「………。」
以前までなら湧き上がっていた、愉しくて心地良い、わくわくとした感情が、なぜか全く湧いて来なかった。




