#84 クリスマスの夜に願いを込めて
クリスマスの朝、マリアの家でも美味しそうな匂いがキッチンから漂い、クリスマスツリーの下には、たくさんのクリスマスプレゼントが置かれていた。
一番初めに目を覚まし、動き出したのは、アルフだった。
アルフは、家の中を走って家族を起こして回り、クリスマスツリーを目指した。
マリアもアルフに起こされた一人ではあるが、はしゃぐアルフにつられて、わくわくしながらリビングに向かった。
マリアが夢の中でB・Bと会ってから、数日が経って居た。
マリアが目覚めた時、マリアのベッドの傍には家族全員が揃っていて、全員が全員、マリアが目覚めたことに喜んでいた。
いつもよりも2時間ほど遅い時間に、マリアは目覚めた。
かなり長い間、名前を呼ばれ続けていたようだった。
凪を含め、家族達は、なかなか目覚めないマリアの様子に、このまま連れて行かれてしまうのでは無いかと、危険を感じていたらしいが、マリア自身は、連れ去られる危険を全く感じていなかった。
夢を見ていたわりに怠さは無く、むしろぐっすりと寝た後のような、すっきりとした感覚に満たされていた。
B・Bに連れて行かれそうになった自覚は無いが、もしかしたら、本当は危なかったのだろうか?
そんな疑問を持つほどに、家族達は喜んでいた。
マリアは、夢の中での遣り取りを、時々ふいに思い出す。
夢の中で会った時、あくまでもマリアから見た限りではあるが、B・Bは、そのままマリアを連れ去ろうとはしていなかった。
ただ、二人で話をしただけ。
そんな風にしか見えなかった。
色々な話をした。
話をしている間、マリアはB・Bを怖いとも憎いとも思わなかった。
B・Bのことを、少しだけだけれど、知ることが出来たような気がする。
悪魔には、なりたくてなったわけではないこと。
グレース家との契約は、グレース家を狙ってのことではなく、たまたま利害が一致しただけのこと。
たまたま利害が一致しただけ………
「それって……」
「マリア!早くプレゼント開けて見せてよ!」
「‼」
アルフの声でハッとした。
マリアは、プレゼントを開けていた手を止めていた。
マリアが開けようとしている一際大きなプレゼントには、アルフの羨望の眼差しが向けられていた。
「わぁ!」
プレゼントを開けた時の、マリアの第一声はこれだった。
びっくりした。
高価な物だと思い、欲しいとは言えなかった物が入っていた。
弓だ。
不知火武術弓道場で不知火先生に借りていた弓よりも、少し大きいように思えるが、綺麗な漆黒の弓だった。
「すごい!」
箱から弓を取り出すと、アルフが叫んだ。
マリアは、取り出した弓を抱えて、トールと朔乃を見た。
「すごくうれしい‼」
トールと朔乃も嬉しそうに微笑んでいる。
「他のプレゼントの中に、弓矢もあるかもね。」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、トールがウインクをした。
食事には凪も参加した。
凪は、プレゼントでもらった、トナカイの顔の柄が大きく真ん中に入った赤いセーターを、強制的に着せられていた。
みんなでクラッカーを鳴らし、七面鳥の丸焼きを食べ、クリスマスプティングを食べた。
食事の後は、トランプやジェシカ、チェスをして遊んだ。
お酒を飲んでいたトールが居眠りを始めたのを機会に、朔乃が就寝を宣言して、グレース家のクリスマスは終了した。
「凪、お願いがあるの。」
裏庭に向かおうとしていた凪に、マリアは声を掛けた。
凪に声を掛けるマリアに気付きながらも、朔乃とクリスは、気付かない振りをしていた。
何をお願いするのか、おおよその見当がついて居たからだ。
おそらく、凪も。
そして、その後、慌ただしく用意をしたマリアは、ロンドンの空を移動していた。
クリスマスの夜は、空から見ても鮮やかなイルミネーション華やかで、街中が輝いて見えた。
道路を走る車のライトは、ぽつりぽつりと疎らだ。
皆、自分の家でクリスマスを迎えているのだろう。
マリアは、凪の背で、凪の毛に埋もれながら、空から地上を眺めていた。
目的の場所に着いた。
以前はもっと遅い時間に来たので、地上に降りることが可能だったが、今回は人に見られてしまう恐れがある為、地上には降りず、空に浮いたまま、遠目から眺めるだけにした。
ミリアは、やつれていた。
顔色も、あまり良くなかった。
けれど、笑っていた。
父親のフレディと、母親のジュリアンも居て、三人で笑っていた。
小さなクリスマスツリーが、窓際に飾られている。
『———わたしはミリアに聞くだろう。このまま辛い治療を続けるか、楽になるか。さて、ミリアはどちらを選ぶだろうな。』
おそらく、B・Bは本当に聞くだろう。
マリアは祈ることしかできない。
どうか諦めないで。
B・Bに惑わされないで。
辛くても生きることを選んで欲しい。
生きることを諦めないで欲しい。
マリアは、遠くに見える笑顔のミリアを見詰め、そう、祈り続けた。
凪は、マリアが帰ると言うまで、黙って、その場に居続けた。




