#83 対話
「わたしにとっては、間違っていないと思えることが、神にとっては、絶対にありえないことだった……。ただそれだけだ。」
B・Bは、堕天使となった理由を、そう言った。
遠い昔を思い出すような口調で、しかし、詳しくは話したくない様子だった。
「今は、間違っていたと思ってる?」
「いや。だが、もう口にすることは無いだろうとは、思っている。」
「どうして?」
「口にしたところで、もう叶わないことだと、今は分かっているからな。くっく…。そんな顔をするな。」
悪魔になってしまったから?———と、聞こうとして止めたマリアの顔を見て、B・Bは笑った。
天使であったなら叶うだろうと思えたこととは、一体何だったのだろうかと、マリアは気になった。
だが、それを聞いても、B・Bは絶対に教えてくれないだろうことも、マリアはB・Bを見て感じ取っていた。
「神様は嫌い?」
「そうだな。お前は好きなんだろう?関係者だからな。」
「人間も嫌い?」
「人間か……。人間を観察するのは好きだ。」
「観察?」
「人間の喜怒哀楽は、見ていて楽しい。特に幼い子供は、分かりやすいからな。」
優しく微笑むB・Bを見て、もしかしたら子供好きなのかもしれないと、マリアは勝手に思う。
「だから、使い魔の子達、みんな子供なの?」
B・Bの使い魔達は、ヒトの姿になると、みんな子供だった。
「子供が好きだから、みんな子供なのかなぁ……と。」
間違っていないと思ったのだが、B・Bが余りに驚いた顔をしたので、マリアは間違っていたことに気付いた。
急にしゅんと気落ちしたマリアを見て、B・Bはくすりと笑った。
「あれ達は、まだ魔力が補足されていないから、子供の姿であるだけだ。わたしの趣味で子供の姿にしている訳じゃない。」
「そうなの?」
「あぁ。まぁ、わたしの所為ではあるがな。」
「どういうこと?」
「ふふ…、そこまでは、まだ教えてあげるわけにはいかないな。この距離だからね。」
踏み込んで聞くマリアに、B・Bは言った。
大きな木の太い根の上に、二人は並んで座っているが、マリアとB・B、二人の間には、大人二人が余裕で座れるほどの距離が開いていた。
B・Bが手を伸ばしても届かない距離を、マリアは確保していたのだ。
距離を詰めるつもりのないマリアは、話を変えることにした。
「いいわ。じゃあ、グレース家に目を付けたのは?」
「利害が一致しただけだ。グレース家を狙っていたわけじゃない。我々の利害と一致したのが、たまたまグレース家の、マリアの先祖だった———というだけのことさ。」
「契約を破棄する方法は?あるの?」
どさくさに紛れて聞いてみる。
「さて、どうだろうね。それを、わたしが教えると?」
「この距離が縮まったら、教えてくれる?」
「ははは。それはどうかな?試してみるかい?」
さすがに教えてはもらえなかった。
「どうしてミリアなの?」
マリアは再び話を変えた。
「たまたまさ。」
「たまたまでミリアなの?何が決め手?」
「うーん。なかなかに鋭い質問だね。」
「………。」
B・Bが話をはぐらかさないように、マリアはじっとB・Bの赤い瞳を見つめていた。
人でも悪魔でも、話をはぐらかせようと思ったら、瞳が不自然な動きを見せるはずだと思ったからだ。
不自然な動きを見せたなら、すぐさま詰め寄るつもりのマリアの顔は、まるでB・Bを睨みつけるような表情になっていた。
「わかった。わかった。そう睨むな。」
B・Bが観念した。
「病気を抱えていたからだ。」
「最初から病気だったの?」
「そうだ。早期発見で良かっただろう?」
驚くマリアに対して、誇らしげに口の端を上げるB・Bを見て、マリアはなぜかざわざわとした嫌な感じがした。
「ミリアは助かる?」
「さあな。」
「助ける為に事故に遭わせて早期発見させたんでしょ?そうでしょ?そうよね?」
マリアの必死さは、B・Bを愉しくさせるだけなのかもしれない。
B・Bは徐々に笑みを深くして、マリアの不安を煽った。
「病気を治すのは、医者ではないのか?助けることが出来るか出来ないかは、医者の腕次第なのでは?わたしに聞くのはお門違いだ。だが、わたしはミリアに聞くだろう。このまま辛い治療を続けるか、楽になるか。さて、ミリアはどちらを選ぶだろうな。」
「治療を続ける——よ‼」
マリアは叫んだ。
「ミリアは弱くないわ!ミリアは一人じゃない‼」
しかし、段々と声は小さくなり、弱弱しくなった。
「お願い。ミリアを唆さないで。ミリアは十分に頑張っている。これ以上、苦しませないで。」
「苦しませたくないなら、楽にさせてあげればいいじゃないか。」
「逃げることは、楽になることじゃないわ。」
「苦しむことが、助かることでもない。」
それは確かにそうだと、マリア思う。
しかし、そういうことでは無いのだ。
「苦しむだけで、助かる見込みがないと分かったら、お医者様がミリアに選択をさせるわ。」
「医者ならば、許せるのか。」
「お医者様が治せないと判断したなら、誰にも治すことは出来ないもの。」
「ふっ……。お前の先祖は、わたしに助けを求めたがな。」
「代わりに、たくさんの命を失ったわ。契約をしてしまった先祖は、きっとこんなことになるなんて思ってもいなかったんだろうし、契約をしてしまった後は、物凄く後悔したと思う。ミリアの家族は、悪魔に頼んだりしないし、そんなこと、思い付きもしないわ。」
「わたしがミリアに話せば、それも一つの方法だと知ることになるが?」
「それが何?ミリアが、ミリアの家族に、悪魔に頼んで欲しいって?そんなこと、頼むわけないじゃない‼」
馬鹿にするな!———と、言わんばかりにマリアは叫んだ。
マリアの先祖は、きっと助けたいと思うあまりに、愚かな選択をしてしまっただけ。
ミリアは、自分が死にたくないからと、両親を悪魔に関わらせようとするはずがない。
ミリアの両親もそうだ。
縋るならば——神に——だ。
決まっている!
助からないと分かったならば、辛いけれど、悲しいけれど、楽しかった思い出と共に召されることを望むだろう。
怖いのは、ただ怖いのは、B・Bが弱ったミリアの心に付け込んで、甘い言葉で唆し、治療を放棄させること。
治療を放棄したミリアに待っているのは、おそらく———『死』———だけ。
ミリアの病気はB・Bの仕業ではなかったと分かったからには、マリアのすべきことは一つだった。
「ミリアを唆すのは、やめて。ミリアの夢の中に、現れないで。」
マリアは頼んだ。
B・Bの目をまっすぐに見て、熱意を込めて頼んだ。
「それで?マリアの夢になら、現れてもいい?」
B・Bは、自分優位のこの状況に、嬉しそうな笑みを浮かべた。




