#82 招待された場所
「………。」
深い、深い眠りに落ちたと思ったら、マリアは森の中に居た。
見覚えのない、全く知らない森の中だが、懐かしい蚊取り線香の香りを、マリアはわずかに感じていた。
ここは夢の中。
おそらくはB・Bが用意した場所。
この森のどこかにB・Bは居る。
だけど、蚊取り線香の香りはマリアに届いているし、蚊取り線香の香りだとマリアは分かっている。
大丈夫。
大丈夫だ。
マリアは自分に言い聞かせた。
森の中には、月明かりが届いていた。
月明かりが届いていて、真っ暗ではなかったが、安心できるわけではないし、気持ちの良い場所でもない。
樹齢何年なのか…。
周りの木々は、どれも太くて大きかった。
自分が小さくなってしまったのではないかと、不安になる。
獣の姿は無い。
それは、せめてもの救いだった。
「よく来たね。マリア。」
声がした。
「‼」
マリアは瞬時に振り向いた。
マリアのすぐ後ろには、いつの間にか、B・Bが立って居た。
全身黒ずくめのB・Bは、マリアを見下ろし、薄く微笑んでいる。
鋭く光る赤い瞳は、少しも笑っていなかった。
「思ったよりも、早く決断したようだね。」
B・Bが言った。
「もっと時間を掛けて迷うものと思っていたよ。あの狐がよく許したね。」
「触らないで!」
マリアの髪に触れようとするB・Bの手の動きを察して、マリアは数歩後ろへ下がった。
「まぁ、警戒するなと言う方が無理な話なのだろうけどね……。」
やれやれ……っと、言うように、B・Bは軽く両手を上げ、首を振り、溜息を吐いた。
「まずは話をする為に、どこかゆっくりと出来る場所に腰を下ろそう。あの根の上がいいな。」
B・Bが指差した場所は、すぐ近くにある太い木の剥き出しになった大きな根。
マリアの反応を窺うように見たB・Bは、マリアの返事を聞くよりも先に歩き出し、ひょいっと軽くジャンプをして、根の上に座った。
まるで、見えない翼があるようだった。
「さぁ、こちらへ、」
手を貸す為に、マリアの方へと、B・Bは手を伸ばした。
「………。」
マリアは、B・Bの綺麗な手と、細くて長い指を見て、それから、B・Bの整った顔を見上げた。
悪魔は人を魅了するために、美しい姿をしているのだろうか?
美しい姿で魅了して、騙して、唆して、連れ去るのだろうか?
生きるために……。
生き延びるために……。
「B・Bは、大昔に、わたしの御先祖様と契約を交わしたのよね?生きる為に……。」
マリアは、B・Bの綺麗な顔を見上げながら言った。
ふと、疑問に思った。
「じゃあ、その前はどうしていたの?」
グレース家に語り継がれてきた『悪魔との契約』の話の中に、B・Bの容姿についてのことは出て来なかった。
これだけ美しい姿をした悪魔との契約なのに、容姿について、全く触れていないのは不自然だ。
ならば、この美貌を手に入れたのは、グレース家との契約の後———ということになる。
恐怖や悲しみ、苦しみの他、穢れの無い命のエネルギーを得て、少しずつ、少しずつ、美しい姿に変わっていったということだ。
「本当は、どんな姿だったの?」
マリアは、B・Bの美しい姿に問い掛けた。
「元々、あなたは天使だったはず。堕天使となり、悪魔になったと、書物で読んだことがあるわ。あなたはどうして堕天使になってしまったの?美しい白い羽根を持つ天使から、あなたはどんな姿にされてしまったの?」
「君は、わたしを怒らせるために、ここへ来たの?」
B・Bから、スッと、笑みが消えた。
「いいえ。」
マリアは、迷うことなく答えた。
「二人でゆっくりと話す機会なんて、そうそうある訳じゃないもの。だから、あなたのことが知りたいと思ったの。どうして悪魔になってしまったのか——とか、どうしてグレース家だったのか——とか、どうしてミリアなのか——とか。それから……、どうしてもっと小さい、赤ちゃんだった頃のわたしを連れ去らなかったのか——とか……。」
「連れ去って欲しかった?」
「いいえ。そのお陰で、今、こうして話をすることが出来るのだから…。」
マリアは怯まず、まっすぐにB・Bの赤い瞳を見つめた。
「では、何から話そうか。」
冷え切っていたB・Bの表情が、わずかに和らいだ。




