#81 一人きりの挑戦
「ダメだ!」
バトから受け取った黒い羽根を、マリアが使うことに、凪は反対した。
バトが去った後、すぐに朔乃が迎えに来たので、マリアはバトがそうしていたように羽根を紙に挟んでバックに仕舞った。
マリアは、誰にも羽根のことを話すつもりはなかったし、凪も、あえて羽根の話を誰かにしようとはしなかった。
そして、マリアの部屋で、二人きりで、話し合うことにした。
マリアは羽根を使い、B・Bと話したいと言い、凪はダメだと言う。
「でも、チャンスだと思うの。」
「ああ、そうだな。そのままお前を連れて行ける最高のチャンスだろうな。」
「そうじゃないわ。本当のことが聞けるチャンスでしょ?B・Bがミリアを病気にして、難しい手術をさせる為に事故を起こさせたのか、見つかりにくい病気だったミリアを、手術させる為に事故を起こさせたのか。」
「どちらも大した違いは無いだろう?それよりも、お前を連れ去るチャンスをあいつに与えることの方が問題だ。夢の中では、わたしは何も出来ない。絶対にダメだ!」
「わたしにも、ミリアのような香りがあれば、大丈夫でしょ?」
「あれだって、絶対じゃない。ダメだ。」
「そんな!じゃあ、ミリアを連れて行くつもりなのかも聞かなくちゃ!」
「バカか!代わりに自分を連れて行けって言うのか?そりゃあ喜んで連れて行くだろう!二人一緒にな!」
凪が言い捨てた。
マリアはショックで、すぐには言葉が出て来なかった。
「………どうして?どうして、そんな酷いことを言うの?」
「酷い?酷いのはどっちだ。わたしは約束をした。必ず、お前を、マリアを守ると。琴音に…、トールと朔乃にも、わたしは約束をした。傍に居なければ守れない。なのに、お前は、わたしの目の届かないところへ行きたいと言う。酷いのはどっちだ。」
今にも溢れ零れそうな涙を溜めた瞳を向けて、責めるマリアの前で、凪は項垂れた。
泣きたいのはこっちだと、言わんばかりの顔をしていた。
「凪……。」
マリアは、溢れ流れた涙を拭い、凪が作った握り拳に手を添えた。
自分の我が儘が、こんなにも凪を苦しませてしまうことになるとは思いもしなかった。
それでも、B・Bに会うことを諦めることは出来なかった。
「ごめんね。わたしはB・Bに会う。会って話して、そして、絶対に目覚めるから……。」
「………。」
凪は、すぐに答えなかった。
反対も賛成も口にせずに、ただ黙っていた。
「お願い。凪。」
マリアは、凪の目を覗き込むようにして言った。
「………。」
それでも、しばらくは黙り込んでいた凪だったが、やがて、口を開いた。
「わかった。ただし、準備が整うまでは待ってくれ。」
凪が折れた。
これ以上反対して、知らない間に羽根を使われることを心配したのかもしれない。
準備が整うまでは待ってくれと言った後、凪は部屋を出て、しばらくの間、祠の前から動かなかった。
「ねぇ、マリア。凪は?」
アルフが聞いて来た。
もうずっと凪はヒトの姿で生活していたので、姿が見えないことの方が不自然になってしまったようだ。
凪は、まだ祠の前に居た。
マリアは、凪はずっと琴音と相談しているのだろうと思っていたが、それを言えば、何の相談をしているのかと聞かれてしまうので、言えなかった。
マリアがB・Bと夢の中で会っても、無事に目覚めることが出来る為の作戦を練っているのだと言ったら、家族中が大騒ぎになり、全員で止めにかかって来るに違いない。
やっと凪の反対を押し切ったのに、それではすべてが台無しになってしまう。
それだけは避けたいマリアは、曖昧な言葉で誤魔化すしかなかった。
「裏庭に居るよ。おばあちゃんと話をしているみたい。もうすぐ今年も終わりだからね。」
「ふーん。」
日本はクリスマスよりもお正月の方を大切にしていると、以前、元暁が言っていた。
そのことをアルフが覚えていたかどうかは分からないが、それでアルフは納得したようだった。
凪が再びヒトの姿になって、マリア達の前に現れたのは、三日後の夕食の後。
祠を通り、琴音から何かを預かって来た様子だった。
「今夜、マリアは夢の中でB・Bと会い、話をする。」
リビングで寛ぐマリア達の前に、久しぶりにヒトの姿で現れた凪は、唐突に宣言した。
「な、凪⁈」
マリアは驚いた。
家族には言わないつもりだったのに、なぜばらすのか、理解できなかった。
トールも朔乃も、クリスもアルフも、驚きのあまり声すら出ない。
突然すぎて、理解できなかったのかもしれないが。
「夢の中では、わたしは何も出来ない。マリアを守ることは出来ない。だから、力を貸して欲しい。」
そう言って、凪は手にある二つの箱をテーブルの上に置いた。
「こっちは蚊取り線香だ。マリアには馴染みのある香りで、夢の中から現実に引き戻せるかもしれない。こっちは巫女神楽の楽曲が入っている。後は全員の呼び掛けが必要になる。」
「本当なの?」
朔乃がマリアに聞いた。
信じられないと思っているのが、顔に出ていた。
トールもクリスもアルフも、同じような顔をして、マリアを見た。
「うん。ゴメン。どうしてもB・Bに会って話がしたいの。ミリアのことは放っておけない。ミリアが心配なの。」
「どうやって会うの?夢の中で、だなんて……、どうしたらそうなるの?」
「使い魔が会いに来たの。夢の中で会えるって、羽根を渡された。」
「罠だ‼」
トールが叫んだ。
「罠だ。罠に決まっている。凪!どうして止めないんだ!」
「凪は止めたわ。でも、わたしが聞かなかったの。」
「羽根はどこにあるんだ!渡しなさい!」
「いや!わたしはB・Bに会う!」
「マリア‼」
「マリア……」
トールとマリアの言い合いを見ていたクリスが呟いた。
「マリアぁ……」
アルフも泣きそうな顔をして呟いた。
マリアは、二人の顔を見て、申し訳なく思った。
「ごめんね。でも、このチャンスを無駄にして、ミリアにもしものことがあったら、わたし、もうどうしていいかわからない。何もなかったような顔をして暮らして行くことなんて出来ないよ。だって…、ミリアは友達なのに……。ミリアが声を掛けてくれなかったら、わたし、きっと友達と呼べるような人、一人もいなかったと思う。なのに、わたしにしか出来ないことがあるのに何もしないで、ミリアを見捨てるの?それで、わたしは幸せになれる?わたしはB・Bと会う。会って、ミリアから手を引いてもらう。代わりにわたしが———なんて、絶対に言わないから。約束するから。だから、お願い。ね?」
しばらく、リビングには沈黙が続いた。
それぞれが、それぞれの思いで、考えを巡らせていた。
やがて、考えが落ち着いたのだろう、クリスが言った。
「で、ぼくたちは、何をすればいいの?凪。」
「マリアが目覚めなかった場合の為、マリアの名を呼び続けて欲しい。」
凪が答えた。
「いざとなったら、引っ叩いてでも起こすわ。」
大きく深呼吸をして、気持ちを切り替えた朔乃が力強く言う。
トールは、今にも泣きそうな顔で、マリアを抱き締めた。
「前にした約束、覚えているね。」
「うん。」
マリアは答えた。
トールは以前、条件を出した。
マリアは、それを承諾した。
『ミリアの手術の結果がどうなろうと、決して自分を責めないこと……。それから……、何処へ行こうと、何をしようと…、必ず無事に帰って来ること……。』
「必ず、無事に帰って来るんだよ?」
マリアは、一人きりでB・Bに会うことを、一人きりの挑戦だと思っていた。
独りぼっちの戦いだと思っていた。
だが、違っていた。
闘うのは、みんなで、だ。
一人じゃないと思えることが、こんなにも心強い事なんだと、マリアは思って嬉しくなった。
「うん。約束する。」
夢の中では一人きりだけど、独りぼっちじゃないと、思えることが嬉しかった。
「絶対に帰って来るからね。」




