#08 凪の役目
凪は毎日、マリアの登校を、誰にも見えない大きな狐の姿で見守っていた。
1人で歩くマリアの後を、屋根伝いについて行く。
鳥や猫や犬などの動物には見えるので、大きな獣の出現に、鳥たちは一斉に飛び立った。
途中、出会った猫が逆毛を立てて威嚇する。
やたらと吠え始める飼い犬に、家主が困っているのを横目で見てから、凪は、マリアが学校内に入って行くのを見届けた。
周囲にB・Bがいないことも確認する。
あとは下校までの時間を、のんびり過ごすだけだった。
校庭の隅の木陰で丸くなる。
どこに居ても、マリアの声を聞き逃さない自信はあるが、近くに居る方が、より安心できるので、凪はいつも近くにいる。
先日、B・Bが現れた時も、大きな狐の姿で、マリアの後をついて来ていた。
だからこそ、B・Bは空間を歪めたのかもしれない。
突然に歪みだした空気を察して、遮断される直前に、凪は滑り込んだ。
B・Bが作り出した異空間の中、マリアを見つけることが出来たのは、マリアの心の中の戸惑いの声が聞こえたから、だけではない。
マリアの祖母・琴音からマリアに譲られた黒翡翠のネックレスは、邪気を払い、マリアを守る他に、凪に居場所を教えていた。
「凪、お前はマリアと共に居なさい。」
突然の琴音からの言葉に、凪は驚くよりもショックを受けた。
『いらない』と、『お前はもう必要ない』と、言われたのだと思った。
ずっと昔から、それこそ、琴音の祖母の、そのまた祖母の祖母ですら知らない、ずっとずっと昔から、凪は黒石神社に仕えて来た。
いや、黒石神社の神に仕えて来た。
神が御隠れになってからは、宮司が凪にとっての主となり、ずっと傍に居て、仕えて来たのに………。
「いずれ、マリアは、わたしに代わり、ここの宮司となるでしょう。ですが、今のままでは、宮司となる前に、悪魔に連れ去られてしまうかもしれない。それを、お前が阻止するの。悪魔に対抗し、マリアを守りなさい。」
凪は、常々から琴音のことは、普通の人とは違っていると思っていた。
代々宮司となって来た琴音の先祖たちとも、どこか違っていると感じていた。
だが、今回は、突拍子もないことを言い出すにも程があると思った。
『悪魔』など、会ったことも無ければ、見たことも無いというのに、どう対抗しろというのだろうか?
「『悪魔』とは、『鬼』のようなものか?」
「さぁ、どうだろう。わたしも会ったことはないからね。会ったら教えておくれ。」
琴音は、凪のことは全く気にしていない様子だった。
気にしているのは、心配しているのは、マリアのことばかり。
「凪、悪魔はね、マリアに奇才があるのを気付いているよ。今までは赤ん坊の内に連れ去っていたというのに、マリアにはまだ手を出していない。待っているんだと思う。もっと価値が上がるのを。一番いい時期に連れ去るつもりさ。」
「一番いい時期?」
「悪魔にとって、それがいつなのか、わたしにはわからない。でもね、いずれ宮司となるはずのあの子が居なくなったら、わたしの次は居なくなる。あの子の次の代の子が生まれて、宮司に育つまで、何年かかると思う?それまでの間、この神社には宮司が居ないの。凪、この意味わかる?あなた、耐えられる?」
自分のことなど、全く気にしていないのだと思っていた。
マリアのことばかり心配しているのだと思っていた。
しかし、違っていた。
神社に宮司が居なくなる———ということは、神の代行が居なくなる———ということ。
つまり、凪の主が居なくなるということ。
そうなったら、凪は誰に仕えればいいのだろうか?
何を役目にすればいいのだろうか?
存在している意味を失くしてしまったら、凪はどうなってしまうのか、凪自身にもわからない。
琴音には、尚更、わからないことだ。
だからこそ、心配していた。
不安だった。
マリアのことは、もちろん心配しているし、不安だ。
しかし、それ以上に、長い間、もう、凪しか知らない長い、長い間、黒石神社に仕えて来た凪を、今更、妖に身を落とさせることなど出来ないと、琴音は思い、心配していた。
「わたしはいやよ。凪が主を求めて、さ迷った挙句、妖になってしまうなんて………。だから、絶対にマリアを守ってね。マリアを守って、一緒に帰って来てね。」
凪は琴音の命に従い、マリアを守ることにした。
琴音の願いを叶える為に。
自分の役目を、存在する意味を、失くさない為に。
凪は、正体不明の『悪魔』と戦い、勝たなければならない。
「全く、我儘な人だ………」
つくづく自分は主に甘いと、凪は思った。




