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約束と契約  作者: オボロ
79/114

#79 追想の香り


「これは何のにおい?」


遠い昔、琴音の家にあった渦巻き状のモノから漂って来る匂いを嗅いで、マリアは聞いた。

琴音はくすくす笑いながら言った。


「これは蚊取り線香というものよ。蚊に刺されないようにしてくれるの。」



それ以来、マリアは、蚊取り線香と同じような匂いを嗅ぐと、蚊から守ってもらえているような気持ちになった。






「香りで印象付けたことは、その香りを嗅ぐと思い出す。」


凪が言った。

ミリアに会って話をする為の作戦を立てている時のことだった。

ミリアがB・Bに誑かされないように、マリアは、ミリアにはいつでもどこでも、マリアと話した時のことを思い出して欲しかった。


「そこら中に似たような香りがたくさんあっては、効果は薄い。滅多にない独特な香りを選ぶことが重要だ。」


蚊取り線香ならば、難なくクリアできるのだが、今から琴音に送ってもらうのでは遅い。

イギリスにあるモノで代用する必要があった。


「嫌いな匂いでは、悪い印象として思い出してしまう。ミリアの好みそうな匂いでなくてはだめだ。」


そして、マリアの匂い探しが始まった。



ミリアはアジアに興味を持っている。

ヨガクラブに入ったのも、そうだし、ミリアからマリアに声を掛けて来たのも、マリアがイギリス人と日本人とのハーフだと知ったからだ。


『マリア、あなたのママ、日本人なんですってね。素敵。わたし、ミリア。日本の事、知りたいの。色々聞かせて?仲良くしましょう。』


他人と関わらないようにしていたマリアに、ミリアが声を掛けた。

友達なんていらないとさえ思っていたマリアに、少しずつ友達が増えていって、いつの間にか、あの輝かしい賑やかで楽しい日々を過ごすようになった。


きっかけをくれたのは、ミリア。

ミリアの為に、マリアはミリアにふさわしい香りを探した。


そして、見つけることが出来たのは、アネッサのお陰だった。

ヨガクラブで使っているアロマのお店を、アネッサが教えてくれた。


「マリアとミリアが好きそうなアジアンな香り、結構あったわよ。オーダーでブレンドもしてくれるわ。好みの香り、あるといいわね。」


アロマのお店には、朔乃と行った。

ああじゃない、こうじゃないと、試行錯誤をしながら作り上げた香りは、甘いようで爽やかな落ち着いた香り。

フルーツ系もフローラル系もウッド系も混ざっている香りだった。

同じ香りは二つとない、不思議な香りが出来上がり、マリアはとても満足した。


夜寝る前に、一滴枕に垂らしてね———と、ひと言加えたクリスマスカードと一緒に、早めのクリスマスプレゼントと思えるリボンを掛けたアロマが入った小瓶を持って、みんなが寝静まった夜、凪と一緒に家を出た。


大きな狐の姿になった凪と一緒なら、ミリアが入院しているセント・フォリラム病院までは、あっという間だった。


緊急用の出入り口からこっそり中へ入ったのは、普通の大きさの白狐しろぎつね変化へんげした凪。

大きな狐の姿では入ることが出来なかったので、入り口だけは現存する普通の大きさの狐の姿になって通過した。

小さいので、警備員は気付かなかった。

広い病院内は姿の見えない大きな狐の姿に戻り、小さくならなければ通れないところだけを実際には見えてしまう白い狐の姿になった。

ビデオカメラには、突然に姿を現したり消えたりする白狐の姿が映っているだろう。

だが、その姿に気付くかどうかも分からないし、気付いたところでオカルトじみた話になるだけだと、マリア達は判断した。

兎にも角にも、そうして姿を変えながら、凪はミリアの部屋に辿り着き、ミリアの部屋の窓を開けることに成功したのだった。

そして、開けた部屋の窓から外に飛び出し、大きな狐の姿になってマリアを部屋まで連れて来た。


マリアは、ミリアの部屋に入ると、眠るミリアの枕元へ、アロマを一滴垂らした。


「ミリア。」


「ミリア。」


「ミリア。」


「ミリア、大丈夫?」



「……ん……え?あれ?マリア?」



凪は部屋の中で大きな狐の姿になって、見守っていた。



朝、目覚めたミリアは、全てが夢だったと思うだろう。

アロマの小瓶はテーブルに置いた。

アロマの香りを嗅いだミリアは、夢の中で薫っていた香りだと、きっと気付く。

気付いたミリアは、必ず、毎日使ってくれる。


ミリアの事故に、B・Bの使い魔が絡んでいた。

ミリアの病気は深刻だ。

ミリアは死にたいとまで思っていた。

接触して来る。

絶対に。

でも、アロマの香りがある限り、ミリアは簡単にB・Bの手には落ちない筈だ。


負けない。

今度こそ。

絶対に負けない!


「行くぞ、マリア。」


窓の外から凪が呼んだ。


「うん。」


泣き疲れて眠るミリアの寝顔を見ながら、マリアは、決意を新たに、病室の窓から部屋を出た。





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