#78 夢で逢えたら
「………ア。」
………?
何だろう……。
「……リア。」
………?
不思議な香りがする……。
「……ミリア。」
呼んでいるのは、マリアの声?
じゃあ、この香りは日本のモノ?
「ミリア、大丈夫?」
「……ん……え?あれ?マリア?」
ミリアは目を覚ました。
目を覚ました部屋は病室で、ミリアは自分の病室のベッドで寝ていた。
しかし、目の前には穏やかに微笑むマリアの顔。
マリア以外の人が居る様子はなかった。
ミリアは困惑した。
「どうしてマリアがここに居るの?」
病院の面会時間は、とうに過ぎている。
マリア一人で出掛けられる時間ではない。
「ミリアに会いたくて……。」
マリアは穏やかに微笑んだまま、ベッド脇の椅子に座り、ミリアの顔を覗き込んでいる。
「ミリアも会いたかったでしょ?」
あぁ…。
ミリアは思った。
これは、夢だ。
「みんな元気よ。みんな元気だけど、ミリアが居なくて、みんな寂しがってる。中でもアネッサが一番寂しがっているかも。」
ミリアの手を握り、マリアは学園の様子を話した。
みんな変わらず、仲良くにぎやかにしているけれど、やはり、ミリアが居ないという事実には、寂しさを感じずには居られない———と。
「ふふ…。クラブも一緒だったからね。ヨガクラブ。どうなっているかなぁ。」
ミリアは、遠くを見つめ、懐かしく思った。
「最初はさ、アジアの美容体操だーって、本当に、興味本位で始めたんだぁ。でも、なんかハマっちゃって。楽しくなっちゃったんだよねぇ。アネッサと、これで綺麗になれるなら、一石二鳥だって、良く言っていたわ。色んなポーズ、覚えたんだけどなぁ。」
「元気になれば、また出来るようになるよ。」
「どうかなぁ……。」
声が沈んだ。
ヨガどころか、学園にも行けなくなるかもしれない。
「ミリアの病気は、事故の前から?」
マリアが聞いた。
「そうなのかも。」
ミリアは少し自虐的な笑みを見せた。
「事故に遭わなかったら、病気は見つからず仕舞いでさ、もしかしたら死んじゃっていたかもしれないんだって。あのカラスとネコには、感謝しなくちゃならないかもね。」
「カラスとネコ?」
「そう、カラスが突然、車の傍まで飛んで来て、カァーって鳴いたの。ママもその声に驚いて、白い猫が飛び出して来たの、気付くのが遅れたんだって言ってた。それで、急ブレーキかけても間に合わないと思って、ハンドル切ったんだって。で、塀に激突。大怪我しなかったのが不思議なくらい。でも、病気が見つかった。本来なら、症状がほとんどない病気だから、手術が出来る状態で見つかることは滅多にないんだって。良かったねって言われたわ。あまり嬉しくなかったけどね。」
ミリアはおどけるように言って、気持ちが暗く沈んでしまわないよう、努力した。
しかし、湧き上がってしまった感情は、もう止めることは出来なかった。
「手術をしなければ、いずれは死んでしまう。だけど、手術の成功率は100%じゃないし、手術の成功しても、すぐに治るわけでもない。でも、手術をしましょうって言うの!毎日毎日、飲みたくもない薬を飲んで、毎日毎日、割れるんじゃないかってほど頭が痛くなって、毎日毎日、胃袋まで出て来るんじゃないかってほど吐いているのに、それを、手術の日まで続けるって言うのよ!いっそ死んでしまった方が楽なんじゃないかって思うわ‼」
ミリアは叫んでいた。
体を起こし、身を乗り出して、全身を使って叫んでいた。
夢でなければ、ナースが飛んで来るくらいの声の大きさだった。
久々に大声を出した所為で、呼吸が苦しくなる程だった。
それども、思いの丈を口にしたことで、張り詰めていた心の糸は切れたようだった。
「……それって、間違っているのかなぁ……。」
意図せず、ミリアの頬を涙が流れる。
「ミリア……。」
マリアの頬にも涙が流れた。
「ごめんね。それでもわたしはミリアに生きていて欲しい。」
涙を流し続けるミリアを、マリアはそっと抱き締めた。
「ごめんね。でも、死んで欲しくないの。諦めて欲しくないの。お願い、ミリア、生きることを諦めないで。生きることだけは、諦めないで。ミリアのパパとママの為にも。わたし達の為にも。ミリア自身の為にも。」
抱き締めていた両手を優しく解き、ミリアの手を取り、ミリアの目を見て、マリアは言った。
「今のミリアの苦しみは、生きる為のものよ。その苦しみから逃げてしまったら、それこそ二度と会えなくなってしまうわ。もしも、逃れる術があると、唆すヒトが居たなら、そのヒトは邪なヒト、ミリアを愛していないヒト。信じてはダメ。耳を貸さないで。もしも、心惑わされたら、楽しかった学園の日々を思い出して。わたし達を思い出して。」
マリアの瞳から涙が次々と溢れ出していた。
「ありがとう、マリア。もう少しだけ頑張ってみるわ。」
ミリアの瞳からも涙は枯れることなく溢れていた。
「だから、夢でいいから会いに来てね。」
それでも、ミリアの気持ちは、幾分、穏やかになっていた。




