#77 ミリア
「また明日来るわね。」
ジュリアンがミリアに声を掛けた。
ジュリアンは、ミリアが入院してから、ずっと毎日欠かさず病院に来ていた。
病院に来て、ミリアの身の回りの世話を、色々としている。
勿論、担当医であるキースとも話をしているし、担当のナース達とも話をしている。
ミリアの前では、気軽な話しかしていないが、ミリアの居ないところでは、ミリアの耳には入れたくない、難しい、重苦しい話をしているのだろうと、ミリアは思っていた。
「しっかり食べて、しっかり寝るのよ。」
「うん。わかった。また明日ね、ママ。」
病室を出ていくジュリアンに、ミリアは手を振り見送った。
手術の日が決まってから、ミリアはずっと不安な日々を過ごしていた。
夏休みに入ってすぐ、買い物からの帰り道、ジュリアンが運転する車に乗っていた時の事、道路沿いの並木から飛び立ったカラスが車の傍まで来て、一鳴きした。
カァー‼
その声に驚いたミリアは、その直後の急ブレーキの衝撃で更に驚き、咄嗟に見た車の正面には真っ白な猫。
ミリアは、自分の乗る車が、今まさに、真っ白な猫を引きそうになっているのを見た。
ジュリアンがハンドルを切った。
車が大きく軌道を変え、ミリアは固定されたシートベルトにしがみ付いた。
車は道路脇に建つ家の塀に突っ込んだ。
現場は騒然とした。
人が集まり、警察や救急車が呼ばれた。
塀は少し崩れてしまったし、車もへこんでしまった。
ただ、幸いにも、ジュリアンとミリアに、大きな怪我はなかった。
それでも、念のために———と、病院へ行き検査をすることになった。
その結果、ジュリアンはすぐに帰宅が許され、ミリアは入院することになった。
病気が見つかったらしいことは、すぐに知らされた。
しかし、病名は知らされず、何日かおきに、違った検査をする日々が続いた。
病名を教えてもらえたのは、夏休みが終わる頃。
それでも、すぐに治るものだと思っていた。
だから、5人が見舞いに来た時、笑顔で居られた。
『原因はわからない。生まれつきの人も居れば、突然に発症する人も居る。全く気付かないまま、死んでしまう人だって居るくらいだ。この病気は、見つかりにくく、見つかった時には手遅れになっているケースがほとんどなんだ。だから、その点だけを言えば、ミリア、君はラッキーだった。手術が出来る状態の時に、見つけることが出来たのだから。手術をしよう、ミリア。成功率は100%じゃないし、手術させすれば、すぐに治るというわけでもない。それでも、手術をしないという選択を、君にして欲しくはない。ミリア、一緒に頑張ろう。一緒に乗り越えよう。』
キースの言葉の意味を、すぐには理解できず、理解が出来た時には絶望した。
なぜ、わたしが?
どうして、わたしが?
誰にも会いたくなかった。
最初に始めた治療は、手術の成功率を上げる為の薬の投与だった。
副作用の説明は受けたが、薬を飲み始めてすぐに、それは起こった。
激しい頭痛と吐き気。
毎日が怠い。
寝ても覚めても体が重い。
ミリアは、何度も止めたいと思った。
他の方法は無いのかと、疑問を持った。
しかし、それを口にすると、ジュリアンは続けて欲しいと懇願するし、キースは他に方法は無いと言った。
辛い副作用との闘いに疲れ、もう良くならないのではないかと不安になる。
そんな中で書いたのが、仲が良かった5人に宛てたクリスマスカードだった。
ミリアは、自分の病気のことを、マリア達に話すつもりはなかった。
知れば、自分のことのように悲しみ、辛い思いをすると思った。
死んでしまうのなら、なおさらだ。
元気になることが出来たなら、その時に話せばいいし、死んでしまうなら、死んだ後に知られた方が良いと、ミリアは思っていた。
みんなは元気だろうか?
ミリアは、5人に思いを馳せた。
アネッサは、元気いっぱいの行動派で、いつもみんなを引っ張っていた。
おっとりとしているのに、ちゃっかりしているモーリンは、チャーリーと今も仲良くしているのだろうか?
のんびり屋のステファニーは、時々鋭いことを言って、みんなを驚かせていたっけ。
はしゃぎ過ぎた私たちを止めるのは、いつだってマリアの役目だった。
アジアの血が入っているからか、ちょっとミステリアスな雰囲気があった。
レベッカの情報網には、いつも舌を巻いた。
何処からか入手して来たレベッカの情報に、みんなで大騒ぎをしていた日々が懐かしい。
目を閉じれば、あの頃の日々が思い出せる。
楽しくて、にぎやかで、輝いていた。
例え、曇っていても、雨が降っていても、雪が降っていても………
もしも神様が本当に居るのなら、また5人と一緒に笑いながら過ごせる日々を送りたい。
明るく輝く、素晴らしい未来を与えてもらいたい。
もしも、本当に、神様が居るのなら………
ミリアは、眠りに落ちるまで、泣き続けていた。




