#76 自主練と病院侵入計画
不知火武術弓道場に通うようになってから2週間ほど経った頃、琴音からマリア宛に小包が届いた。
まだクリスマスには早い———と、不思議に思いながら開けてみると、弓道初心者が最初に使って練習をするゴム弓が入っていた。
添えられたカードには、こう書かれている。
早い上達には自主練が不可欠です。
頑張ってください。
ようやくやっと弓を習い始めることが出来た事を、マリアは祠に向かって報告をした。
予定よりもかなり遅い報告となってしまった。
ミリアのことも報告してある。
急がなければならないことを、琴音は分かっているから、自主練を勧めることにしたのだろう。
1日でも早く、まともに弓を扱えるようにならなければならない。
今のマリアは、弓を引くための力が、圧倒的に足りなくて、弓道場へ行ってやることと言えば、射法八節の正しい動きを、ひたすらに覚えることと、その正しい射法八節で、ひたすらにゴム弓を引くことだった。
随分と寒くなったので、祠に手を合わせる以外の目的で裏庭に出る機会は、かなり減ってしまった。
凪はヒトの姿で居ることが多くなり、日中のほとんどの時間を家の中で過ごすようになっていた。
弓の自主練は、マリアの部屋ですることにした。
全身鏡で確認しながらだと、目線が全身鏡に動いてしまい、正しい射法八節の動きではなくなってしまうので、姿勢は凪に見てもらいながらにすることにした。
的の場所を想定し、その場所を見ながら立ち位置を整える。
膝に力を入れず、足裏全部に体重をかけ、下半身を安定させる。
体をねじらず、一枚板を通したように背筋を伸ばす。
呼吸を整え、弓を構える。
水平に、胸を開くようにしてゴムを引く。
ゴムが離れた時が矢を放った時と理解し、弓を下ろし、足を閉じる。
この一連の動作を美しく行わなければならなかった。
『弓道は、日本の武術の中で最も美しいと、わたしは思っています。なので、くれぐれも美しく。わかりましたね。』
一連の動作を教えた不知火先生が、力強く言った言葉だった。
なので、マリアは、その一連の動作を、徹底的に体に覚えさせることにした。
何度も繰り返し、体に覚えさせれば、誰かに確認してもらわなくても、美しい一連の動作が自然と出来るようになるだろうと思った。
自主練の他にも、マリアにはやらなければならないことがあった。
ミリアが手術をする前に、どうしてもミリアと話をする必要があった。
B・Bが関わっているのかいないのか、その確認もしたいし、B・B対策の為の布石も打っておきたい。
後悔はしたくない。
その為の方法を、マリアは凪と相談していた。
問題は、ミリアと二人きりで話をする方法だった。
ミリアの母・ジュリアンは、誰も見舞いに来させないつもりだと、朔乃は言っていた。
それに、ミリアは二人きりで話をしても、本心を言ってはくれないかもしれない。
なので、ミリアが本心を語ってくれる状況から作らなければならなかった。
B・Bには、人の心の中に入り込む能力が、きっとある。
その能力で、ルイーザは誑かされてしまったに違いない。
人の心の中に入り込むことは出来なくても、同じような状況にすることが出来れば———と、マリアは思うのだが、これはと思う良い方法は全く思い付かなかった。
「病院の就寝時間は8時。ナースが就寝確認をしたら、コールをかけない限り、朝まで病室には来ない。夜中なら、ミリアと二人きりになれるわ。」
「夜中はミリアも寝ているのでは?わざわざ起こすのか?」
「寝ているミリアと話をする方法は無い?」
「そんなものは無い。」
「夢の中でなら、ミリアも本音を言ってくれると思うんだけどなぁ……」
マリアは残念に思った。
心の中に入り込むことは出来なくても、夢の中に入ることが出来たなら、きっとミリアは本音を話してくれるに違いない。
これは、かなり良い方法だと思うのだが、その方法がないのでは無理だった。
「何か、いい方法、ないかなぁ。」
マリアは頭を抱えた。
おそらくは、ミリアの手術の日は近い。
もう時間はなかった。




