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約束と契約  作者: オボロ
75/114

#75 弓道教室


岩清水先生に紹介された弓道教室は、マリアの家からは車で30分程の所にあった。

バンフル・ウェイ沿いの住宅地の一角に、フラット(集合住宅)のようにも、何かの施設のようにも見える建物があり、その建物の前には、達筆な筆文字で書かれた看板があった。


————不知火武術弓道場————


フリガナは無いし、英語訳も書かれていない。

漢字を読むことの出来ない人には、何が書かれているのか全く分からない看板だ。

読めないヤツは来るな!———というメッセージだろうか?


自ら望んでここに来たマリアだったが、看板の文字を見ただけで、得も言われぬ不安が押し寄せて来た。


「ここよね?不知火しらぬい武術弓道場…で、間違いないわよね?」


朔乃が不安げに呟いた。

朔乃が抱いた不安の理由は、看板の文字が達筆過ぎた所為だろう。


「うん。間違ってない。」


マリア達は、恐る恐る不知火武術弓道場の扉を叩いた。






「こんにちは。初めての方ですね。」


建物の中に入ると、すぐに受付の女性に声を掛けられた。

看板には英語は一言も書いてなかったが、受付の女性は英語で話しかけて来た。

しかも、怒涛のような質問の嵐。


「入会希望の方ですか?見学ですか?ここをどこで知りましたか?誰かの紹介ですか?紹介でしたら、紹介状は持っていますか?」


もしも、英語が分からない、日本語しか分からない人が来たなら、軽くパニックを起こすだろう。

看板には英語は一言も無く、安心して中に入れば日本語は一言も無く、怒涛のような英語の嵐に吹きさらされるのだから。


これもわざとだろうか?


マリアの不安はますます膨らんだ。


「合気道家の岩清水皆斗さんからの紹介です。これが紹介状です。」


朔乃が、前もって岩清水から渡されていた紹介状をバッグの中から取り出して、受付の女性に手渡していた。







「こちらで見学して、お待ちください。」


通された部屋は、広々とした部屋だった。

フローリングの部屋で、奥の壁には丸い的が等間隔に並んでいる。

大太鼓のような、米俵のようなモノも置いてある。

生徒の数は10人程度。

国籍も年齢もバラバラで、弓を持って練習をしている人も居れば、大きなパチンコのようなモノを持っている人も居る。

実際に矢をっているのは、5人だけのようだった。

5人のうち2人は、太鼓のような、米俵のようなモノに矢を放っている。

矢を持っていない人達も、的の正面に立ち、力強く弓を引いていたので、マリアは最初、矢を持っていないことに気付かなかった。

もちろん、大きなパチンコのようなモノを持った人達も矢は持っていない。

矢は持たず、でも、弓矢を放つような動作はしていた。

そして、部屋の中が静かであることに、マリアは驚いた。

必要以上の会話は無く、黙々と練習している———という感じ。

部屋の中にある音は、弓やゴムを引いた時の音と、矢が的に当たった時の音だけだと言っても過言ではなかった。

生徒達の動きにも驚いた。

的の前に立ち、構え、弓やゴムを引き、的の前から離れるまでの一連の動きは、決まっているようだった。

皆が皆、同じような動きをしている。

全く同じという訳ではないが、一つ一つの動きは丁寧で、まるで自分自身で何かを確認しながら動いているようだった。


矢を扱う危険な武術だから、すべての動きが慎重なのだろうか?


マリアは、不思議に思いながら、生徒達の練習風景を眺めていた。




「お待たせしました。不知火しらぬいです。」


指導者である不知火啓しらぬいけい先生が、ようやく現れた。

不知火先生は、背が高く、細身で、スラっとしていた。

眼鏡をかけている。


「岩清水皆斗から話は伺っています。弓を習いたいとおっしゃっているのは、そちらのマリアさんですね。」


眼光鋭く、眼鏡越しに見られたマリアは、反射的に背筋を伸ばしていた。

見られたと言うよりも、睨まれたと誤解しそうな目つきだった。


「はい。よろしくお願いします。」


第一印象は、怖い人。

見た目にもそうだが、きっと中身も怖い人なのだろうと、マリアは思った。



「すぐに弓を購入する必要はありません。道着も、まずは動きやすい服装なら何でもいいです。これならきっと続けられるだろうと、わたしが判断した時に、道着に関しても、弓に関しても、お話しさせていただきます。練習日は、週3回。ですが、必ず3回来てくださいとはいう訳ではありません。1回でも2回でも、どうぞご自由に来てください。時間は———」


不知火先生の入会についての説明は、淡々としていた。

続けられない人には道着も弓も必要ないと、言わんばかりの言い方だった。

しかも、続けられるか、続けられないかを判断するのは、生徒自身ではなく、不知火先生らしい。


やっぱり怖い人に違いないと、マリアは確信した。





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