#70 グレース家のハロウィーン祭
グレース家の庭先には、大小さまざまなジャック・オー・ランタンが飾られている。
リビングにある大きな籠の中には、お化けに扮して訪ねて来た子供達用として、朔乃が用意したお菓子がたくさん入っている。
朔乃は、ドラキュラに扮したアルフと一緒に家を出ていた。
今年、「Trick or Treat!」と言って訪ねて来た子供達に、「Happy Halloween!」と言ってお菓子を渡すのは、トールの役目になった。
高まっているだろう子供達のテンションを、我が家で下げることは出来ない———と、トールは気合十分だった。
普段ならば、アルフはもう寝ている時間。
寝ているはずの時間に、ドラキュラの格好をして歩き回っている。
友達も一緒に、だ。
ドラキュラに変身して、本当ならば寝ていなければならない時間に親の了承の元、友達と一緒に外を出歩き、行った先々でお菓子がもらえる。
これでテンションが上がらないわけがない。
そして、そうして上がったテンションは、そうそう簡単には下がらない。
それは、アルフだけではなく、他の子供達も同じだ。
なのに、トールは更にテンションを上げようとしているぐらいの勢いだった。
小さめのジャック・オー・ランタンを玄関の中に飾り、電気の照明は全て消す。
アルフの仮装に使った化粧品を使い、自前のタキシードを着て、簡易ドラキュラ―に扮すると、お菓子の入った籠を手にして、トールは子供達の訪問を待った。
「口からもうちょっと血を垂らした方がいいかな?」
待っている間にも不安になって、呆れるクリスに向かって確認をする始末。
「落ち着きなよ、パパ。ただ『Happy Halloween!』って言って、お菓子を渡せばいいだけだよ。子供たちを驚かしてどうするの?」
「きっと喜ぶぞぉ。」
意気揚々としているトールと、トールを嗜めるクリスを見て、マリアは可笑しくて堪らなかった。
トールが、まるで子供のようにはしゃいでいる。
止めようとしているクリスの方が大人みたいだ。
「凪も仮装してみればよかったのに。」
マリアは、まるで他人事のように、リビングで静かに紅茶を飲んでいる凪に声を掛けた。
日本から戻って来てからの凪は、ヒトの姿で居ることが多くなっていた。
トールと朔乃も、クリスもアルフも、凪の姿が見えないと、マリアに何処に居るのかを尋ねるほど、ヒトの姿でいる凪は定着している。
なにか、心境の変化があったのかもしれない。
それは、凪に———なのかもしれないし、マリアの家族達に———なのかもしれない。
どちらにしても、何があったのかは、マリアには分からなかった。
けれど、凪と家族との距離が縮まったみたいで、マリアは嬉しかったのだ。
「神使がお化けの仮装をしたら、やっぱりダメなのかな?」
「狐の仮装ならば、許されそうだけどね。」
クリスが言った。
はしゃぐトールを宥めることは諦めたようだ。
トールのドラキュラは、更にパワーアップしていた。
「許すとか、許されないとかの問題ではない。わたしはやらない。」
凪は、我関さずの体を崩さず、また一口、紅茶を飲んだ。
「なんだ、つまんない。」
マリアは言った。
実のところ、凪は別のことに忙しかった。
使い魔達が子供達に紛れて訪ねて来ることを警戒し、周囲の気配を探っていた。
ハロウィーンが子供達のお祭りであることはわかった。
子供達が楽しむ為に、大人達が奮闘するお祭りであることもわかった。
そして、長い間、ずっとイギリスに居ただろう使い魔達が、ハロウィーンを知らないわけがないことにも気が付いてしまった。
ちょろちょろと、人の集まる場所に平気で姿を現すことが出来るような使い魔達が、こんな機会を見逃すとは思えない。
わざとグレース家を訪ねて来る可能性もある。
凪は、グレース家に近づく使い魔達の気配を逃さないように、ずっと気を張り続けていた。
「Trick or Treat!」
子供たちがグリース家にやって来た。
待ってましたとばかり、トールは意気揚々と玄関に向かった。
「Happy Halloween!」
「「きゃー!あはははは」」
「「わぁー!あはははは」」
トールの登場で子供達の驚く声が聞こえ、子供達の声は、やがて笑い声になった。
トールの演出は成功したらしい。
「はい。ひとつずつだよ。はい。順番にね。」
トールがお菓子を配っている。
お菓子をもらった子供達は、嬉しそうにはしゃいでいて———。
やがて、子供達のにぎやかな声は、遠ざかって行った。
「泣き出す子がいなくて良かった……。」
クリスがホッとしたように呟いた。
確かに、テンションを上げる為の演出が、最悪の結果にならなくて良かったと、マリアも思った。
その後も幾つかのお化け集団がグレース家を訪ねて来て、その度に、トールは楽しそうに出迎えていた。
「ただいまー。」
「ただいまぁー。ねぇ、見て見てぇ。こんなに一杯もらったよー。」
朔乃とアルフが帰って来た。
アルフは、お菓子入れ用のバケツに溢れんばかりに入ったお菓子を、クリスとマリアに見せた。
「すごいじゃん。」
「いっぱいもらったね。」
「えへへ、いいでしょー。」
クリスとマリアが言うと、アルフはご機嫌で、嬉しそうに笑った。
「アルフ。パパと一緒に写真撮ろう。クリス、撮ってくれ。」
「ドラキュラの親子だね。」
「近所で有名になっていたわよ。グレースさんのところは、今年、親子でドラキュラなのねって。」
「毎年恒例にする?」
「それもいいな。」
アルフだけじゃなく、みんながテンションを上げているのが分かる。
日本の夏祭りとは違うが、これも楽しいお祭りの一つなのだと、改めてマリアは思った。
家中のハロウィーンの飾りつけを外すのは、アルフが眠りについてから。
結果、使い魔の来訪は無く、凪が密かにホッとしていたことを、マリアは知らなかった。




