#62 岩清水先生
「やあ、クリス、マリア、アルフ、久しぶりだね。元気だったかい?日本は楽しかったかい?わっはっはっはっ。」
夏休みが終わり、新学期が始まり、久しぶりに合気道の練習にマリア達は来た。
指導者の岩清水皆斗先生は、明るい笑顔と豪快な笑い声で、マリア達を迎えた。
横にも縦にも大きい岩清水先生は、朗らかなクマのようだ。
元々は柔道をやっていたのだという。
イギリス行きを決めたことを機会にして、合気道家に転向したのだと聞いた。
大きな体だが動きは機敏で、柔らかな、流れるような手さばき、足さばきで、相手をころりころりと転がしていく。
「余計な力を入れてはいけない。」
「加わる力の方向に逆らってはいけない。」
これが岩清水先生の口ぐせだった。
初めてマリアが合気道の練習に参加をした時も、岩清水先生はそう言って、マリアを何度も転がした。
余計な力が入る間もなく、マリアが転がされていたことは言うまでなく、しかし、怖さも痛さも予想していたものよりも、ずっとずっと少なかったので、マリアは合気道を嫌いになることはなかった。
岩清水先生の笑顔も理由の一つだ。
朗らかな笑顔で、「ほら、大丈夫だろう?」とか、「さぁ、もう一回だよ。」と言ってマリアを励まし、恐怖心を植え付けなかった。
お陰で随分と上達することが出来た。
ころりころりと、ただ転がされていただけだったマリアは、今や相手を、ごろんっごろんっとぐらいには、転がすことが出来るようになった。
「岩清水先生、ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
休憩になり、朔乃がアルフに気を取られている隙を狙って、マリアは岩清水先生に近寄り聞いた。
岩清水先生は、手拭いで汗を豪快に拭いながら、マリアを見た。
「ん?何だい?」
「先生、弓道を教えてくれるところ、この近くにありませんか?」
「弓道?マリア、弓道に興味があるの?」
「あ、はい。合気道だけじゃなくて、弓道もやってみたいなぁって……。」
「ふーん。」
岩清水先生は、ちらりと朔乃の方を見た。
マリアは慌てた。
「せ、先生、ママにはまだちょっと言っていないので……。」
両の手の平を組み、『お願い』のポーズをして、言わないで欲しいことをアピールした。
「やれやれ……。」
岩清水先生は、溜息を吐いた。
「ここの近くという訳じゃないけど、マリアの家から通えるところに、僕が知っている弓道教室はあるよ。僕の直接の知人じゃないけど、紹介は出来ると思う。でもね、それはご両親の許可をもらってからだ。ご両親の許可が出ていないのに紹介は出来ない。どうしてもやりたいと思っているなら、頑張って両親を説得しなくちゃ。いいね?」
「………はい。」
岩清水先生の尤もな意見に、マリアは見事、撃沈した。
それでも、弓道教室は、近くにある。
紹介もしてもらえる。
それが分かっただけでも、一歩先進することは出来たと、マリアは自分を励ました。
後は、パパとママを説得するだけだ。
それが、マリアにとって最も難しいことであることも、マリア自身、分かっていた。




