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約束と契約  作者: オボロ
58/114

#58 黒翡翠


夏祭りが終わると、準備に掛けた時間が嘘のように、あっという間に何もかもが片付けられていった。

神社を訪れる人もまばらになって、お祭りの時の人の混雑が幻であったかのようだ。


あれだけ居たたくさんの人達は、どこに消えてしまったのだろうか?

いや、あれだけ居たたくさん人達は、一体どこから湧いて来たのか………。

もしかしたら、お祭りの時に居たたくさんの人の数の中には、人ではないヒトも混じっていたのかもしれない………


神社に訪れる人の数に、あまりにも落差があり、マリアは良からぬことまで想像してしまった。

しかし、神社は神聖な場所。

人ではないモノがそんなに容易く入って来ることは出来ないはず。

そう思うことで、マリアは良からぬ想像を振り払った。


日本では、8月いっぱいを夏休みにしている学校は少ないらしい。

しかも、夏休みにはたくさんの宿題があって、夏休みの終わりが近づくと、多くの子供達は残りの宿題に追われる日々を過ごすのだと、元暁が言っていた。


「神社を訪れる人が少なくなるのは、そのせいかもしれないね。」


元暁が、少し残念そうに微笑んで言った言葉も、マリアの良からぬ想像を打ち消してくれた。

元暁はマリアの良からぬ想像を打ち消した他に、釘も刺した。


「クリス君もマリアちゃんも、英語の宿題、頼まれても手伝っちゃダメだからね。」


ある日、部屋を訪ねて来た元暁が言った言葉。

中学生や高校生のいとこたちが、マリアとクリスを当てにして、夏休みの宿題を持ってくるのではないかと、月城家の大人達が心配しているという。


「宿題は自分の為にするもの。他の人にやってもらったのでは意味が無いんだから、きっぱりと断ってね。頼んだよ。」


念を押すように言って、元暁は去って行った。


マリアは———というと、聞かれても分からなかった時のことが心配だった。

英語を話すからと言って、英語の宿題が必ず分かるとは限らない。

日本語を話すからと言って、国語の問題が解けるとは限らないのと同じだ。

それでも、分かると思って聞きに来たのに、分からないとなったら、幻滅をされてしまうに違いない。

見た目だけの役立たずだと、思われてしまうかもしれない。

マリアにとっては、そちらの方が心配だった。


幸いにも、マリアにもクリスにも、宿題の手伝いを頼みに来たいとこはいなかった。

もしかしたら、追い払われて、マリア達の所まで、辿り着けなかったのかもしれない。

境内には元暁も新太も陽菜乃も居るし、マリアの傍には凪が居る。

宿題を持ったまま素知らぬ顔をして、マリア達に近づくのは困難だろう。


マリア達も、そろそろイギリスに戻らなければならない。

このままなら恥をかかずに帰国できそうだと、マリアは少し安心した。






「マリア、おばあちゃんが呼んでる。拝殿に来て欲しいって。」


明日が帰国という日の午後、朔乃がマリアを呼びに来た。

凪と一緒に、本殿の周りを箒で掃いていたマリアは、持っていた箒を凪に渡して、拝殿に向かった。


「おばあちゃん、マリアです。入ります。」


マリアが拝殿に入ると、琴音は本殿に向かって正座をしていた。

琴音の前には三方さんぽうが置いてあり、三方には、マリアが日本に来て、すぐに琴音に預けた黒翡翠のネックレスが置いてあった。

マリアは、琴音の後ろの、本殿が見える位置に正座した。


「改めて守りの念を込めておきました。でも、余り強すぎると、悪魔と話をすることも出来なくなるので、程々に弱くしておきましたからね。」


琴音は、黒翡翠のネックレスが置いてある三方を、そっと持ち上げ、ゆっくりとマリアの前に置いた。


「凪との繋がりは変わりません。これが凪に居場所を教えます。」

「ありがとうございます。」


マリアは正座のまま深く一礼をして、黒翡翠のネックレスを手に取った。


黒石神社に居る時の琴音は、御弥之様に最も近い人。

絶対に礼を欠いてはいけない人であると、マリアはこの1ヶ月で理解した。

琴音を軽んじることは、御弥之様を軽んじることと同じだ。


本殿の清掃は、ずっと続けていたが、マリアの役目を、御弥之様が指し示してくれることはなかった。

それでも、今後にやるべきことは決まった。

B・Bと話し、契約を破棄する方法を探る。

それは、自分にしか出来ないことだと、マリアは思っていた。


きっと力をくれる。

B・Bから守ってくれる。


「よろしくね。」


呟くと、握りしめた手の中で、ほんのりと黒翡翠が熱を持ったような気がした。


「マリア、今後の為に弓を習いなさい。とりあえずは、アーチェリーでも構わない。次に会う時までに、弓の弾き方を覚えなさい。」


琴音が言った。


「この先、弓が必要になるっていうこと?」


マリアは聞いた。

弓もアーチェリーも、矢を放つもの。

言うなれば、武器だ。

武器が必要になるということ?


「すぐに必要になるという意味ではないわ。いずれ、必要になった時の為の保険のようなものよ。自分の身は自分で守れるというのは自信に繋がる。あなたには、いつでも背筋がピンと伸びている人であって欲しいの。」


琴音は、突然に祖母の顔になった。

孫娘を心配する祖母の顔。


自信なく背筋を丸めないで居て欲しいと、愛しい孫娘に願う———祖母の顔。


「B・Bと話すこと、あまり賛成していないパパとママが、なんて言うか分からないけど、なんとかしてみる。」


マリアは答えた。


琴音が、トールと朔乃に言うよりも先に、マリアに話すとは考えられなかった。

トールと朔乃が賛成しているのであれば、トールと朔乃も賛成していると、琴音は言うはず。

トールと朔乃が賛成していなくても、マリアには弓を覚えて欲しいと思うから、琴音はマリアに話したのだろう。

ならば、考えようと思った。

弓を習う方法を。

琴音は、無駄だと思うことを、勧めたりはしない。


「何か、方法を考えてみるね。」


マリアの答えに、琴音は嬉しそうに頷いていた。



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