#57 神使の凪
「いやぁ、よかったよ。結衣ちゃん、朝衣花ちゃん。」
「初めてにしちゃー上出来だったよ、結衣ちゃん。」
「朝衣花ちゃんも、結衣ちゃんも、きれいだったわよー。」
「お疲れ様―。お腹すいたでしょ?奥に食事、用意してあるわよ。」
マリアが向かった社務所の前には、月城家の人達が集まっていて、大役を済ませた結衣と朝衣花を迎えていた。
結衣を心配していた望は、感動と安堵で涙が止まらず、結衣を前にしても、何も言うことが出来なかった。
衣装を汚すことを気にして、抱き付くことも出来ない。
ハンカチでは足らなかったのか、タオルを握りしめ、流れる涙を拭いながら、結衣に何度も頷いていた。
「お疲れ様、結衣ちゃん、朝衣花ちゃん。とっても綺麗だったよ。」
マリアも、2人に近づいて、声を掛けた。
「あら、マリアちゃん。朔乃ちゃん達、心配していたわよ。途中ではぐれちゃったんですって?大丈夫だったの?」
陽菜乃が、マリアに気付いて話し掛けて来た。
朔乃達が、マリアの居場所を探していたらしい。
「うん。凪と一緒に居たから大丈夫。みんな、今、どこに居るの?」
「あ……、中の待合室よ。」
「ありがとう。じゃあ、またね。結衣ちゃん、朝衣花ちゃん。」」
凪の名前を出した瞬間、全員が一瞬凍り付いた様だったが、マリアは気付かないふりをして、社務所の中へ入った。
「マリア!」
「マリアだぁ!見て、見て、わたあめ。」
「良かったぁ。どこに行っていたの⁈」
「心配したんだぞ!マリア。」
社務所に入ると、開放されている待合室からマリアを見つけたクリスが叫び、気付いたアルフはわたあめ片手に笑顔を向けて、朔乃とトールは心配そうにマリアを出迎えた。
「あら、凪は?一緒に居たんじゃないの?」
マリアが1人であることを確認した朔乃は、不思議そうに聞いた。
マリアがはぐれたと知った瞬間、すぐに凪のことを思い浮かべ、凪が一緒に居るだろうと判断したのだろう。
心配はしたけれど、そうそう大変なことにはならないと思っていたに違いない。
ところが、1人で居たとなったら話は変わってくるらしい。
不思議そうに聞いた後の朔乃の顔つきは、徐々に険しくなっていった。
マリアは慌てて答えた。
「いや、一緒だったから。真っ先に凪の所へ向かったから。」
「それで?」
「一緒に屋台回って、かき氷とわたあめ買って食べた。あと、本殿の傍から神楽殿の舞、見てたよ。結衣ちゃんと朝衣花ちゃん、綺麗だったね。」
「そう……。なら、よかったわ。」
ここまで一緒に来なかったことには、多少の疑問は残ったようだが、朔乃は、マリアと凪が一緒に居たなら良しとした。
「かき氷とわたあめだけだったならお腹すいたでしょ?おにぎりあるわよ。焼きそばとから揚げ、買ったのあるから、こっちで座って食べなさい。」
「はーい。」
マリアは、おにぎりや焼きそば、から揚げが置かれている待合室のテーブル席のクリスの隣に座った。
手に取ったおにぎりを頬張る。
鮭のおにぎりだった。
今頃、凪は1人で何をしているだろう。
何を考えているだろう。
御弥之様の事?
琴音の事?
凪は人ではないのに、人と同じような感覚で見てしまう。
同じ人間として見てしまう。
だから、時々、可哀想に思ってしまう。
独りぼっちにしてしまうことを。
除け者みたいにしてしまうことを。
マリアは、琴音がどういう感覚で凪を見ているのか、気になった。
本当に神使としてしか見ていないのか。
マリア達が寝入った後、部屋に入れてあげたりしないのだろうか?
マリアにとって凪は、元暁よりも近くて、クリスほどには近くなく、しかし、琴音と同じくらい信頼している存在だ。
どうしてなのかはわからないが、マリアは、凪が絶対にマリアを裏切らないと、信じることが出来た。
どうしてなのかはわからないが、マリアは無条件に凪を信じることが出来るのだ。
「マリアは何処に居たの?」
「凪と一緒に、結衣ちゃんと朝衣花ちゃんの舞を見てたんですって。」
クリスの質問に、朔乃が答えている。
「綺麗だったけど、楽しそうじゃなかったね。」
アルフが言った。
「神様に捧げる舞なんだから、楽しくなくてもいいんだよ。」
「神様だって、楽しい方がいいんじゃないの?」
トールが嗜めたが、アルフは折れなかった。
アルフにとっては、巫女舞よりもサンバの方が楽しいのだから仕方ない。
「神様は、楽しいか楽しくないかだけを見ているんじゃなくて、どれだけ苦労をして身に付けたのか、どんな思いが込められているのかも見ていると思うよ。結衣ちゃんと朝衣花ちゃん、2人の揃った舞を見た神様は、きっと喜んでくれたと思う。よく頑張ったねって。結衣ちゃんと朝衣花ちゃんのこと、きっと褒めてる。おばあちゃんも良かったって思ってるよ。わたしも、良かったって思った。結衣ちゃんと朝衣花ちゃん、すごく頑張ってたもん。」
マリアは無意識に力説していた。
別に、結衣と朝衣花を庇うつもりも、アルフを責めるつもりもなく、ただ、思ったことを口にしただけだった。
御弥之様は、巫女舞じゃなくてサンバでも、本当に努力をして、思いを込めて踊ったならば、きっと喜んでくれる。
勿論、盆踊りでも———と、マリアは思った。
「ふーん。」
アルフは気のない返事をしたきり、反論はしなかった。
納得はしていないだろう。
それでも、頑張った人のことは、悪く言ってはいけないと思っているようだった。
マリアは、今はそれでいいと思った。
アルフは、努力をすることが簡単なことではないと、分かっている。
頑張った人を称える気持ちがある。
それはそれで素晴らしいことだと、マリアは思った。




