#56 神に捧げる巫女の舞
ピーピロロロ―
ドンッ!
ピロロロー
お囃子の時とは違う、笛の音と太鼓の音が境内に響いた。
ピーピロロロ―
ドンッ!
ピロロロー
ゆったりと流れるような笛の音。
身体の芯にまで響くような太鼓の音。
シャンッ!
シャンッ!
鈴の澄んだ音色が、神社内を一掃するみたいに響き渡り、美しい舞衣装を身に纏った2人の巫女が、ゆっくりと神楽殿に姿を現す。
そして、優美で凛々しく雅やかな、神に捧げる舞を舞い始めた。
ピーピロロロー
シャンッ!
シャンッ!
ピロロロー
シャンッ!
ピーピロロロー
シャンッ!
シャンッ!
ピロロロー
シャンッ!
ピーピロロロー
ドンッ
「………。」
息を呑む美しさと神秘さに、マリアは言葉も無く、ただ、神楽殿で舞う結衣と朝衣花を見つめていた。
神に捧げる舞とは、よく言ったものだ。
こんなにも美しい舞なら、御弥之様もきっと喜んでくれるはず。
戻って来た魂達も、きっと安心してくれる。
この地域は、御弥之様が守ってくれているから大丈夫だと。
そうか。
だから、たくさんの人達が手伝ってくれたのだろう。
黒石神社のお祭りを。
みんながみんな、お祭りの意味までは分からなくても、お祭りにはたくさんの人が集まってくる。
たくさんの人達が元気な姿を見せて、戻って来たたくさんの魂達に安心してもらう。
その為に、黒石神社のお祭りは大切で。
つまりは、黒石神社が大切。
黒石神社の守り神は、御弥之様。
御弥之様が御隠れになってしまっても、御弥之様の御加護がある限り、この地域は守ってもらえる。
御弥之様の御加護を賜り続ける為には、御弥之様に祈りを捧げ続ける必要があり、
御弥之様の御加護こそが、黒石神社を存在させる術であり、黒石神社を存在させる意味なのだ。
そして、黒石神社の存在を守るのは、宮司である琴音。
神社を守り、神社を司る人。
「ねぇ、凪。おばあちゃんって、すごい人なんだね。」
マリアは、神楽殿の舞を見つめながら、隣で静かに佇む凪に言った。
「御弥之様、結衣ちゃんと朝衣花ちゃんの舞、見てくれているよね。おばあちゃんも喜んでいるよね。ずっと黒石神社を守っていくのって大変だよね。すごいよね。毎年、毎年、ちゃんと存在しているのって、すごいことだよ。」
「………。」
凪は、何も言わなかった。
マリアの説明では、伝わらなかったのかもしれない。
マリアは、上手く説明できていないと分かっていたが、これ以上の説明が必要のないことだとも分かっていた。
ずっと黒石神社で仕えて来た凪が、黒石神社を存在させ続ける大変さを知らないわけがない。
きっと、枯れて廃れてしまった神社は、たくさんあるに違いないのだから……。
ピーピロロロー
ドンッ!
シャンッ!
シャンッ!
笛の音と太鼓の音に合わせて、鈴を鳴らす結衣と朝衣花が、ゆっくりと神楽殿を下り始めた。
巫女舞は、もう終わるらしい。
「凪はここに居る?わたし、結衣ちゃんと朝衣花ちゃんのところへ行くけど。」
マリアは、結衣と朝衣花が神楽殿を下り、陽菜乃に連れられ、社務所に向かっているのを見て、凪に言った。
「わたしはここに残る。2人を労ってやるといい。」
案の定、凪は残ると言った。
凪は、月城家の琴音以外の人達から『凪様』と呼ばれている。
祖母である琴音からの労いならばいざ知らず、神使からの労いなど、恐縮極まりないという対応をされてしまうに決まっている。
凪はそれを嫌がるだろうと、マリアは思った。
マリアには、イギリスに居る時よりも、日本に居る時の方が、凪には居心地が悪そうに見えていた。
それは、一線を引かれているからなのだろうと、思っていた。
神使と言う一線。
神使と只人は同列ではないという考えが、月城家の人達には根深く存在している。
だからこその『様』なのだ。
気軽に名前で呼んでも、凪は怒らないのに———と、マリアは思い、不思議に思っていた。
実際、名前で呼んでいるグレース家の誰も、凪にも琴音にも怒られていない。
それでも、それは月城家のルールなのだから、マリアが口を出すことでは無いとも思っている。
マリアはマリアのままで、朔乃もトールも、アルフもクリスも、変わらない態度で接することが、大切なことなのだと、マリアは思うことにした。
「じゃあ、またあとでね。」




