#51 提案
マリアの家族が黒石神社に到着した。
1年ぶりの再会に月城家の親戚達は琴音の家に集まり、大宴会さながらの夕食会が開かれた。
トールと朔乃、そして、マリアが、琴音の部屋へ呼ばれたのは、夕食が終わり、親戚達のほとんどが自宅へと帰り、クリスとアルフが望の案内で浴室へ向かった後だった。
「到着して早々で悪いけど、話すのは早い方が良いからね。」
琴音は、トールと朔乃と向き合って座り、マリアは、対峙して座る両者のちょうど真ん中あたりと向き合うように座った。
「悪魔がマリアに接触した。凪から聞いた話では、誘拐じみた強引な連れ去り方はしないらしい。言葉巧みに誘い出し、自らの意思でついて来るように仕組んで来るようだ。つまり、マリアが拒み続けている限りは、連れ去られることはない———ということになる。だけど、それでは悪魔を退けることにはならないわけだから、悪魔にずっと付き纏われることに変わりはない———ということ。で、今後、どういう方向で考えているのか、2人の考えを聞きたいと思ってね。」
トールと朔乃は、突然に聞かされた事実と問い掛けに、驚きを隠すことは出来なかった。
マリアは小さい頃に悪魔らしきヒトを見た。
トールも朔乃も、その悪魔らしきヒトを見てはいないが、マリア以外に、そのヒトの存在に気付いた人が居なかった———というマリアの話を聞いて、悪魔だったのかもしれないと判断した。
だが、その時は『見た』だけで、直接話をした訳ではない。
なのに………
接触した?
強引には連れ去らない?
言葉巧みに誘い出す?
何もかもが初耳なのだから仕方ないのかもしれない。
2人はしばらく言葉を失い、琴音が言った言葉を理解することだけで一杯一杯のようだった。
「どういう方向で……と聞かれても………」
ようやく理解が追いついたらしいトールが呟いた。
言葉の理解は追いついても、意味まで理解するとは限らない。
「………。」
実際、マリアも、どんな方向かあるのか、疑問だった。
「そうよ、お母さん。どういう方向って……、どんな方向があるっていうの?」
朔乃が聞いた。
「これからも、悪魔が接触して来ても、マリアはただ拒否を続けるだけでいいのか、それとも、二度と悪魔が接触して来ないように、何か策を講じるか———よ。やれやれ。」
当然のように話す琴音の言葉に、恐ろし気に目を剥くトールと朔乃を見て、琴音は溜息を吐いた。
「悪魔からマリアを守るのに、一番手っ取り早く確実な方法は、ここで暮らすこと。でも、それだってマリアを守ることが出来るだけで、悪魔との契約が無くなる訳ではないから、マリアは狙われ続けるし、グレース家に生まれた女の子は悪魔に連れ去られ続ける。そして、マリアだけが生き延びていることを、やがては親戚中の人達に知れ渡る日も来るだろう。知ったら考える者がきっと出て来る。自分達の子も黒石神社に逃げ込めないだろうかと。1人目を受け入れれば2人目も受け入れなければならなくなる。そうしてどんどん増えていく。それでは困るんだよ。うちは駆け込み寺ではないんだから。でも、マリアをそのままにしておく訳にもいかないから、凪をマリアの傍に置くことにした。2人もそれで了承した。そうだね?」
「………はい。」
「……そうだけど………」
「マリアを、グレース家に生まれる女の子を、この先もずっと、悪魔に狙わせるつもりかい?」
「………。」
「………。」
畳みかけるように問い掛けた琴音の言葉に、トールも朔乃も言葉を失った。
琴音は、悪魔を退けるつもりだ。
何百年と続いていたグレース家と悪魔との契約を終わらせるつもりだ。
しかし、その方法が恐ろしくて誰も聞けない。
「二度と悪魔が接触して来ないようにするのって……、どんな方法があるの?」
意を決して、マリアは聞いた。
出来ないと思っていることを、琴音は言わない。
出来ると思っているからこそ、琴音は提案するんだと、マリアは思った。
「マリアはどんな方法があると思う?」
琴音は逆に聞いて来た。
考えてごらん?———と、まるでマリアを試しているみたいな聞き方だった。
「………。」
マリアは考えてみた。
B・Bが契約を破棄にする。
“破棄にする”というのは、契約で得ていたものを諦めるということ。
諦めてもいいと、考えることだ。
では、“得ていたもの”とは、なんだろう?
「B・Bは、あっ、B・Bっていうのは悪魔のことね。B・Bは女の子をどうしているのかな?女の子の命を食べているのかな?」
「ひっ!」
「やめて!」
マリアの発言に、トールと朔乃は怯えた。
まるで、生きたまま頭から齧られる様子を想像したみたいな怯え方だった。
そんな様子を想像して言った言葉ではなかったが、マリアは慌てて謝った。
「ごめん……」
「分からないなら、聞いてみたらどうだろう?」
琴音が提案した。
「え?」
マリアは聞き返した。
「分からないなら、直接、聞いてみたらいいんじゃないかしら?」
琴音はもう一度言った。
「なっ、なんてことを‼」
「何を言い出すのよ、お母さん‼」
トールと朔乃は怒った。
「………。」
マリアは考えた。
B・Bに、グレース家に生まれた女の子は今までどうなったのか、聞いてみる。
B・Bは正直に話してくれるだろうか?
使い魔達は?
話してくれるだろうか?
嘘の付けないあの男の子だったら?
ルイーザとドロシーのことも聞いてみたい。
助けたいと思っていたのに、助けることが出来なかった2人の結末。
関わってしまったジャックとノーラの、これからの事。
結局、あの場に行ったマリアは役立たずで、誰も救うことは出来なかった。
「わたしは……、聞いてみたい。死んだ女の子達はどうなったのか。契約は何の為だったのか。契約には何の意味があるのか……、B・Bに、直接、聞いてみたい。」
「何を言い出すんだ!」
「マリア!やめて!」
トールと朔乃は、間髪入れずに、マリアの希望を拒否した。
マリアは、トールと朔乃を宥めるように、続けた。
「大丈夫。凪にも一緒に居てもらう。それに、B・Bは、銃とか、ナイフとか、そういう武器で、どうこうするわけじゃないから、取り込まれないようにすれば、大丈夫。凪には、わたしが取り込まれないように見ててもらう。大丈夫。きっと大丈夫だから、ね?グレース家に生まれた女の子で、生きているのは、わたしだけ。グレース家に生まれた女の子の中では、わたしはきっと最強よ。最強のわたしが決着をつけなきゃダメだよ。B・Bと話せるのはわたしだけだし、訊かなきゃ分からないんだから、わたしはB・Bに訊く。訊いて解決させる。契約を終わらせる。そうしよう?パパ、ママ。だから、許して?」
「うっ…、くっ……」
トールは俯き、両腕を力を入れ、泣き崩れるのを耐えていた。
「だめ…、だめよ…」
朔乃は両手で顔を覆い、駄々を捏ねるように首を振っていた。
トールと朔乃に向かって、琴音は言った。
「良い娘に育ったじゃないか。勇気がある。正義がある。誇りに思いなさい。」
「大丈夫。わたしがついて居る。必ず守ると誓おう。マリアを、わたしを、信じて欲しい。あなた達の娘は、何があろうと絶対に悪魔には渡さない。」
人の姿に変わった凪が、トールと朔乃の背中を慰めるように撫でながら、優しい声で、しかし、力強く、誓いを立てた。
琴音の部屋に漂う重苦しい雰囲気とは裏腹に、琴音の部屋の窓に吊るしてある風鈴が、涼し気な音色を奏でている。
「ママぁー‼」
お風呂から戻って来たアルフの声が、廊下の方から聞こえて来た。




