#50 前進
「神楽殿の清掃をしたい———だと?」
マリアは凪に申し出た。
結衣と朝衣花の為に何が出来るかを考えた末、思いついたことがそれだった。
「結衣ちゃん、舞を覚えるの、頑張っているでしょ?その頑張っている時間、わたしは神楽殿を綺麗にする時間にしようと思って。結衣ちゃん、朝衣花ちゃん、頑張れって思いながら綺麗にするから。凪、おばあちゃんの許可をもらって。」
神社の事務的仕事は新太がしている。
その手伝いをしているのが元暁で、巫女に指示を出しているのが陽菜乃だ。
本来、神楽殿の掃除は、新太に申し出るのが筋なのだろうが、マリアを預かりものと認識しているだろう新太に言っても、掃除をさせてもらえるとは思えず、マリアは凪に頼んだ。
案の定、新太は、マリアにそんなことをさせる訳にはいかないと、言ったらしいのだが、琴音の一言により、了承したという。
『マリアの好きにさせておやり。』
「琴音には琴音の考えがあるのだろう。好きにするといい。」
そう言って、凪も反対しなかった。
神楽殿とは、神様に舞を奉納する場所であり、その舞を四方から見ることが出来るように作られている。
普段は板戸によって閉ざされているのだが、夏祭りで使用することが決まってからは、昼間だけでも戸を外し、風を通すようにしていた。
マリアは、朝衣花と結衣が舞の練習を始めると、神楽殿に行き、掃除を始めるようになった。
天井の埃を取り、床を掃き、隅々まで水拭きをした。
ここで、朝衣花と結衣が舞を舞う。
片手に鈴を持ち、淑やかに、厳かに、優美な舞を舞う。
「………。」
その姿を想像するだけで、心が洗われるようだった。
「最近、神楽殿の掃除もしているんですってね。」
神楽殿の清掃を終え、掃除用具を社務所に戻していると、結衣に声を掛けられた。
見ると、マリアの近くで、私服姿の結衣が、そっぽを向いて立って居た。
「練習終わったの?」
「………うん。」
「今から帰るの?」
「………そうよ。」
マリアは、結衣の質問には答えず、全く違うことを尋ねた。
結衣は、自分の聞きたいことをはぐらかされて、焦れたのだろう。
ようやく、マリアに顔を向けて聞いた。
「………なんで、神楽殿の掃除、しているの?」
マリアは微笑んだ。
「結衣ちゃんも朝衣花ちゃんも頑張っているでしょ?だから、わたしも頑張ろうって思って。それで、神楽殿の掃除をさせてもらうことにしたの。夏祭り、楽しみにしているね。」
「………。」
結衣は、何も言わなかった。
だが、結衣の視線は漂い、何か言いたいことがあるのに迷っている様子だったので、マリアは待った。
言いたいことがあるのに言わずに居たら、溝は深まるだけだと思った。
自分を知ってもらう為には、相手のことを知る必要がある。
結衣にマリアを分かってもらう為には、結衣のことも分かろうとする努力が必要だと思った。
やがて、結衣は決心したように口を開いた。
結衣の顔は赤かった。
「凪様のことは……、まだ認めていないからね……。」
「………っ‼」
マリアは驚いた。
驚いたが、すぐに笑みを深めて言った。
「凪のことも、認めてもらえるように頑張るね。」
少しだけ、結衣との距離が縮まったような気がした。




