#49 心を近づける為の第一歩
結衣は、マリアの母・朔乃の妹・望の娘で、時々、黒石神社の手伝いをしている中学3年生。
陸上部の長距離選手だった為、部活が忙しく、黒石神社に顔を出すのは、お盆とお正月ぐらいだった。
マリアと話をしたのも、10回に満たない程度。
琴音の家に親戚中が集まって食事をした時や、神社でたまたま出くわして立ち話をしたぐらいだ。
それでも、気さくに話し掛けて来てくれていたので、内気な日本人の中でも社交的で積極的な人なんだろうと、マリアは思っていた。
実際に、積極的ではあるのだろう。
結衣の中学校では、3年生は1学期で部活を引退することになっているので、今年の夏休みは、自由になる時間がたくさんあったのだという。
そこに、祭りで舞を披露するという話が持ち上がり、以前に舞を舞った経験のある朝衣花の他に、もう1人———という話を耳にした結衣は、自ら手を挙げたらしい。
「受験生なんだから、舞どころじゃないでしょう?って、言ったんだけどね。どうしてもやりたいって…。で、結局、結衣に決まったの。でも、本当は、みんな、珠央ちゃんに頼みたかったの。珠央ちゃんの方が、朝衣花ちゃんと年も近いし、身長も同じぐらいで、2人が並んだ時、バランスが綺麗で映えるから。分かるのよ、わたしも。だけどね。結衣がやりたがっているの知ったら、珠央ちゃん、遠慮しちゃって。本当に、結衣には頑張ってもらわないと。ほんっとう!みんなに申し訳ない。」
マリアの巫女装束の着付けをしながら、望は結衣の話をマリアに聞かせた。
娘を応援したい気持ちと、周りの人に申し訳ないと思う気持ちが入り混じっていた。
マリアが凪と一緒に居ることに対し、結衣が悪く言っていたことにも、申し訳なく思っているに違いない。
「でも、結衣ちゃん、頑張っているって、望おばちゃん、言ってたよ。」
マリアは言った。
日本へ1人で来た日、空港から黒石神社へ向かう車中で、望ははっきりと言っていた。
『夏祭りの巫女舞は、朝衣花と結衣が舞うことになったの。マリアちゃん、去年の夏にも会ったでしょ?確か、結衣とマリアちゃんは同い年だったわね。結衣は、今年初めて舞うことになったの。毎日すっごく練習している。マリアちゃんも応援してあげてね。』
嬉しそうに、少し誇らし気に、望は言っていた。
あれは、偽りのない心からの言葉だと、マリアは思った。
「頑張っているのは、分かるんだけどね……」
望は、少し俯き、恥ずかしそうに笑った。
「誰にでも、向き不向きはあると思うの………。あの子には向いていないような気がする………。」
「………。」
マリアは、何も言えなかった。
結衣が向いているのか、向いていないのか、マリアにはわからなかった。
夏祭りまで、あと10日。
日本ではお盆という期間で、その期間の中の1日に、夏祭りは行われる。
お盆というのは、遠くに居る家族が戻って来る期間なのだと、マリアは、昔、朔乃から聞いたことがある。
たくさんの人達が帰って来るので、この時期を避けて日本に行くのだと、朔乃は言っていた。
だから、マリアは黒石神社の夏祭りを見たことがなかった。
それが、今年、初めて見ることが出来る。
体験することが出来る。
しかも、今年が3年ぶりとなる舞まで見ることが出来るので、マリアはとても楽しみにしていた。
来週来る、クリスもアルフも、きっと喜ぶだろう。
トールと朔乃も喜んでくれるに違いない。
そう思うと、マリアの楽しみは、さらに増した。
「例年通り、この辺りを屋台に開放することにして……、こっちに幾つかベンチとテーブルを用意しますか?」
「ゴミ箱の数は、去年よりも増やす予定です。」
「喫煙もアルコールも、禁止でお願いしますね。」
地域の人達が訪ねて来て、胡太郎と新太と元暁の3人と、夏祭りの打ち合わせをしている姿が目に入った。
「………。」
マリアは夏祭りが近づいて来ていることを実感した。
午後になると、朝衣花と結衣が、舞の練習を始めた。
指導をするのは、朝衣花の母である陽菜乃だった。
笛の音と太鼓の音、鈴の音も聞こえる。
通しで出来るようになるまでは、神楽殿では舞わない決まりになっているらしく、練習は、社務所の奥にある会議室で行われていた。
会議用の机や椅子を全部部屋の隅にどかし、絨毯のような、マットのようなものを床に敷いて、その上を滑るような足取りで練習している。
覗いてみて分かったことだが、聞こえて来ていた音は、生の演奏ではなく、録音されていたものだった。
いつの時代のものか分からないが、ゆっくりとした笛の神聖な音色に、太鼓の厳かな音が重なっていた。
朝衣花と結衣が持つ鈴が、澄み渡るような響きで鮮やかな色を添えている。
これが、『神楽』というものであるらしい。
神に捧げる舞なので、間違いがあってはならず、更には、2人の舞が揃っていなければならないという。
指先からつま先まで気を配り、首を曲げる角度、腕を曲げる角度、膝を曲げる角度まで決まっているというのだから驚きだ。
2度目となる朝衣花も3年ぶりで、何度も注意を受けていた。
初めて舞う結衣に至っては、振りを覚えるだけでも大変そうだった。
これだけ大変な思いをして練習していたのだ。
結衣の目にはきっと、マリアが毎日、凪と遊んでいるようにしか、見えていなかったのかもしれない。
ならば、あの言い方も、仕方がないかもしれないと、マリアは思った。
彼女たちの為に、何か出来ることはないだろうか?




