#48 初めて知った悪意
「本日もよろしくお願いします。」
本殿に入ると、マリアは、清掃を始める前に、御弥之様が御座すという内陣と向き合い、正座をして挨拶をしてから、しばらくの間、静かに待った。
何をするわけでもなく、ただ無言で、何も考えないように心掛けて、御弥之様からの導きのような何かがあるのを、じっと待った。
初日に挨拶をしてから、毎日続けている。
何か、差し示してもらえる何かが、もしかしたらあるかもしれないと思い、毎日、続けていることだった。
浅はかだと、凪は笑い飛ばしたりしなかった。
無駄なことだと、琴音も止めたりはしなかった。
しかし、まだ何の変化も得られていない。
マリアは、琴音が言った『諦めてはいけない』という言葉に従い、御弥之様からの導きがあるのを、ひたすら待っていた。
本殿の清掃が終わると、マリアは凪と一緒に、本殿の傍にある祠の掃除もするようにしていた。
ヒトの姿であろうとなかろうと、マリアは凪と一緒に居ることが多かった。
凪が琴音の傍に居る時も、マリアは必然と、その近くに居る。
勿論、離れているようにと言われたならば、その場から離れるつもりでいた。
だが、実際には離れているようにと言われたことはなかったし、邪魔だと言われない限りは、出来るだけ凪の傍に居ようと、マリアは考えていた。
神の使いである凪の行動は、御弥之様の心に寄り添った行動に違いないと思ったからで、凪の行動を見習うことが、御弥之様の心に近づくことが出来る近道であるような気がしたからだ。
だから、凪が境内の中を箒で掃けば、マリアも箒を持ち、境内の中を掃いて回っていたし、凪が拝殿の拭き掃除を始めれば、マリアも一緒に拭き始めた。
まるで、親鳥の後ろをくっついて歩く雛鳥のように、周りからは見えていたかもしれない。
それでも、好意的ではない目があるとは、マリアは思っても居なかった。
「どうしてあの子は、いつも凪様と一緒に居るの⁈」
「……?」
1日の清掃を終え、マリアは掃除道具を戻す為、社務所の中を歩いていると、女の子の怒っている声が聞こえた。
「夏休みの間、日本に遊びに来ているだけなんでしょ?それなのにどうして巫女の格好をして、毎日、凪様に引っ付いて歩いているのよ⁈」
「………っ⁈」
凪の名前が聞こえたことで気になり、声が聞こえた部屋の中をこっそり覗いたマリアは驚いた。
声の主は結衣。
望の娘で、近く行われる予定の夏祭りで、初めて舞を舞うことになっている。
マリアとは同い年で、マリアは、結衣は自分と仲良くしてくれていると思っていた。
『わたし、結衣。同じ歳なんだってね。よろしくね。』
『英語も日本語も話せるなんてすごい。英語の宿題で分からないところがあったら聞いてもいい?』
明るくて、優しくて、気軽に話し掛けてくれていた。
まるで、友達のように………。
だけど、本当は違っていた?
マリアはショックだった。
「結衣!マリアちゃんは、凪様が視えるの。私達とは違うのよ。おばあちゃんも言っていたでしょ?マリアちゃんは視える所為で色々と大変なことがあったって。だから、おばあちゃん家に泊まって、神社のお手伝いをすることになったの。マリアちゃんはマリアちゃんで色々大変なのよ。凪様はおばあちゃんに言われて、マリアちゃんのお手伝いをしているだけでしょ?変な言い方しないの!」
「それにしたって!べたべたして可笑しいわよ‼」
望は必死に結衣を宥めていて、結衣は苛立ちが止まらない。
「………。」
マリアは、どちらの言葉にも、ショックを受けた。
凪は神使だ。
神使なのだから、宮司である琴音に言われたならば、従うしかない。
問題があるとしたならば、マリア。
たかだか人間が、神使に馴れ馴れしく話し掛けてはいけなかったのかもしれない。
いや、視えることをあからさまにし過ぎてしまったのだろうか?
もう少し謙虚に………視えない振りをするべきだった?
「………?」
なぜか、胸がざわざわした。
視えることを知らない人達に、視えることを知られたくなくて、距離を置いてきた。
視えることを知られている人達に、視えることをあからさまにするべきではないから、また距離を置く?
視えることが悪いの?
いや、凪にばかりくっついて歩いていたことがいけなかった?
「結衣ちゃん‼」
マリアは、意を決して部屋の中に入った。
結衣は、舞の練習をしていたのだろう。
巫女装束とは違う衣装を着ていた。
マリアの突然の登場に、驚いた顔をしていたが、マリアは構わずに続けた。
「ごめんね、結衣ちゃん。わたし、自分のことばっかりで、他の人がどう思っているかなんて、全然考えてなかった!もう、凪にくっ付いてばかり居ないから!他のことにも目を向けるようにするから!」
「………。」
「………マリア……ちゃん?」
結衣は驚いて言葉が出ない様子だったが、結衣の母である望が、恐る恐る声を掛けた。
マリアは、驚く2人に笑顔を見せ、結衣の服装を指差して、言った。
「それ、お祭りのときに着る衣装?とっても綺麗。練習、頑張っているって聞いたよ。明日、練習、見に行ってもいい?」
泣きそうな顔をしていることは、隠すことは出来なかった。
それでも、絶対に泣かないように努力をして、マリアは出来る限りの笑顔を作った。
知らない間に向けられていた悪意は、自分自身が原因であったとしても辛いものだ。
入ってしまった亀裂の修復は、どうしたらいいのか分からない。
努力をしよう。
分かり合う為の努力をしよう。
マリアは、溢れそうになる涙を、ぐっと堪えた。
「………うん。」
結衣は、気まずそうにだが、マリアの申し出を、小さな声で、了承した。




