#43 心の整理
日本の夏は、こんなにも暑かっただろうか?
ジメジメとギラギラが混在していて、じっとして居ても汗が出る。
ジージーというセミの声も、暑さを助長させているような気がしてならない。
「………あつい。」
マリアは、今、黒石神社に居る。
マリアはルイーザのお葬式に参列することは出来なかった。
参列することが許されたのは、学園の先生だけ。
他にも、参列することが出来た人は居たのだろうが、ニコラス学園の生徒では誰も参列することが許されなかった。
ずっと気になっていた。
『居てくれるだけでいい——だなんて、愛されていなければ言われない。わたしは一度だって言われたことない。』
『わたしが居なくなれば、ママもパパもホッとする。』
ルイーザの家族が、ルイーザの死を悲しんでいないわけがないと思い、マリアは、イギリスを出発する前日の夜に、ルイーザの家をこっそりと訪ねた。
勿論、ルイーザの家族がルイーザの死を嘆き悲しんでいる姿を、ただ見たいと思ったからではない。
ルイーザの死を、ルイーザの家族が悲しんでいることを確かめたかっただけだった.
ほらね?ルイーザ。あなたの家族は、こんなにもあなたのことを愛していたのよ。
そう心の中で、ルイーザに語り掛けたかった。
しかし、通常のベトソン家の様子を知らないマリアには、覗き見たルイーザの家族が、以前から淡々とした交流しか持たない家族なのか、ルイーザの死の悲しみにより、淡々とした交流しか持たないようになってしまった家族なのか、判断することは出来なかった。
夕食は無言で。
夕食の後は、談笑も無く、それぞれの部屋へと戻っていく。
家族と言うには、余りにも淡泊に見えた。
しかし、その様子を、ルイーザが愛されていなかった証拠とは思えなかった。
マリアは、思いたくなかっただけなのかもしれない。
凪にもマリアは何も言わなかったし、凪もマリアに何も言わなかった。
ルイーザを失ったことで、家族の関係が淡泊になってしまったのかもしれない。
マリアは、そう考えることで、ルイーザが愛されていなかったとは、思わないことにした。
うやむやな気持ちを抱えたまま、マリアはイギリスを出発した。
心配そうなトールと朔乃に見送られ、マリアは飛行機に乗った。
日本に到着したマリアを、空港まで迎えに来ていたのは、望と元暁だった。
望は、朔乃の妹で、元暁は、朔乃の兄である新太の息子だ。
マリアは、望と元暁と一緒に黒石神社へ向かった。
移動は、元暁が運転する車だった。
元暁は24歳で、まだ若い青年なのだが、神職に就いて居るとあって、派手なスポーツカーでも、格好いい高級外国車でもなく、何かと使い勝手の良い地味目なバンに乗っていた。
そのこと自体に、マリアが不満に思うはずは無く、しかし、座席スペースには2人しか乗れないので、当然マリアと荷物は、荷台スペースに乗ることになってしまったことには、マリアは多少の不満を抱いてしまった。
勿論、元暁は安全運転を心掛けてくれたし、お尻が痛くならないように———と、畳んだ毛布を椅子代わりに使わせてくれたりもした。
それでも、荷物の中に身を置いているだけのマリアは、シートベルトで固定されている訳ではないので、曲がり角やカーブなどでは、自然と生まれた遠心力と闘わなくてはならなかった。
右に左に揺れる度、足を踏ん張り、体勢を保つ。
長旅の後の身体には、かなり堪える試練だった。
そんな車中で、専ら話していたのは、望だ。
もうすぐ黒石神社の夏祭りがあり、今年は2人の巫女が舞を披露することになったと言う。
『夏祭りの巫女舞は、朝衣花と結衣が舞うことになったの。マリアちゃん、去年の夏にも会ったでしょ?確か、結衣とマリアちゃんは同い年だったわね。結衣は、今年初めて舞うことになったの。毎日すっごく練習している。マリアちゃんも応援してあげてね。』
朝衣花は、望のいとこの娘で、結衣は、望の娘。
毎年思うことだが、月城家は、親戚みんなが丸ごと一つの家族のようだ。
誰が誰の子供で、誰と誰が兄弟で、誰と誰がいとこなのか、マリアは随分と昔に憶えることを止めてしまった。
名前を憶えるだけでも大変で、そこまで覚える余裕がなかったから———というのが理由だが、それで良かったと、マリアは思っている。
名前を呼んで、日本語で話しかけると、月城家の人達は、みんな笑顔で、嬉しそうにしてくれた。
黒石神社に着くと、まず、琴音の元へと案内された。
日に三度、祈りを捧げている琴音が居る拝殿で、マリアは琴音と二人きりになり、今まで抱えていた思いの丈を、やっと打ち明けることが出来た。
誰にも言えなかったからだろうか?
途中、感情が高ぶり、マリアは泣き出してしまった。
『どうすることが正しかったのか、わたしには分からないの!何も出来なくて、ルイーザを死なせてしまった。ルイーザはわたしのせいで死んでしまったのかもしれない!わたしがB・Bに狙われているから。次はもっと親しい友達とか、家族とか、わたしの大切な人が、B・Bに目を付けられてしまうかもしれない。犠牲にしてしまうかもしれない。そのことを考えると、不安で堪らないの。誰とも関わってはいけないんじゃないかって、考えてしまう。1人で、ずっと1人で居た方がいいんじゃないかって思ってしまうの。助けることが出来ないから…。守ることも、救うことも出来ないから…。わたしには何の力も無い。何かが出来るとも思えない…。わたしは役立たずなの…』
めそめそしながら話すマリアの話を、琴音は黙って聞いていた。
そして、優しい手付きでマリアの頭をそっと撫で、静かに言った。
『マリア、あなたは役立たずでは無いわ。この世に役立たずは存在しないの。もしも自分は役立たずだと思う人がいたなら、その人は、まだ自分の役目に気付いていない、見つけることが出来ていないだけなのよ。マリアも、そう。だから、出来ることがあることに気付く必要があるわね。大丈夫。あなたに出来ることは、きっとあるし、必ず見つけることが出来る。協力しましょう。………そうね、まずは本殿の清掃をお願いしようかしら。でも、明日からね。明日から、凪と一緒に、本殿の清掃をお願いします。今日はゆっくりと休んでちょうだい。長旅で疲れたでしょう?陽菜乃が部屋まで案内します。今日はゆっくりとお休みなさい。』
拝殿を出ると、琴音の言葉通り、巫女姿の陽菜乃が待っていた。
マリアは陽菜乃の案内で琴音の住居に向かった。
琴音の住居は、社務所の裏手に広がる森の中にある。
黒石神社の境内の中なので、黒石神社から向かう事も出来るし、黒石神社を通らず、黒石神社を囲む森を抜けて向かうことも出来る。
琴音の住居には琴音だけが住んでいて、他の月城家の人達は、境内の外に家があり、通いで働いている。
但し、祭りなどの神事の前には、琴音の住居に泊まり込んで準備をすることもある。
マリアは毎年、琴音の住居に泊まっていた。
使う部屋はいつも同じ。
今年も、マリアに用意されたのは、同じ部屋だった。
家族一緒に使っていた時には感じなかったが、1人で使うには広く、寂しく感じた。
障子を開けると縁側があり、庭を見ることが出来る。
軒下には風鈴がぶら下がっていて、時々、心地よい音色を奏でていた。
『お昼ご飯の用意が出来たら呼びに来るから、それまでは楽にしていると良いわ。』
陽菜乃は冷たい麦茶を出してくれた。
望が昼食の用意をしてくれているのだと言う。
まだ仕事が残っている為、陽菜乃は神社に戻って行った。
マリアは、部屋にあった座布団を持って縁側へ行き、横になった。
縁側の方が涼しいと思ったからだった。
実際、縁側で横になっていると、そよぐ風と風鈴の音色が心地よく、マリアはいつの間にか眠ってしまった。
しかし、目覚めた時には、汗だくになっていて—————
そして、今に至る。
日本の夏は、こんなにも暑かっただろうか?




