#42 打開策
「1人で日本へ行く?」
その日、マリアはトールと朔乃に、夏休みに入ったら、1人でも、すぐに日本へ行きたいと願い出た。
「パパとママは、アルフとクリスと一緒に、ラフバラ―のおじいちゃんの所へ行って来たらいいと思う。日本へは、その後に来てくれたらいいわよ。わたしの所為だったんでしょ?ずっと行かなかったの。日本にしか行かなかったのも、わたしの所為だったのよね?」
「マリア……」
マリアは、家族旅行が日本ばかりであることを、小さい頃、不思議に思っていた。
友達は、色々な国へ行っているのに、どうして自分は日本にしか連れて行ってもらえないのだろうと、不満に思ったこともある。
しかし、契約のことを知り、B・Bと会い、本当に自分は悪魔に狙われているのだと分かり、マリアは気付いた。
なぜ、日本だけなのか———を。
悪魔に狙われているから、何処にも行けなかった。
悪魔に狙われていても、生きているから、ラフバラ―に居る祖父母の所へも、マリアを連れて行くのをやめてしまった。
おそらく、今までたくさんの女の子を失って来ただろう祖父母や親戚達が、マリアを畏怖の目で見てしまうのは仕方がないと思いながらも、嫌だったろうし、どうやって退けているのかと、色々聞かれても困ってしまうのだろう。
マリアが悪魔を見たことは言えないし、琴音のことも話すわけにはいかなかったのだろうから。
言っても言わなくても、ずるいと思われるのなら、行かない方が良いと判断したに違いない。
でも、トールも朔乃も、アルフもクリスも、会いたく無い訳ではない筈。
ラフバラ―に居る祖父母も、トールの親戚達も、トールには勿論、朔乃にも、アルフにも、クリスにも、会いたいと思っているに決まっている。
だから、会いに行くべきだと、マリアは思った。
「わたしのことは、心配しなくても大丈夫よ。飛行機に乗りさえすれば、日本へは着くのだから。空港には、おばあちゃんちの誰かに迎えに来てもらう。ね?大丈夫そうでしょう?」
マリアの提案に、トールも朔乃も、あまり良い顔をしなかった。
最近、マリアの周りでは、不穏なことが立て続けに起きていることが原因だ。
それらに悪魔が関わっているとは思っていなくても、今は目の届くところに居て欲しいと、思っているに違いない。
それでも、マリアは引き下がらなかった。
あの夜、マリアが部屋を抜け出し、ルイーザとノーラに会ったことは、トールも朔乃も知らない。
あの夜、何があったのかを、トールと朔乃には知られてはいけないと、マリアは思っていた。
しかし、あの夜のことを琴音に話さなければ、マリアは沈んだ気持ちのままだし、不安は消えない。
その為に、マリアは1人で日本へ行く必要があった。
「凪はどう思う?1人で行くのは無謀?おばあちゃんもダメって言うかな?」
「琴音はダメとは言わないと思うが…。子供が1人で飛行機とやらに乗ることは許されているのか?わたしは一緒に乗れないのか?」
トールと朔乃から、許可をもらえなかったマリアは、凪に相談した。
凪は飛行機に興味を持っていたが、凪が飛行機に乗れないことは、マリアにも分かった。
「凪はパスポート持ってないでしょ?」
「ぱすぽーと?」
「おばあちゃんに話してみてよ、凪。凪はおばあちゃんと話せるんでしょ?」
「自分で話せばいいだろう。祠のお札に向かって話せば、琴音には聞こえる。」
パスポートが何なのか、マリアに答えてもらえず、凪は少し不機嫌だった。
マリアは、祠の前に座って、手を合わせた。
「おばあちゃん、わたし、夏休みに入ったら、1人で先に日本へ行きたいの。おばあちゃんに聞いて欲しいことがあるの。パパとママには言えない。話すことは出来ないの。だから、協力して?パパとママに、マリアは1人でも大丈夫だって、説得して?お願いします。どうしても、おばあちゃんに聞いて欲しいの。おばあちゃんじゃないとダメなの。わたしが1人で日本へ行けるように、パパとママを説得してください。お願いします。」
祠に向かって、琴音にお願いをした、その日、トールと朔乃は、マリアを1人で日本へ行かせることを許可しなかった。
その次の日も、その次の次の日も、許可が出ることは無かった。
1週間が過ぎ、2週間が経っても、トールと朔乃は許してくれない。
琴音が説得している様子もなかった。
「おばあちゃんもダメだと思っているってこと?」
夏休みが目前に迫っているのに、未だに許可がもらえなくて、マリアは絶望的な気持ちになった。
琴音にも賛成してもらえないなら、日本へ行っても、相談を聞いてもらえるのか、不安になる。
「あら、日本から?おばあちゃんからよ。」
夏休みになる5日前に、琴音から、トールと朔乃宛てで、手紙が届いた。
「マリア、もしかして、おばあちゃんに相談した?」
勘のいい朔乃は、すぐに言い当てた。
リビングに戻って来た朔乃は、琴音からの手紙をトールに渡した。
トールが封を開けて、中から手紙を取り出した。
中には、まだ何か入っていたみたいで、トールは封筒の中を覗き、それも取り出す。
「これは……」
チケットだった。
それも、航空チケットだ。
「何、何?日本のおばあちゃん、何を送ってくれたの?パパ、早く手紙読んで。」
アルフが身を乗り出して、トールにせがんだ。
トールは手紙を朔乃に渡し、チケットをじっと見つめた。
「ママ、早く読んで。」
「トール、朔乃、クリス、マリア、アルフ、みんな元気ですか?私も、月城のみんなも元気です。」
朔乃は、心配そうにトールを見ていたが、アルフにせがまれ、手紙を読み始めた。
「クリス、マリア、アルフは、もうすぐ夏休みですね。今年も会える日を楽しみにしています。ですが、今年は、ラフバラ―で暮らすおじいさんとおばあさんにも、あなたたちの元気な顔を見せてあげて欲しいと思っています。アルフは、まだ1度も会ったことがないのではないでしょうか。きっと会いたがっていると思いますよ。トールもクリスも、もう何年も会っていないのではないですか?折角ですから、みんなで出掛けてみてはいかかでしょうか?マリアは月城家で預かります。空港から飛行機に乗るところまでは、トールと朔乃が、しっかりと見届けてください。後のことは、こちらが全部、請け負います。心配は要りません。マリアは、今年、15歳です。自分で考え、自分で判断できる歳です。私たち大人がするべきことは、支え、励まし、見守ることです。彼女の成長を喜び、送り出してください。マリアの航空チケットを同封しました。夏休みの3日目です。後から来る4人の分は、トールにお願いしますね。マリア、1人で先に、日本へいらっしゃい。待っていますよ———琴音より」
「おばあちゃん!」
「えー!マリアだけ日本に行くの?」
手紙を読み終えるのと同時に、マリアは喜び、アルフは文句を言った。
「………」
クリスは何も言わず、心配そうにマリアを見ている。
「あなた……」
朔乃がトールに声を掛けた。
トールは、しばらく黙っていて、決断できない様子だったが、やがて、観念したように、深く息を吐き、マリアに言った。
「マリア、今回は、日本へ先に1人で行くことを許すよ。でも、約束をしてくれ。パパとママは、琴音おばあちゃん程には力になれないかもしれないが、マリアを愛しているし、大切に思っている。だから、あまり1人で解決しようとしないでくれ。急いで大人になろうとしなくていいから。まだまだパパとママに守らせて欲しい。これからはパパとママにも相談して欲しい。約束してくれるね?」
「うん。わかった………。ありがとう、パパ。ありがとう、ママ。」
マリアは、日本行きの航空チケットを、トールの手から渡された。
『マリアは家族に愛されているのね。』
ルイーザの言葉を思い出した。
本当に、ルイーザは愛されていなかったのだろうか?
子供を愛さない親なんて、本当に居るのだろうか?
『わたしもママに愛されたかった。』
ドロシーも言っていた。
2人は今、幸せなのだろうか?
嬉しいはずなのに、マリアの心は、まだ暗く沈んだままだった。




