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約束と契約  作者: オボロ
40/114

#40 敗北


マリアは考えを巡らせた。

確かに、ノーラを目覚めさせて、ここから逃げても、ルイーザとドロシーは救われない。

おそらく、今回のことで、ルイーザの噂は更に輪をかけて酷いものになるだろう。

ジャックとの関係が、良くなることはないに違いない。

ドロシーは、きっと消えてしまう。

ルイーザと一緒に居ることは、もう出来なくなる。


「………。」


マリアには、それを解決する妙案が浮かばなかった。


「ルイーザ、今頃、君のご両親は、君を探し回っている。君がノーラに何かするのではないかと心配して、たくさんの大人達が集まって、君とノーラを探して回っているんだ。今、家に帰って、ノーラが無事に目を覚ましたとしても、君を見て、君が無事でよかったと、果たして大人達は言うだろうか?君の無事を喜んでくれると思うかい?」

「やめて‼」


突然に語り掛け始めたB・Bの話の内容に、マリアは叫んだ。

こんな言い方をしては、ルイーザは家に帰ることを怖がってしまう。

帰りたくないと思ってしまう。


しかし、B・Bはやめなかった。


「お母さんはどう思っているだろう?ノーラの両親はどうかな?君を許すかな?君の親に何も言わないかな?学園には行ける?昔のように通える?」


ルイーザは震えていた。

溢れ流れる涙は、止まらなかった。

震える両手で口元を隠し、涙が溢れる目でB・Bを見つめて懇願する。


「もうやめて。わたし、帰らない……帰れない……」


B・Bはルイーザを怯えさせるのをやめた。

優しく微笑み、左手をドロシーに向けて差し出し、握り拳を作って、引っ張る動作をした。

すると、ドロシーの身体は滑るように、B・Bの方へと引き寄せられた。

B・Bはドロシーを隣に立たせ、ドロシーの肩に手を乗せる。

その瞬間、ルイーザにも、ドロシーの姿が見えたのだろう。

ルイーザは、突然に現れたドロシーを見て、驚いていた。


「彼女はずっと、ルイーザ、君の傍に居た。彼女はドロシー。親に愛されず、友達にも恵まれず、独りぼっちだった。同じような境遇の君が気になって、ずっと傍に居たんだよ。君は気付かなかっただろうけど、ずっとだ。」

「ずっと?」

「そう、ずっと。ルイーザ、君は望まない家族と一緒にいるより、一緒に居たいと望むドロシーと一緒に居た方が幸せなんじゃないかな?選ぶんだ、ルイーザ。君を愛していない家族の元へ戻るのか、君と一緒に居たいと望む彼女と共に逝くか。君の人生なんだから、君が選んでいいんだよ、ルイーザ。」

「だめよ、ルイーザ。その男の言葉に騙されないで!」


マリアは叫んだ。

ルイーザがB・Bに言い包められてしまうと感じた。

B・Bは、耳障りのいい言葉で、死ぬことを選ばせようとしているのだと、マリアには分かった。


「お父さんとお母さんが、ルイーザのこと、探しているんだよ?心配しているんだよ?ルイーザのこと、愛しているに決まっているじゃない。帰って来なかったら悲しむよ。一緒に帰ろう?ルイーザ。無事に戻って来てくれて良かったって、お父さんもお母さんも喜ぶから……。居てくれるだけでいいって、思っているはずだから……」

「マリアは家族に愛されているのね。」


ルイーザは、ぽつりと言った。

そして、今にもまた涙が溢れ出そうな目で、マリアを見た。


「居てくれるだけでいい——だなんて、愛されていなければ言われない。わたしは一度だって言われたことない。」

「言わなくても、思っているわよ!」

「言わなくても分かるほど、マリアは愛されているのよ。わたしとは違う。マリアには分からないでしょ?母親に愛されたくて、必死だったわたしの気持ちなんて……。」


「わたしには分かるよ!」


ドロシーが叫んだ。


「わたしもママに愛されたかった。でも、ママはわたしが居るから自由になれないって、わたしを捨てたの。誰も助けてくれなかった。誰も助けてくれなくて、ずっと独りぼっちだった。だから、慰め合える兄弟や姉妹が居たらって、ずっと思っていて……。でも、エドナはルイーザの味方じゃなかったでしょ?わたしは、ルイーザの味方だよ?いつだって一緒に居る。わたしを選んで、ルイーザ!」

「………。」


ルイーザは、ドロシーの、訴えかけるような叫びに、心が動かされたようだった。

差し伸ばされたドロシーの手を、じっと見つめ、その手に引き寄せられていくみたいに、一歩、二歩と、前に進んだ。

幼いドロシーの痛ましい経験に、胸を打たれたのかもしれない。

自分を必要としてくれる人の存在に、心が揺さぶられたのかもしれない。

それでも、このままルイーザを、B・Bの元へ行かせるわけにはいかなかくて、マリアも叫んだ。


「ルイーザ‼ダメ!待って!行ってはダメ!」


ルイーザは、歩を止め、マリアを見た。


「どうして?」

「二度と戻って来れなくなるわ。」

「戻れなくなってもいいのよ。ドロシーが一緒に居てくれるもの。」

「うん。ずっと一緒に居るよ?だから、こっちに来て?ルイーザ。」

「ダメ。行っちゃダメ!そんな方法で解決しないで‼」

「ずっと独りで、苦しむべきだってこと?」

「違うわ!他にも方法があるかもしれないでしょ?」

「無いわ。わたしが居なくなれば、ママもパパもホッとする。エドナは居なくなったことにも気付かないかも。ジャックだって、ノーラだって、わたしのことなんて、すぐに忘れちゃう。」

「そんな………」


マリアは言葉を詰まらせた。

そんなことは無いと、言うべきは自分ではないと思ったからだ。

ジャックが言うべき言葉だと思い、ジャックを見た。

しかし、ジャックには、事の成り行きも、事態の深刻さも分かっていなかった。

一体何が起こっているのか、全く分かっていない様子で、不思議そうにこちらを見ているだけだ。

マリアは絶望的な気持ちになった。


「少なくとも、ジャックはルイーザのこと、忘れないよ。」


ノラが言った。

突然に、思いも寄らないところから発せられた言葉に、マリアは驚いた。

ノラは、使い魔達から離れ、ジャックとノーラの居るところに向かって歩いていた。

使い魔達は止めないし、B・Bも止めない。

真っ直ぐジャックとノーラの所まで行き、ノラは、しゃがみ、ジャックに言った。


「ルイーザのお陰で、ノーラは助かるんだ。ノーラは兎も角、君はルイーザに感謝するべきだ。この先、何があろうと、ルイーザを忘れてはいけない。君は、何処に居ても、何をしていても、事あるごとに、ルイーザのことを思い出す。ルイーザの顔を、ルイーザの声を思い出すんだ。」

「ひっ‼」


ノラの手がジャックの額に触れた。

ジャックは、小さく悲鳴を上げ、両目をぎゅっと瞑って、ノーラを強く抱き締めた。

わずかな時間だった。

たった2~3秒のこと。

ノラの手は、すぐにジャックの額から離れ、ノラは立ち上がった。


「この先、君は決してルイーザを忘れることは出来ないよ。」


そう言ってノラは立ち去る。

ジャックは力なく項垂れていた。

気を失っているようだった。


「何をしたの?」


マリアの問いに、ノラは答えなかった。

ノラが元の場所に戻ると、B・Bはルイーザに向けて右手を差し出した。


「さぁ、ルイーザ。これで君の望みは叶った。ジャックは君を忘れないし、事あるごとに君を思い出すことだろう。次はドロシーの番だ。ドロシーの望みも叶えてあげよう。ドロシーは、君とずっと一緒に居ることを望んでいるんだよ?さぁ、おいで。我々と一緒に行こう。」

「おいで、ルイーザ。」


ノラも言い。


「一緒に行こう。」


ヴィゼも言う。

他の3人の使い魔達は何も言わなかったが、ルイーザを歓迎していないようには見えなかった。

ルイーザは使い魔達を見て、B・Bを見て、ドロシーを見てから、再びB・Bを見て、B・Bを見詰めながら歩き出した。


「行かないで、ルイーザ!」


マリアは叫んだが、ルイーザは止まらなかった。

B・Bの右手に左手を乗せ、B・Bの右側に立つ。

ドロシーがルイーザの右手に手を伸ばし、両手で握った。


「ありがとう、マリア、引き止めてくれて。でも、わたしは行くわ。ごめんね。」


ルイーザは微笑んだ。

行くことが逝くことになると、分かっているのか、疑わしい笑みだった。


『わたし、魔界に招待されたの。』


以前のルイーザなら、言いそうなことだが、まさか、そう思ってはいないだろうか?

家に帰るのが嫌だから、魔界に行く。


家に帰るか、魔界に行くか


そういう選択肢だと思っていないだろうか?

それとも、平気だと、強がって微笑んで見せた?

いや、強がってはいるのだろう。

だけど、死を目前にした恐怖に対しての強がりとは、違っているように思えた。


濃い霧が漂い始めた。

ルイーザの姿が、B・Bや使い魔達、ドロシーの姿と一緒に、濃い霧の中に紛れて見えなくなっていく。


「ルイーザ!死なないで‼」


マリアは叫んだ。

濃い霧の中に消える瞬間、ルイーザの驚く顔が見えたような気がした。


「マリア!」


凪の叫ぶ声が聞こえた。

濃い霧は、マリア達の周りにも漂っていて、B・B達の姿が見えなくなると、更に濃さを増して、マリアの視界を奪っていった。


「凪…、どこ?凪……、凪……」


目の前が真っ白になり、眩暈がする。


「……な……ぎ……」


気が遠くなり、マリアは意識を手放した。



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