#40 敗北
マリアは考えを巡らせた。
確かに、ノーラを目覚めさせて、ここから逃げても、ルイーザとドロシーは救われない。
おそらく、今回のことで、ルイーザの噂は更に輪をかけて酷いものになるだろう。
ジャックとの関係が、良くなることはないに違いない。
ドロシーは、きっと消えてしまう。
ルイーザと一緒に居ることは、もう出来なくなる。
「………。」
マリアには、それを解決する妙案が浮かばなかった。
「ルイーザ、今頃、君のご両親は、君を探し回っている。君がノーラに何かするのではないかと心配して、たくさんの大人達が集まって、君とノーラを探して回っているんだ。今、家に帰って、ノーラが無事に目を覚ましたとしても、君を見て、君が無事でよかったと、果たして大人達は言うだろうか?君の無事を喜んでくれると思うかい?」
「やめて‼」
突然に語り掛け始めたB・Bの話の内容に、マリアは叫んだ。
こんな言い方をしては、ルイーザは家に帰ることを怖がってしまう。
帰りたくないと思ってしまう。
しかし、B・Bはやめなかった。
「お母さんはどう思っているだろう?ノーラの両親はどうかな?君を許すかな?君の親に何も言わないかな?学園には行ける?昔のように通える?」
ルイーザは震えていた。
溢れ流れる涙は、止まらなかった。
震える両手で口元を隠し、涙が溢れる目でB・Bを見つめて懇願する。
「もうやめて。わたし、帰らない……帰れない……」
B・Bはルイーザを怯えさせるのをやめた。
優しく微笑み、左手をドロシーに向けて差し出し、握り拳を作って、引っ張る動作をした。
すると、ドロシーの身体は滑るように、B・Bの方へと引き寄せられた。
B・Bはドロシーを隣に立たせ、ドロシーの肩に手を乗せる。
その瞬間、ルイーザにも、ドロシーの姿が見えたのだろう。
ルイーザは、突然に現れたドロシーを見て、驚いていた。
「彼女はずっと、ルイーザ、君の傍に居た。彼女はドロシー。親に愛されず、友達にも恵まれず、独りぼっちだった。同じような境遇の君が気になって、ずっと傍に居たんだよ。君は気付かなかっただろうけど、ずっとだ。」
「ずっと?」
「そう、ずっと。ルイーザ、君は望まない家族と一緒にいるより、一緒に居たいと望むドロシーと一緒に居た方が幸せなんじゃないかな?選ぶんだ、ルイーザ。君を愛していない家族の元へ戻るのか、君と一緒に居たいと望む彼女と共に逝くか。君の人生なんだから、君が選んでいいんだよ、ルイーザ。」
「だめよ、ルイーザ。その男の言葉に騙されないで!」
マリアは叫んだ。
ルイーザがB・Bに言い包められてしまうと感じた。
B・Bは、耳障りのいい言葉で、死ぬことを選ばせようとしているのだと、マリアには分かった。
「お父さんとお母さんが、ルイーザのこと、探しているんだよ?心配しているんだよ?ルイーザのこと、愛しているに決まっているじゃない。帰って来なかったら悲しむよ。一緒に帰ろう?ルイーザ。無事に戻って来てくれて良かったって、お父さんもお母さんも喜ぶから……。居てくれるだけでいいって、思っているはずだから……」
「マリアは家族に愛されているのね。」
ルイーザは、ぽつりと言った。
そして、今にもまた涙が溢れ出そうな目で、マリアを見た。
「居てくれるだけでいい——だなんて、愛されていなければ言われない。わたしは一度だって言われたことない。」
「言わなくても、思っているわよ!」
「言わなくても分かるほど、マリアは愛されているのよ。わたしとは違う。マリアには分からないでしょ?母親に愛されたくて、必死だったわたしの気持ちなんて……。」
「わたしには分かるよ!」
ドロシーが叫んだ。
「わたしもママに愛されたかった。でも、ママはわたしが居るから自由になれないって、わたしを捨てたの。誰も助けてくれなかった。誰も助けてくれなくて、ずっと独りぼっちだった。だから、慰め合える兄弟や姉妹が居たらって、ずっと思っていて……。でも、エドナはルイーザの味方じゃなかったでしょ?わたしは、ルイーザの味方だよ?いつだって一緒に居る。わたしを選んで、ルイーザ!」
「………。」
ルイーザは、ドロシーの、訴えかけるような叫びに、心が動かされたようだった。
差し伸ばされたドロシーの手を、じっと見つめ、その手に引き寄せられていくみたいに、一歩、二歩と、前に進んだ。
幼いドロシーの痛ましい経験に、胸を打たれたのかもしれない。
自分を必要としてくれる人の存在に、心が揺さぶられたのかもしれない。
それでも、このままルイーザを、B・Bの元へ行かせるわけにはいかなかくて、マリアも叫んだ。
「ルイーザ‼ダメ!待って!行ってはダメ!」
ルイーザは、歩を止め、マリアを見た。
「どうして?」
「二度と戻って来れなくなるわ。」
「戻れなくなってもいいのよ。ドロシーが一緒に居てくれるもの。」
「うん。ずっと一緒に居るよ?だから、こっちに来て?ルイーザ。」
「ダメ。行っちゃダメ!そんな方法で解決しないで‼」
「ずっと独りで、苦しむべきだってこと?」
「違うわ!他にも方法があるかもしれないでしょ?」
「無いわ。わたしが居なくなれば、ママもパパもホッとする。エドナは居なくなったことにも気付かないかも。ジャックだって、ノーラだって、わたしのことなんて、すぐに忘れちゃう。」
「そんな………」
マリアは言葉を詰まらせた。
そんなことは無いと、言うべきは自分ではないと思ったからだ。
ジャックが言うべき言葉だと思い、ジャックを見た。
しかし、ジャックには、事の成り行きも、事態の深刻さも分かっていなかった。
一体何が起こっているのか、全く分かっていない様子で、不思議そうにこちらを見ているだけだ。
マリアは絶望的な気持ちになった。
「少なくとも、ジャックはルイーザのこと、忘れないよ。」
ノラが言った。
突然に、思いも寄らないところから発せられた言葉に、マリアは驚いた。
ノラは、使い魔達から離れ、ジャックとノーラの居るところに向かって歩いていた。
使い魔達は止めないし、B・Bも止めない。
真っ直ぐジャックとノーラの所まで行き、ノラは、しゃがみ、ジャックに言った。
「ルイーザのお陰で、ノーラは助かるんだ。ノーラは兎も角、君はルイーザに感謝するべきだ。この先、何があろうと、ルイーザを忘れてはいけない。君は、何処に居ても、何をしていても、事あるごとに、ルイーザのことを思い出す。ルイーザの顔を、ルイーザの声を思い出すんだ。」
「ひっ‼」
ノラの手がジャックの額に触れた。
ジャックは、小さく悲鳴を上げ、両目をぎゅっと瞑って、ノーラを強く抱き締めた。
わずかな時間だった。
たった2~3秒のこと。
ノラの手は、すぐにジャックの額から離れ、ノラは立ち上がった。
「この先、君は決してルイーザを忘れることは出来ないよ。」
そう言ってノラは立ち去る。
ジャックは力なく項垂れていた。
気を失っているようだった。
「何をしたの?」
マリアの問いに、ノラは答えなかった。
ノラが元の場所に戻ると、B・Bはルイーザに向けて右手を差し出した。
「さぁ、ルイーザ。これで君の望みは叶った。ジャックは君を忘れないし、事あるごとに君を思い出すことだろう。次はドロシーの番だ。ドロシーの望みも叶えてあげよう。ドロシーは、君とずっと一緒に居ることを望んでいるんだよ?さぁ、おいで。我々と一緒に行こう。」
「おいで、ルイーザ。」
ノラも言い。
「一緒に行こう。」
ヴィゼも言う。
他の3人の使い魔達は何も言わなかったが、ルイーザを歓迎していないようには見えなかった。
ルイーザは使い魔達を見て、B・Bを見て、ドロシーを見てから、再びB・Bを見て、B・Bを見詰めながら歩き出した。
「行かないで、ルイーザ!」
マリアは叫んだが、ルイーザは止まらなかった。
B・Bの右手に左手を乗せ、B・Bの右側に立つ。
ドロシーがルイーザの右手に手を伸ばし、両手で握った。
「ありがとう、マリア、引き止めてくれて。でも、わたしは行くわ。ごめんね。」
ルイーザは微笑んだ。
行くことが逝くことになると、分かっているのか、疑わしい笑みだった。
『わたし、魔界に招待されたの。』
以前のルイーザなら、言いそうなことだが、まさか、そう思ってはいないだろうか?
家に帰るのが嫌だから、魔界に行く。
家に帰るか、魔界に行くか
そういう選択肢だと思っていないだろうか?
それとも、平気だと、強がって微笑んで見せた?
いや、強がってはいるのだろう。
だけど、死を目前にした恐怖に対しての強がりとは、違っているように思えた。
濃い霧が漂い始めた。
ルイーザの姿が、B・Bや使い魔達、ドロシーの姿と一緒に、濃い霧の中に紛れて見えなくなっていく。
「ルイーザ!死なないで‼」
マリアは叫んだ。
濃い霧の中に消える瞬間、ルイーザの驚く顔が見えたような気がした。
「マリア!」
凪の叫ぶ声が聞こえた。
濃い霧は、マリア達の周りにも漂っていて、B・B達の姿が見えなくなると、更に濃さを増して、マリアの視界を奪っていった。
「凪…、どこ?凪……、凪……」
目の前が真っ白になり、眩暈がする。
「……な……ぎ……」
気が遠くなり、マリアは意識を手放した。




