#39 駆け引き
屋上から降りる方法は、2つ。
自力で降りるか。
自力ではない力を使って降りるか。
自力で降りる場合、下に降りるはしごを探し、気を失っているノーラを、誰かが担ぐなりどうにかして、全員が順番に降りなければならない。
展望台は、もう閉まっているので、エレベーターもエスカレーターも使えない。
自力ではない力を使って降りる場合、凪の正体を知られてしまうことになる。
凪が人ではないと知られてしまったら、マリアも人ではないと思われてしまう。
人であっても、普通の人ではないだろうと、勘繰られてしまうに違いない。
マリア達が居る屋上らしき場所は、普段は人の出入りが許されていない場所のようで、簡単には人が入って来られないようになっている。
つまり、屋上からも簡単には出られない造りをしている。
それでも、下に降りるはしごは何処かにあるはずだと、探した結果、柵のない屋上の縁部分に固定されている、剥き出しの簡易的なはしごを見つけた。
非常用に使う様な、本当に上り下りが出来ればいいだけのはしごだった。
作業員が屋上の点検をする時だけに使用するはしごなのだろう。
そのはしごを使って降りるのは、かなり危険だし、体力が要る。
はしごがあることを発見してから、ジャックにも、ルイーザにも、確認してもらったが、2人とも、はしごがあって良かったという、嬉しそうな顔はしなかった。
本当に、これで降りるの?
2人の顔は語っていた。
既に日は沈み、外灯だけがぼんやりと照らしている中、マリアは、どうすることが1番いい方法なのかを考えた。
全員が無事に降りるためには、凪に頼むのが1番いい。
凪の正体を知られても、全員が助かる方がいいに決まっている。
それでも、躊躇ってしまうのは、自分の身を守っているから。
普通の子とは違うことを、知られてしまうのが怖いから。
こんな時にまで自分のことなのか———と、マリアは自分を浅ましく思った。
「所詮は、こんなものか……。」
B・Bの声がした。
「!!」
いつの間のか、B・Bと使い魔達は、屋上に居た。
マリア達が屋上から降りることが出来ず、途方に暮れる様子を見ていたらしい。
やはり、ここはまだ異空間なのだろうか———と、マリアは思った。
「『神』と関わりがあっても、『神』では無いから無能なのか?それとも、『神』が無能なのか?さてさて、お前たちがただ無能なだけかな?」
B・Bは薄く笑みを浮かべ、おどけるように言う。
B・Bの傍らに立つ使い魔達も、薄く笑っている。
「お前が言う『神』と、わたしが仕える『神』は、必ずしも一致しているとは思わないが、『神』では無いから、『神』と同じ尊力が使えないというのは、正解だ。しかし、無能ではない。」
凪が言い返した。
“無能”と言われたことに対して、反論している。
『神』が侮辱されたことが許せなかったのか、凪が侮辱されたことが許せなかったのか……
おそらく、両方なのだろう。
琴音は、神様は見守るだけだと言っていたが、何の力も無い訳がない。
では、凪の力とは何だろう?———と、マリアは考えた。
B・Bも同じことを思ったらしい。
「では、“神使”殿には何が出来る?無能ではないと言うなら、早くその力を使って、そこに居る哀れな人間共を助けてやったらいい。」
邪魔はしないと言うように、その場から動かず、B・Bは言った。
「………」
凪はマリアを見た。
「マリア、わたしは全員を連れて、ここから逃れることは出来る。しかし、強行にここから逃れた場合、ルイーザとジャックは助かるが、ドロシーは消える。ノーラはどうなるか分からない。わたしには、これ以上、B・Bと交渉する話術を持ち合わせていない。どうする?」
マリアは、一瞬、噴き出しそうになってしまった。
凪は言い返したのではなく、交渉していたつもりだったらしい。
あれが交渉だったのだとしたら、凪の交渉術は致命的だ。
B・Bにも交渉された自覚はないに違いない。
だが、凪が元の姿に戻って、今すぐ全員を連れて逃げることが出来ないことはわかった。
マリアが今、すべきことは、ノーラの今の状態を知ること。
強行に連れ帰っても大丈夫なのかを、確認することだ。
「B・B。どうしてノーラは目覚めないの?」
「何を急に……。」
「どうして目覚めないのか、不思議だと思って。」
B・Bは、マリアの質問に、少し驚いたような顔をした。
無意識だろう、ノーラをちらりと見る。
急に視線を向けられたジャックは、慌ててノーラを抱き締めた。
その様子に、ルイーザは寂しそうに目を伏せ、ドロシーは慰めるようにルイーザの腕を撫でた。
「ドロシーの話では、ノーラは怖い夢を見てるって。このまま逃げても、ノーラが目覚めなかったり、目覚めたノーラが酷いことになったりしたら意味がないの。だから、ノーラを目覚めさせて。そうしたら、ご希望通り、凪が無能ではないことをお見せするわ。」
「つまり、ノーラを含めて助けることは出来ないと?」
「誰にでも、得手不得手があるしょう?」
マリアは粘り強く言い返した。
これが交渉なのかどうかは分からなかったが、ノーラのことは、ここで引き下がってはいけないことだけは分かっていた。
「ノーラがなぜ目覚めないのか、それも教えてくれないの?」
「………」
B・Bが黙った。
「誰がやったことなの?ノーラを眠らせたヒトになら、目覚めさせることは出来るでしょう?」
マリアは使い魔達を見た。
使い魔達は、5人が5人とも、びくりと反応した。
マリアは1人ひとりをじっと見た。
一度会ったことのあるノラは、マリアと目が合うと、少し引き攣った笑みを見せた後、スーッと視線を反らした。
ドドは、マリアと目が合うと同時に、慌てて下を向いた。
バドは、初めからずっとそっぽを向いて、マリアと目を合わせようとしない。
ヴィゼは、目が合ったマリアに、にっこりと微笑み、小首を傾げて見せた。
最後はクロ。
クロは、挙動不審で、マリアと目を合わせたくないのに、マリアのことが気になり、ちらりちらりと覗き見ている。
マリアは、クロに照準を合わせた。
「あなたは知っているわね?」
マリアは、クロと目が合った瞬間に聞いた。
クロはびくりとして、固まった。
「あなたがしたことなの?」
マリアはにっこりと微笑み、更に聞いた。
クロは狼狽し、小刻みに何度も首を横に振った。
自分ではないと主張している。
「じゃあ、誰がやったの?」
クロの視線が動いた。
クロの視線はノラを指す。
「やれやれ……」
ノラが呆れた。
「……‼」
「おい!」
「クロ!バカ!」
ドドは驚き、バドとヴィゼはクロを責めた。
「………ゴメン。」
クロはしゅんとなって項垂れた
5人の様子にB・Bは笑い、マリアに言った。
「いいだろう。ノーラは目覚めさせてやろう。だが、それで?ノーラだけを助けて、ここから逃げて、それで終わり?何も解決しないが、それでいいのかな?」
「どういう意味?」
「ルイーザの望みと、ドロシーの望みは?」
「………っ‼」
今度はマリアが黙る番だった。




