#35 ひとりぼっちのドロシー
人気の無い日本庭園内で、ルイーザの姿をした娘と、ジャック、マリア、凪が対峙してから、しばらく経った。
しばらく経ったが、何も進展しなかった。
ノーラは動かない。
ルイーザに取り憑いた娘は、ルイーザの身体から離れようとしない。
ジャックは、ノーラの精神崩壊を恐れ、絶望し、座り込んでしまった。
マリアは、動かないノーラのことも、この場に居ないルイーザのことも心配だったが、姿を見せないB・Bや、B・Bの使い魔達のことも気になった。
この件に関わっていない筈は無いのに、なぜか姿を見せようとしない。
姿を見せる時を見計らっているのか。
姿を見せるつもりは、初めから無いのか。
B・Bの考えが分からない。
「ルイーザは、B・Bと一緒に居るの?」
「………」
「ルイーザは、B・Bの使い魔達と一緒に居るの?」
「………」
マリアの質問に、ルイーザの姿をした娘は答えない。
代わりに、頭を抱えて座り込んでいたジャックが呻いた。
「B・Bって誰だよ。使い魔って何だよ。君たちは誰なんだ。ルイーザはルイーザじゃないって言うし、ノーラは動かないし…。誰かノーラを助けて……」
マリアは凪を見た。
凪は、首を小さく横に振った。
凪にも、今のノーラの様子を知ることは、出来ないらしい。
マリアは、自分の無力さに、絶望していた。
自分に何かが出来るとは、思っていなかった。
しかし、ここまで何も出来ない役立たずだとも思っていなかった。
このままでは、誰も助からない。
このままでは、誰も救われない。
ノーラも、ルイーザも、ジャックも。
ルイーザに取り憑いている女の子も。
「B・B!聞こえる?聞こえているんでしょ?ノーラとルイーザを開放して!2人を無事に返して‼条件があるなら言って!話をしましょう!」
「マリア‼ダメだ‼」
マリアは叫んだ。
凪は止めたが、全てを叫んでしまった後では、マリアを庇い、周囲を警戒し、気を張り詰めるしかなかった。
ルイーザの姿をした娘は、驚いた顔をして、マリアを見ている。
ジャックは、マリアの大声を聞いて、どこに向かって叫んだのか、不思議に思った様子で辺りを見回し、辺りに変わった様子が無いのを確認した後、空を見上げた。
そして、空にも変化が無いことを確認すると、マリアの正気を疑うように、マリアを見た。
「………」
マリアは待っていた。
しかし、何も起こらなかった。
1分、2分と時間が経ち、その後、しばらく経っても、何も起こらない。
「くっ、くくくっ、あはっ、あははははっ!」
ルイーザの姿をした娘は、突然、笑い出した。
わざとらしく、高笑いをして、見下すように、マリアを嘲った。
「残念ね。悪魔は、あなたと話をする気は無いようよ?折角の決意も無駄だったわね。」
「やっぱり、B・Bを知っているのね。」
マリアは切り返す。
「………っ‼」
ルイーザの姿をした娘は絶句した。
B・Bとの繋がりは、知られたくなかったらしいと、マリアは察した。
それでも、繋がりがないはずはないと、初めから思っていたマリアに、引き下がる理由は何も無い。
「悪魔とどんな取引をしたの?何が欲しくて、何をすると、約束したの?」
「………」
核心を突いたらしい。
ルイーザの姿をした娘は黙り込んだ。
マリアは質問を変えた。
「あなたの本当の名前を教えて。本当の名前、あるんでしょ?」
「わたしの名前?」
「そうよ。あなたの名前よ。」
反応を見せたルイーザの姿をした娘の様子に、この質問で間違っていないと、マリアは確信した。
この娘は、自分自身のことを誰かに知って欲しいと思っている。
ずっとルイーザに憑いていて、ずっとルイーザと一緒にいたのに、身体を乗っ取るまで、誰にも存在を知られることはなかったのだから。
「知ってどうするの?」
「あなたのことは、あなたの名前で呼ぶわ。」
「なぜ?」
「だって、あなたはルイーザではないでしょう?ルイーザの姿をしていても、ルイーザではないわ。あなたはあなた。あなたの名前を教えて。」
「……ドロシー………」
彼女は答えた。
「ドロシー?ドロシーの望みは何?ドロシー自身がノーラに恨みを持っているわけではないわよね?」
「それは………」
マリアの、その問い掛けには、ドロシーは言い淀んだ。
それでも、ノーラとルイーザの解放を、ルイーザの姿をした何者かに、ただ詰め寄っていた時とは違い、ルイーザの姿をしているとはいえ、ドロシー自身に、ドロシーの言い分を聞き始めたマリアに対し、心を開き始めたようにも思えた。
「ドロシーは、ルイーザの気持ちは、わたしには分からないと言ったわ。でも、ドロシーには分かるのよね?それはなぜ?いつも一緒に居たから?」
「それもあるけど、それだけじゃない。ルイーザはわたしと同じだったから………」
「同じ?」
「そう。同じだった……。」
ドロシーは、どこか上の空になった。
空虚を見つめ、うわ言のように呟き始める。
「……ママに愛してもらえなかった……。ルイーザもそう。ルイーザもママに愛してもらえなくて、気を引きたくて、嘘ばかり言って……。気が付いたら友達は1人も居なくて……独りぼっちだった……。わたしと同じ……。だから、ルイーザの望みを叶えてあげたかった。大好きなジャックを、ルイーザのモノにしてあげたかった。ルイーザだけのジャックにしてあげたかった。なのに、ノーラが邪魔だった。ノーラが邪魔なのは、ルイーザにも分かってもらえた。でも、ルイーザには、ノーラを排除することは、出来ないと思った。どんなに、ノーラが邪魔で、排除しなきゃならないと、分かっていても、ジャックに止めてくれって言われたら、ルイーザは、すごく傷つくけど、ジャックが嫌がることは、きっと出来ない…。だから…、代わりにわたしがやるって、決めたの。わたしなら、ジャックがどんなに嫌がろうと、ノーラがどんなに泣き叫ぼうと、可哀想だなんて思わない。ルイーザの為だったら、なんだって出来る……。そうしたら、今度はわたしの望みが叶うから………。」
「それが、悪魔との約束なの?」
「………っ‼」
どこか、取り憑かれたように話していたドロシーが、ハッとした表情をして、マリアを見た。
ルイーザに取り憑いていたドロシーが、別の何かに取り憑かれているかのようだった。
そんなことが出来るからこそ、“悪魔”なのかもしれない。
マリアは、ドロシーもまた、B・Bに操られているのかもしれないと、思った。




