#31 行方不明
ニコラス学園からの連絡が入った後、様子が変わってしまった朔乃だったが、にぎやかな夕食作りを過ごしている間に、あまり気にならないぐらいには、いつもの朔乃に戻っていた。
仕事から帰って来たトールも、どこからかルイーザの話を耳にしたらしい。
帰宅直後のトールの表情は強張っていた。
しかし、明るく迎える家族達の様子を見て、いつも通りに振舞うことにしたのだろう。
合気道に行かなかっただろうことには気付いているはずなのに、そのことには一切触れることも無く、今日の夕食はみんなで作ったのか?とか、アルフは何を手伝ったのか?とか、他愛も無い話を笑顔でしていた。
ヒトの姿のままで居る凪に対しても、いつもその姿であるかのように接していたので、違和感があったが、それでも、明るく振舞い、いつもと変わらないようにしているトールと朔乃の努力を、マリアとクリスは無駄にしないよう、努力をしていた。
いつも通りを心掛け、食事の間も笑顔で過ごす。
だが、全てを無駄にする訪問者は、突然に現れた。
食後を、一家団欒で、穏やかに寛いでいる時、その人物はやって来た。
「グレースさん、こんな時間にすまない。緊急の要請なんだ。協力をして欲しい。」
テムズミスの自治区役員、ウォール氏だった。
丸々と太ったウォール氏は、顔中を汗だくにして、酷く慌てた様子で訪ねて来た。
「とりあえず中へ」と言ったトールに、「ありがとう」とお礼を言って、ウォール氏はハンカチで汗を拭きながら、リビングへと入って来た。
「やぁ、マリア。アルフもクリスも………やぁ、君も、おじゃまするよ。こんばんは。」
ウォール氏は、ソファーに座り、朔乃から差し出されたグラスの水を一気に飲み干し、生きた心地を取り戻したように、マリア達に微笑む。
見慣れない凪の姿に、一瞬、言葉を詰まらせたものの、そこは誤魔化すことにしたらしい。
そして、朔乃がマリア達に席を外すよう言い付けるよりも先に、要点を話し始めた。
「ニコラス学園のルイーザ・ベトソンが行方不明になった。確か、マリアと同級生だったはずだ。学校から連絡は来ているね?先ほど、アニス学院のノーラ・オルコットも行方不明だと、学校から連絡が入った。警察でも2人を探しているが、未だに見つかっていない。そこで、地域住民に捜査協力を要請しているんだ。この地区で若い娘が二人も行方不明になっている。これはただ事ではない。大事件だ。聞いているだろう?ルイーザとノーラのいざこざは。このままだと、もっととんでもない大事件になってしまうかもしれない。グレースさん、協力してくれるね?くれるだろう?」
ウォール氏は、そこまでを一気に言って、トールに詰め寄った。
驚いたのはトールだけではない。
ルイーザの件は隠し通したかった朔乃も、ルイーザとノーラのいざこざを図書館で耳にしていたクリスも、大の大人の男が必死になって詰め寄る姿を初めて見たアルフも、驚いている。
B・Bの使い魔がノーラに接触したことで、2人にB・Bが関わるのではないかと心配していたマリアも、驚いた。
この行方不明には、あの悪魔が関わっているのかもしれない。
そう思い凪を見ると、凪は、『何も言うな』『何もするな』と言っているみたいに、マリアをずっと睨んでいる。
凪から目を反らすように周りを見れば、トールも朔乃もクリスも、心配そうにマリアを見ていて、3人が心配そうにマリアを見ていることで、不安になったアルフも、心配そうにマリアを見た。
「………」
「………」
アルフと目が合ったマリアは、無理をして微笑んだ。
マリアの笑みに、ホッとしたように笑ったアルフは、マリアの傍までやって来て、両手でぎゅっと抱き付いた。
「いやぁ、グレースさんの子供たちは本当に仲が良いですね。ベトソンさんのところの姉妹とは大違いだ。あっ、いや、えー…、協力をしていただけるんでしたら、20時までにニコラス学園へ来てください。そこで幾つかのグループに分かれて捜索を始めます。よろしくお願いしますね。では、これで失礼しますよ。」
つい口を滑らせたウォール氏は、そこからは慌ただしく要件を済ませ、逃げるように出て行った。
次の家へ向かうのだろう。
直に会って協力を求めた方が、人は集まるとはいえ、一軒一軒、訪ねて回るのは大変なことだ。
「行くの?」
ウォール氏を見送ったトールが、コートを着て、出掛ける準備を始めるので、朔乃は聞いた。
マリアと同級生の少女の、無残な姿を見るかもしれないことに、不安を感じずには居られなかった。
少女の無残な姿に、マリアの姿を重ねてしまうのでないか。
マリアの姿を重ねて、酷く傷つくのではないか。
朔乃はトールが心配だった。
「わたしも…一緒に行こうか?」
凪が言った。
朔乃の不安を感じ取って、見守るつもりで名乗り出た。
だが、
「いや、ダメだ!凪、君はマリアの傍に居てくれ。」
トールは拒否をした。
トールにしてみれば、自分の所為で、凪がマリアの傍を離れるなど、あってはならないこと。
「こんな時だからこそ、君はマリアから離れてはいけない。きっとあいつは見ている。もしかしたら、マリアが1人になるのを待っているかもしれない。この事件を、あいつのチャンスに変えてはいけない。」
そう言って、トールは「頼んだ」とばかりに凪の肩を叩いた。
「いい子にして、早くお休み。」
アルフの頬にキスをして、
「ママを頼むよ。」
クリスの頬にキスをして、
「大丈夫、同級生たちは必ず見つかるよ。心配しないで。凪から絶対に離れるんじゃないよ。」
マリアの頬にキスをして、そっとマリアを抱き締める。
「子供たちを頼んだよ。」
最後に、朔乃とキスをして、トールはニコラス学園へ向かう為に家を出た。
マリア達は、しばらく、トールが出て行ったドアを、じっと見つめていたが、やがて、気を取り直したクリスの「さぁ、アルフはそろそろ寝ないといけないよ」という言葉に、それぞれが我に返って動き出した。
「あらあら、もうこんな時間。アルフ、もう寝る準備を始めなさい。」
朔乃は、テーブルのグラスを片付け始め、アルフに言う。
「えー?もう寝なきゃダメ?」
「早く寝ないと、また居眠りしながら朝食を取る羽目になるぞ。」
クリスは嫌がるアルフを連れて部屋を出た。
「おやすみ、ママ。おやすみ、マリア。おやすみ、凪。」
観念したアルフが手を振った。
「おやすみ、アルフ。」
マリアはアルフを見送ってから、凪と一緒に祠へ向かった。
「………」
いつものように手を合わせ、心の中で、不安な思いを琴音に告げる。
ルイーザとノーラが居なくなってしまったの。
あの悪魔が関わっているかもしれない……
たくさんの人が2人を心配している。
きっとたくさんの人が探し回ってくれるとは思うけど……
どうか、2人が無事に見つかりますように。
何事も無く、無事でありますように。
悪魔が関わっていませんように。
悪魔が2人に何もしていませんように。
「………」
凪は、何も言わず、ヒトの姿のまま、マリアの傍から離れなかった。




