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約束と契約  作者: オボロ
30/114

#30 家族


「マリアも一緒に行こうよ。」

「マリアは今日、学校を休んだんだから行けないよ。」

「ねぇ、ママ。マリアも一緒がいい。」

「ダメよ。パパが帰って来た時、マリアは家に居なきゃ絶対にダメなの。朝の騒ぎ、アルフだって知っているでしょ?」

「えーっ、なぎが一緒なら大丈夫でしょ?」

「凪もマリアも、一緒に家に居なきゃダメなの!」


グレース家では、学校から帰って来たアルフが、マリアだけが合気道教室に行けないことを不満に思い、駄々を捏ねていた。

合気道は、体の弱いクリスの体力作りの為に———と、始めた習い事だったが、今ではマリアもアルフも通っている。

合気道の先生は日本人で、生徒の中には日本人の生徒が何人か居る。

日本語が話せる機会は多い方がいいので、日本語に馴染む為にも良い環境だと、トールと朔乃さくのが考え、選んだ場所だった。

やんちゃなアルフは、お行儀良くすることを目的とし、体の弱いクリスは、丈夫な体作りを目的とした。

マリアは護身術を身に付ける為。

アルフは、まぁまぁお行儀良くすることが出来るようになったし、クリスは、以前よりは熱を出さなくなった。

マリアは、なんとかあしらうぐらいのことを、身に付けることが出来ただろう。

ただし、素人の人間を相手に———が、限定だ。



「アルフ、ありがとう。でも、今日は大人しく家に居ることにするわ。」


なかなか諦めないアルフに、マリアも説得を始めた。

あわよくば、アルフの駄々に朔乃が折れるのではないかと期待したが、諦めた。

凪の説明で、この処遇にも納得が出来ていたので、今日一日は、凪と一緒に家で大人しくしていようと、改めて覚悟を決めた。


「今日、出掛けて、二度と出掛けられないようになるのと、今日、我慢して、明日から出掛けられるようになるのと、アルフはどっちがいいと思う?」


マリアの問いに、アルフは渋々承知した。

マリアに抱き付き、ぽつりと言う。


「………我慢する。」

「ありがとう、アルフ。次は一緒に行こうね。」


マリアも、ぎゅっとアルフを抱き締めた。


アルフは、マリアが悪魔に狙われていることを知らない。

それでも、もしかしたら、トールのように、アルフは思ったのかもしれない。

トールの様子で、マリアの危機を感じ取って、不安に思っていたのかもしれない。


そう思うと、朔乃は、アルフからマリアと一緒に居られる時間を取り上げてしまうことに、少し罪悪感を覚えた。

今日の合気道は休みにして、今日は家族全員が一緒に過ごした方がいいのではないかと、思ってしまう。


<トゥルルルルル…トゥルルルルル…>


電話が鳴った。

出ると、ニコラス学園からの連絡だった。


『自宅療養中のルイーザ・ベトソンさんが居なくなり、行方が分からないそうです。精神的に不安定な状態ですので、見掛けたら警察に連絡してください。』


ルイーザ・ベトソンは、マリアの同級生だ。

色々な噂は耳に入って来ている。

行方が分からなくなったというのは、とても心配なことだ。

それでも、朔乃にとっては、家族の方が大切なので、マリアのことで不安になっている今の家族達に、ルイーザの話を聞かせたくなかった。

きっと、あちらこちらで騒ぎになっている。

ルイーザのことよりも、マリアの、家族達の、心の方が心配だった。



「今日は、家族全員、みんな一緒に家に居ましょう。」


朔乃は、合気道を休むことに決めた。

ルイーザの行方不明は、家族の耳には入れないことにした。

明日になれば、きっと解決している。

今日中にも、解決するかもしれない。

知っていても、知らなくても、問題はない。

動揺させたくはない。

心配を増やしたくない。


「パパが帰って来たら、すぐにご飯にしましょう。その後、みんなで何かゲームでもしましょうか。さぁ、みんな手伝って。今日はご馳走を作るわよ。」


急に方向を変えた朔乃の提案に、マリアも、アルフも、クリスも、凪も驚いた。


「どこからの電話だったの?」


マリアが聞いた。

朔乃の急変は、電話が原因だと、誰にでも分かった。


「ニコラス学園からよ。」


朔乃は、子供たちを見ずに、キッチンに向かいながら、何でもないことのように答えた。


「何の話だったの?———⁈」


更に詰め寄るマリアを、クリスが止めた。

何も言わず、マリアの腕を掴み、首を横に振っている。

止せ———と、言われているのだと分かり、マリアは朔乃への問い掛けを止めた。


「知らなくてもいいのよ。さぁ、何を作ろうかしら。」


キッチンに向かいながら明るく振舞う、朔乃の声が聞こえる。

無理をしているのが分かった。

どんな話だろうと、朔乃を急変させるような話なのだ。

ただ事ではない。

それでも、知らなくてもいいと言うのだ。

気づかない振りをした方がいい。

クリスは、マリアに目配せして、不安そうにしているアルフと、手を繋いだ。


「行こう、アルフ。じゃがいもと玉ねぎ、どっちの皮をむく?」

「じゃがいも。」

「玉ねぎの方が簡単だよ?」

「やだよ。じゃがいもがいい。玉ねぎはマリアがやるって。」


ようやく笑顔になったアルフを見て、マリアもキッチンへ向かった。


「ひどい。なんでわたし?凪がやるって。ね?」


ずっと静観していただけの凪を振り向き見て、夕食作りの手伝いに引き入れた。


「凪は玉ねぎ、目に沁みないの?」

「凪だって沁みるよ。ね?凪。」


アルフもクリスも振り向き、凪に言う。


「………」


凪は———というと、驚いていた。


朔乃は、“みんな”と言っていた。

朔乃が言う“みんな”に、自分が入るとは、思っていなかった。

凪は、琴音に言われて、マリアを守るためにグレース家に居るだけの、普段は姿の見えないグレース家の異物だ。

家族の一員だと思われているなど、考えても居なかった。


「………いいのか?わたしが行っても………」


「いいに決まっているじゃない。」

「1人だけ手伝わないなんて、ずるいよ。」

「早く来ないと、玉ねぎのみじん切りも凪になっちゃうよ。」


マリア、アルフ、クリスが、笑顔で凪を呼んでいる。


なんてことだ———と、凪は思った。


普段の凪の姿を見ることの出来ない月城家の者たちは、ヒトの姿になったとしても、凪を人間としては扱ったりしない。

白狐の姿でも、ヒトの姿でも、琴音以外の月城家の者たちは、『神使』としてしか見なかった。

崇め奉るようなことまではしないが、対等だとは思っていない。

それなのに、今、家族の一員になれたかのような、錯覚をしてしまった。


「凪!玉ねぎのみじん切り、決定だからね!」



「みじん切りなど、したことはないのだが………」



嬉しいと、思ってしまったことが、信じられなかった。









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