#03 『B・B』と名乗る男
イギリス・ロンドン・テムズミス・アンド・フォリラム地区には、日本から持ち込まれたサクラの木がある。
公園や学校。
個人で持ち込み、自宅の庭に植えている人も居る。
マリアが通うニコラス学園では、多くの人に楽しんでもらえるようにと、所有地である学園前の通りに植え、今、満開の時期を迎えていた。
日本の桜よりも少し色が薄いことを、残念に思う人も居るらしいが、これはこれで充分に綺麗だと、マリアは思っていた。
ブワーッ
風が吹いた。
「………っ‼」
満開のサクラが風に吹かれ、散った花びらが大量に舞い上がり、下校中のマリアの視界を遮った。
すると、一瞬にして静かになった。
周りの音も人も消えてしまった。
ぐるりと周囲を見回したが、人どころか、車も走っていない。
犬も、猫もいないし、鳥すら1羽も飛んでいない。
(何事⁉)
慌てたマリアは何度も周りをきょろきょろと見直す———と、
「………‼」
誰もいなかった筈のサクラの木の下に、1人の男が立っていた。
マリアは、その男に見覚えがあった。
いつだったかは覚えていないが、まだすごく小さかった頃に、会ったことがあると思った。
凪に会う、それよりも、もっとずっとずっと昔に………。
ズキッ!
「………っ!」
『嘘つき‼』と、初めて言われた時の記憶が蘇り、その時に受けた深い傷が、わずかに疼いた。
公園の滑り台で遊んでいた。
少し離れた場所にある、ブランコの柱に寄り掛かっている男の人が気になった。
マリアは一緒に遊んでいたキャシーに尋ねた。
「ブランコのところに居るの、誰のパパ?」
「え?どこ?」
「ほら、あそこだよ。」
「え?どこ?どこにいるの?」
マリアが指をさして教えても、キャシーにはわからない。
「あそこ。今、シンディが前を通ったよ。」
「………」
「今度はジェマが通った!」
「………」
何度、教えても伝わらないもどかしさに、マリアは苛立ちさえ感じていた。
「キャシー?なんでわからないの?」
なのに、キャシーの方が怒っていた。
「マリア、嘘ついているでしょ?誰もいないじゃない!誰もいない!マリアの嘘つき‼」
マリアはショックだった。
嘘なんてついていないのに、『嘘つき』と言われ、蔑む目で見られてしまった。
マリアにとっては、『大嫌い‼』と、言われたのと同じだった。
嘘なんかついてない!
あそこにいるよ!
いるでしょ⁉
こっちを見ているじゃない‼
悔しくて、悲しくて、寂しくて、涙が止まらなかった。
「———っ‼」
今、目の前にいる男が、当時と全く同じ顔をしていることに、マリアは、突然、気付いてしまった。
黒いコート
黒いスーツ
白い肌
赤い瞳
もう何年も経っているというのに。
男は昔と全く同じ顔と姿で、こちらを見て微笑んでいる。
「わたしはブラック・ブラッド。B・Bと呼んでください。」
「………‼」
一歩、男が近づくのを見て、マリアは一歩後ろに下がった。
「やっと話し掛けることが出来て、うれしいですよ。」
更に一歩近づくので、マリアは更に一歩下がる。
また一歩近づくのを見て、また一歩下がった。
そして、何かが背中に当たった。
ドンッ!
「………?」
「………」
目の前の男の視線は、マリアの後ろ、斜め上へと、ゆっくりと移動する。
温和な笑みは不満げな表情に変わり、移動した視線は睨むように鋭くなった。
「わたしも、やっと会えてうれしいですよ。B・B。」
「………‼」
マリアは、自分の後ろから聞きなれた声を聞いた。
その声の主は凪。
「マリアに付きまとっている悪魔とやらが、どんな奴なのか、一度会ってみたいと、ずっと思っていたんですよ。」
凪は、いつの間にかマリアの後ろに立っていて、マリアの肩に手を添え微笑みながら、正面に立つB・Bを威嚇していた。