#20 ノラの言葉
「じゃあ、君は誰?見えるはずのないモノが見える君は、何者?僕と何が違うの?」
「———っ‼」
少年の言葉に、マリアは凍り付いた。
得も言われぬ恐怖を感じた。
この少年は、自分のことを知っている‼
にやりと笑った少年の手が、マリアへと差し伸ばされた。
「僕はノラ。マリア、僕と一緒に来てよ。」
絵画から飛び出したような美しい少年が、冷たい笑みを浮かべながら近づいて来る。
マリアは、ノラから目を離すことが出来ず、しかし、ただ見ていることしか出来なかった。
足はピクリとも動かず、逃げることが出来ない。
「人間の世界は汚いよ。醜いよ。君には相応しくないよ。こっちにおいで。一緒に行こう。大丈夫。怖くないから。」
言葉通り、ノラはマリアを怖がらせないように、一歩ずつ、ゆっくりと、近付いて来ていた。
差し伸ばされている手も、ゆっくりと、マリアに近付いて来る。
あと30㎝、20㎝、10㎝………。
もうすぐ届く———という所まで来て、ノラの目が輝いた。
その次の瞬間、突然、ノラの手首を掴む手が現れ、ノラはぎょっとした顔になった。
「だ、誰だ‼」
「馴れ馴れしいぞ、ネコ。」
凪だった。
突然現れた凪は、ノラの手首を掴み、それ以上、マリアに近づくのを阻止した後、ノラの襟首を掴み、持ち上げた。
「最近、やたらと小者がうろついていると思ったら…。そうか…、使い魔———というんだったか?他にも何匹が居るんだろ?」
「いい気になるなよ!主様の方が、お前よりも背は高いからな!」
持ち上げられ、動きの取れなくなったノラは、それでも、憎まれ口をたたいた。
そして、ボンッ!という音と共に煙が上がり、ノラの姿は少年からペルシャ猫に変わった。
続いて、バリンッ!と、何かが割れる音。
周りにあった風景が、鏡が割れるみたいにバラバラと崩れ始めた。
崩れ落ちた向こう側にも、同じ景色がある。
「きゃあ‼」
マリアは驚いて悲鳴を上げた。
その声に凪が反応し、マリアを見ようした一瞬の隙を狙って、ノラの鋭い爪が、凪に襲い掛かる。
凪は、ノラの爪から逃れようとして、ノラを掴んでいた手を離してしまった。
待っていましたと言わんばかりに、ノラは身を翻し、その場から逃げ出した。
凪は追いかけなかった。
ノラの姿が見えなくなるのを見届けてから、マリアの無事を確認した。
「何もされていないな?」
「うん……」
元気のない返事を不審に思いながらも、いつまでもヒトの姿で居ては、誰かに見られてしまうので、マリアの様子を気に掛けながらも、凪は姿を消した。
消したと言っても、大きな狐の姿に戻っただけだ。
凪は、他の人には見えない姿で、マリアに聞いた。
「何か言われたのか?」
「うん。見えるはずのないモノが視えるわたしは、何者?って………」
マリアは、沈んだ声で答えた。
今まで、ずっと気になっていたけれど、考えないようにしてきたことを、突き付けられてしまった。
他の人には見えないヒトが視えた。
嘘つきと言われ、傷付いたマリアに、父であるトールは言った。
そのヒトは、人ではなく、悪魔だろうと。
当時のマリアは、まだ幼かったので、グレース家に伝わる『悪魔との契約』の話までは知らされていなかったが、凪がイギリスに現れた一昨年の秋に、全てを聞かされた。
グレース家に生まれた女の子は、皆、悪魔に殺されてきたのだと。
だから、マリアを狙って、悪魔はマリアの前に現れたのだと。
でも、大丈夫だと言われた。
凪が、マリアを守ってくれるから。
日本に居るマリアの祖母・琴音も、守ってくれているから———と。
話を聞いて、マリアにも、ようやく理解できたことは、父方の親戚達の、マリアを見る目の意味だった。
たった一人だけ、生き残っているマリアを、恐れているのだろう。
悪魔を退ける恐ろしい子だと、思われているのかもしれない。
得体のしれない、恐ろしい存在。
「——————僕と何が違うの?」
ノラと自分が、全く違う存在だと思えないことに、マリアはショックを受けた。




