#19 動き出した魔の手
ルイーザの事故の話は、あっという間に広まった。
ニコラス学園だけではなく、アニス女子学院にも、マレット・スクールにも、物凄い速さで広まっていった。
まさに、風の如し。
人の業とは思えない速さだった。
「琥珀色の髪の美少年——だって。」
「まぁ、琥珀色の髪って言ってもねぇ。」
「確かに。琥珀色は、別に珍しい色じゃないしね。」
「問題は美少年——って方でしょ?琥珀色はいいにしても、美少年はないわ~。」
マリアのクラスでも、最近はルイーザの話題で持ち切りだ。
次から次へと入ってくる噂の情報元は、ゴシップクラブらしいと、もっぱらの噂だった。
パーカー図書館に向かっていたルイーザの姿を見たという人は、未だに1人も見つかっていなかった。
当然、ルイーザと一緒に歩いていたという、琥珀色の髪の少年の目撃者も見つかっていない。
アニス女子学院のノーラととルイーザがぶつかった瞬間も、見た人は1人も居なかったという。
しかし、ノーラとルイーザがぶつかった後の様子は、見ていた人がたくさん居て、その人達の話では、ルイーザは1人で、琥珀色の髪の少年どころか、サッカーボールさえも無かったと話しているらしい。
なのに、ルイーザは、『琥珀色の髪の少年と一緒に歩いていた』と、言い張って譲らなかった。
道路に飛び出した理由も、その少年を庇う為だったと、言い続けている。
警察も、ルイーザが言う『琥珀色の髪の少年』を探してはいるものの、何処の誰なのかもわからないままで、少年自らが名乗って出てくることもなかった。
原因となったサッカーボールも見つからないし、サッカーボールの持ち主である『ニキビ顔のぽっちゃりした少年』も、何処の誰なのかさえ、全くわからない状態だ。
そうなると、ルイーザの証言自体が疑わしくなってくる。
「幻覚かな?」
「妄想かな?」
レベッカとモーリンは、怖い怖いと言いながら、ぶるりと、身震いした。
最近のルイーザは、ストーカーをしている———という異常な行動が噂になっていたので、他にも異常な行動を取っていたとしても、不思議ではないと思われている。
つまり、精神的に病んでいた———というのが、生徒達の見解だった。
親からの虐待があったらしいという、噂まで流れていた。
そして、『ルイーザがぶつかったアニス女子学院の生徒が、ルイーザがストーカーをしていたマレット・スクールの生徒と付き合っていた』という、新たな噂が流れてからは、ルイーザの計画的犯行が疑われるようになった。
「いくら好きな男の子に好きな女の子がいたからって、その女の子に怪我をさせても、自分を好きにはなってくれないのにね。」
ステファニーが言った。
今や、ルイーザは、『失恋して精神的に病んでしまった可哀想な女の子』だ。
ルイーザは登校して来ない。
事故の後、一度、登校して来たものの、生徒達の好奇な目に耐え切れず、早退。
それきり登校して来なくなった。
ルイーザの両親は、何度か学園に来ている。
現在のルイーザの様子や、これからのことなどを、学園側と話をしているらしかった。
2~3か月前のルイーザからは、考えられない状況だと、マリアは思う。
ルイーザは噂好きで、何にでも首を突っ込み、根掘り葉掘り聞きたがる女の子だった。
ちょっとしたことでもルイーザの手にかかれば、大事件であるかのように吹聴された。
被害にあった生徒は少なくない。
それが、今ではルイーザ自身が恰好のネタとなっている。
今までが今までだったので、ルイーザを擁護する生徒は一人もいなかった。
ゴシップクラブの生徒達ですら、庇う様子は全くない。
それどころか、進んで噂を流しているような状態だった。
「マリア、人間って怖いよね?」
「え?」
視聴覚室に向かう途中、突然に声を掛けられ、マリアは驚いた。
見ると、中庭のベンチに、中世の貴族を思わせるような少年が座っていて、マリアに微笑みかけている。
一緒に歩いていたステファニーやモーリン達は、マリアが立ち止まったことにも気付かなかったみたいで、そのままマリアを置いて、歩いて行ってしまった。
まるで、マリアとの間に一枚のガラスがあり、空間を仕切られているみたいだった。
「人間ってさ、善い事よりも悪い事の方が、愉しそうに話すよね?他人の幸せより、他人の不幸の方が、きっと嬉しいんだよ。」
少年は、マリアから目を離さずに微笑んだまま、ベンチからゆっくり立ち上がり、マリアの方へと歩き出した。
その様子は、マリアよりも年下であるはずなのに、マリアよりも、ずっと年上であるかのような、錯覚をさせた。
幼い顔をしているのに、中身は成熟した大人のような………。
つまり、違和感があるのだ。
「ルイーザは、どうなると思う?きっと、もうここには来られない。誰のせい?君には関係ない?ルイーザがどうなっても、君には関係ないのかな?」
「あなたは誰?何者?」
近づいて来る少年に、マリアは聞いた。
少年を恐ろしく感じた。
得体のしれない、恐ろしい存在のように思えた。
少年は、マリアの問いに、フッと笑い答えた。
とても冷たい声で、とても冷たい目をしていた。
「じゃあ、君は誰?見えるはずのないモノが視える君は、何者?僕と何が違うの?」
「———っ‼」
マリアの背筋が凍り付いた。




