#16 道案内
『——————余程の美男子か、良家のご子息か………』
『そんなに良い物件、誰の目にも止まらず、ずっと空いたまま、なんてことあるのかしら?』
『どうして、その人に彼女がいないと思うのか、わたしには分からない——————』
『調べてきて、ルイーザ。——————付き合っている女性、もしくは、好意を寄せている女性は、本当に居ないのか。居ないのなら、なぜ居ないのか。——————よろしくて?』
ルイーザは今、いつもならジャックに会うことが出来るベンチに座っている。
本は開いていないし、通りも気にしていない。
今日はジャックの塾の日ではないので、ジャックに会えるわけではない。
会えるわけではないのに、ルイーザはここに来ていた。
塾帰りのジャックを見ているだけで、他のジャックを、ルイーザは知らない。
ルイーザは塾帰りのジャックに会えるだけで幸せだったから、他のジャックを知らなくても構わなかった。
しかし、イザベラの話を聞いてから、ルイーザの気持ちは大きく揺れている。
ジャックに付き合っている人?
ジャックが想いを寄せている人?
何を言っているの⁈イザベラは!
ルイーザは、イザベラの言っていることの意味が理解できず、怒りすら感じていた。
「あの、少し聞いてもいいですか?」
ベンチに座るルイーザに、声を掛ける少年が居た。
線が細く、大人しそうな、琥珀色の髪の少年だった。
「ここに行きたいんですけど、ここから遠いですか?」
少年は、一枚のメモを差し出し、ルイーザに尋ねた。
メモには、ここから北に2km程の所にある、小さな図書館の名前が書いてあった。
「歩いて行けますか?」
少年はもう一度聞いた。
まだ子供っぽさが残る、可愛らしい顔立ち。
サラサラの髪、すらりとしたスタイル。
この子は女の子にモテるだろうと、ルイーザは思った。
そして、閃く。
この少年と歩いているところをイザベラ達が見たなら、きっと悔しがるに違いない。
週に2回のジャックとの逢瀬で、あれだけ僻んでいたのだから、羨ましく思うに決まっている。
ここは彼女たちの生活圏内。
彼女たちの目に触れる可能性はかなり高い。
次のクラブ活動で、少年のことを自慢げに話す自分の姿を想像して、ルイーザは急に楽しくなった。
「いいわ。案内してあげる。」
「本当に?ありがとう!」
少年は笑顔でお礼を言った。
すぐ傍の街路樹から、1羽のカラスが飛び立った。
「誰かに頼まれて来たの?」
「……はい。」
「お父さん?お母さん?」
「いいえ……」
「お友達?」
「……違います。」
「じゃあ、誰に頼まれてきたの?」
「えっ…と……兄…です。」
「お兄さん?お兄さん、お幾つ?」
「えーっと……3つ上…かな……」
図書館へ向かって歩き出した途端、ルイーザの質問攻めが始まった。
少年は、困ったように言葉を選びながら、少しずつ答えていく。
ルイーザは、その様子を、初めてあった人に緊張しているのだろうと思い、躊躇いがちに話す少年に、姉のような気持ちを抱いた。
—————あんな妹じゃなくて、こんな弟が欲しかった。
途中、すれ違う人や出会う人が、1人もいないことが残念でならない。
こんなにも可愛いらしい少年を連れて歩いていたなら、絶対に羨望の眼差しを向けられていたに違いないと、ルイーザは思う。
「お姉さんは、あそこで何をしていたの?」
少年が聞いた。
ルイーザは「え?」と聞き返した後、言葉が出て来なかった。
今まであった楽しい気分が急に萎えていく。
「誰かを待っていたんだったら…、ぼく…案内してもらって良かったのかな…って…思ったから……」
少年の言葉を聞いた途端、萎えた気分が一気に盛り上がり、ルイーザの目は輝いた。
なんていい子なんでしょう‼
「そんなこと、心配しなくてもいいのよ。図書館はもうすぐだから———ね?」
それからは、ルイーザの一方的な話が続いた。
近所の犬の話や、雑誌に出ていたお菓子の話など、他愛のない話ばかりだったが、少年は嫌な顔を一度もせずに、ルイーザの話に付き合った。
「———それでね、駅前にマカロンの専門店があるんだけど、いつも行列が出来ていて、わたし、ずっと諦めていたの。でも、この間、どうしても買いたくて———1時間よ?わたし、1時間も並んで買ってしまったわ。」
「へぇー、すごいね。美味しかった?」
「ええ、それはそれは美味しかったわ———あっ、あそこの角を曲がるの。」
ルイーザは4~5m先にある小さな丁字路を指差した。
すると、2人を追い越すように、サッカーボールが目の前に転がり出て来て、後ろから、ボールを追いかけて来たらしい、男の子の声が聞こえた。
「待ってぇ―。お願い、そのボール拾ってぇー」
ルイーザが後ろを振り向くと、ぽっちゃりしたニキビ面の、お世辞にも可愛いとは言えない少年が走って来ていた。
内心、がっかりしたルイーザの隣では、琥珀色の髪の少年が、突然に走り出した。
転がるサッカーボールを追いかけ、丁字路に飛び出す。
「あぶない‼」
ルイーザは慌てて追いかけ、少年を止める為、自らも丁字路に飛び出した時、曲がり角から丁度現れた少女と激突した。
一瞬のことだった。
一瞬のことだったが、ルイーザは、その少女と目が合った。
目が合った次の瞬間にはぶつかっていて。
気付いたら、道路に倒れていた。
バタバタと人が走る音がする。
救急車のサイレンが聞こえる
あの男の子は無事?
怪我はしていない?
ルイーザの意識は遠くなった。




