#106 ひらめき
「必ず、また来てくださいね。」
「待っていますからね。よろしくお願いしますね。」
マリアと凪は、泣く泣くマリアが帰ることを承知したバーナードとクレアに見送られ、迎えに来たトールと一緒にバーナード家を後にした。
詳しい事情を知らないバーナードとクレアには、辛い思いをさせてしまうと思いながらも、マリアにもやらなければならないことがあるので、情に流されるわけにはいかなかった。
「夏休みになったら、必ず来ます。」
マリアは、この言葉を繰り返すしかなかった。
トールは何も聞かなかった。
マリアと凪が居なかった間のグレース家の様子も話さなかった。
しかし、寂しく思ってくれていたことは、なんとなくだが伝わって来た。
トールは、運転をしながら、たわいない話を、ずっと笑顔でしていた。
「おかえりなさい、マリア、凪。」
「おかえり、マリア。おかえり、凪。」
「マリアも凪も、おかえりなさい。」
家に着くと、朔乃とクリスとアルフが、揃ってマリアと凪の帰りを待っていた。
「どんなおうちだった?」
「ジェシカちゃん、可愛かった?」
「ジェシカちゃんのパパとママ、優しかった?」
「今日の夕食はね、マリアの好きなモノばっかりなんだよ。」
アルフは、ずっとマリアにくっついて歩いていたし、夕食は、マリアの好きなモノばっかりらしい。
「レポート書くんでしょ?手伝うよ。」
クリスは自ら手伝いを名乗り出てくれた。
朔乃は、ニコラス学園に、マリアの欠席を二週間から三週間に変更してもらっていた。
だが、思っていたよりも早く帰って来たので、再度、学園に連絡をし、三日後に登校することが決まった。
マリアは、それまでにレポートを書かなければならない。
クリスの手伝いは心強かった。
「夏休みに、またジェシカちゃんの所へ行くことになっているの。」
マリアは、夕食の後の家族団欒のたわいない会話の中、唐突に切り出した。
みんながみんな、何があって、どうなったのか、知りたいと思っているはずなのに、なぜか聞くことを躊躇っているように感じていた。
聞きたいのに聞けなくて、どうでもいい話ばかりをしているように思えて仕方なかった。
マリアが突然に話を始めると、それまで、仕事先で見かけた犬の話をしていたトールは、ピタリと話を止めて、マリアを見た。
トールの話を聞きながら笑っていた朔乃も、クリスも、アルフも、急に真顔になって、マリアを見た。
「前に、使い魔の1人に、わたしはいつもお願いばかりだって言われていて……。だから、今回は、こっちのお願いを聞いてもらう代わりに、B・Bの望みを叶えるつもりなの。」
「悪魔の望みを叶えるの?」
クリスが、恐ろし気に質問をした。
確かに、悪魔が望むことなど、禄でもないことだと思うだろう。
マリアは答えた。
「B・Bは最初から悪魔だったわけじゃなくて、昔は天使だったの。天使だった時、間違っていないと思って望んだことが原因で、堕天使になってしまったと、B・Bは言っていたわ。わたしは、その時にB・Bが望んだことを叶えてあげたいと思ってる。」
「彼は何を望んでいたの?」
朔乃が聞いた。
「人間と深く関わり、日々、寄り添い、慈しみながら生きて行くこと。その方法を探して、夏休みに会いに行く。それで、契約を破棄してもらうつもり。でも、その方法に全く見当が付かなくて……。何か、良い案があったら、教えて欲しいの。」
マリアは言った。
案の定、トールも朔乃もクリスも、驚いていた。
アルフには、少し難しかったようで、アルフは首を傾げている。
「どういう意味?」
「人間と、いつも一緒に居て、ずっと仲良くしたいんだって。」
「ふーん。」
クリスがした説明に対しても、アルフは驚くでもなく、すんなりと受け入れ、方法を考えていた。
そして、ハッと閃き、笑顔で言った。
「人間と仲良くなりたいんだったら、人間が喜ぶことをすればいいと思うよ。」
「人間が喜ぶことを、悪魔が進んでするかなぁ。」
トールは苦笑いをした。
「人間が喜ぶことって、例えばなんだと思う?」
朔乃は聞いた。
「困っている人が居たら、助けてあげるの。転んだ人が居たら、大丈夫ですか?って、声を掛けたり、落としたものを一緒に拾ってあげたり。ね?喜ぶでしょ?」
アルフは、とびっきりの笑顔を、マリアに向けた。
マリアは思った。
それが出来たなら、B・Bはもう悪魔ではない。
しかし、それをしなければ、人間と共存するのは難しい。
せめて、B・Bが危険ではないことを、示す必要があるだろう。
悪魔が危険ではないことを示す方法とは、何だろう?
「………っ!」
マリアはハッとした。
御弥之様の言葉を思い出した。
『———彼には、もう本当に、ほんのわずかな良心も残っていないと、思いますか?彼は、本当に人を殺したいと思い、殺しているのでしょうか?———』
そうだ!
良い心があることを知ってもらえばいい!
B・Bにも、きっと良い心はあるはず。
ほんの少しでも良い心があれば、それを知ってもらう方法はきっとある。
そして、良い心を、少しずつでも大きくすることが出来たなら……
「凪!天使が悪魔になるなら、悪魔が天使になることもあると思わない?善い行いを繰り返して、良い心を取り戻すことが出来たなら、天使は無理でも、悪魔じゃない別の良い何かになれる可能性はあるかもしれない!」
マリアは、期待に満ちた目で凪を見た。
これが可能ならば、出来ることも違ってくる。
「調べてみよう。」
マリアの隣で、ずっと静かに成り行きを見ていた凪が、快く引き受けた。
いつの間にか、ずいぶんと頼もしくなったと、マリアを見て、思っていたことは、口にしなかった。




